第36話 オフィーリアの復讐
オフィーリアはうたた寝から静かに意識を浮上させた。
石の壁がゆっくりと動くのを目視して、玉座の中で姿勢を正す。
確かメルバが二十階層に行く部隊に組み込まれていた気がする。彼女の前で気の抜けた姿は見せられない、と手櫛で絡まる髪を整えた。
しかし姿を現したのはコレクションの一人ですらない、長身のヒューマン。オフィーリアは上半身の力を抜いて、背にもたれ掛かった。
「なに、メルバじゃないの? 面白くないわね」
「イルク・メイサンダーが殺されました」
まるで毎日の報告を告げるような口ぶりに反応が遅れてしまう。しかしオフィーリアは目を瞠らずにはいられなかった。
「……なんですって?」
「オフィーリアさまの弟君が刺殺で亡くなりました。心臓を一突きです」
「貴方たちは何をしてたの」
「飛び交う卵とトマトを避けていたら、いつの間にか」
申し訳ありません、と言葉以上に軽薄な調子で跪かれる。オフィーリアは今、目の前にガラスで出来た何かがないことを悔やんだ。もしあったなら、投げつけてやっていたというのに。
「私がどうしてこのパーティーを作ったか、理念を忘れてしまったようね」
「……」
「生かしておきなさいって、言ったわよね。あの子にはまだ利用価値が──」
オフィーリアはそこで言葉を切った。ふと脳裏に、イルクの顔が浮かんだからだ。ずきずきと頭が痛む。軽く目を伏せ、こめかみを強く押す。
また誰かの姉にならなくてはいけないの?
何年これを続ければいいのかしら。グーテンベルクは目的を果たし、成長する身体を取り戻しただろうというのに。
うっすらと瞼を押し上げると、報告をしに来ていた彼女は姿を消していた。全く不届きものだ。
再び岩の壁が動くので、オフィーリアは足を組んでひらひらと手を返しかけた。しかしその小さな体を認めた瞬間、姿勢を起こす。
「メルバ。役目は終えたの」
「は……はい」
挨拶を飛ばしての質問に、彼女は狼狽えながら頷いた。
良かった。次のプランはゆっくりと考えればいいのだ。彼女さえいてくれたら、しばらく心の平穏が保たれる。
オフィーリアは玉座から立ち上がると、指を軽く鳴らした。枷を持った女性が二人、部屋に入って来る。メルバは「は?」と素を見せて動揺した。
「しばらく、相手をしてくれる?」
「……気に障るような事でもありましたか?」
「察しがいいわね。そう、外野の手で手駒が死んでしまったの。利用価値のあるキングが」
がちゃん、と金属がぶつかる音が響く。メルバは手首にしっかりとはめられた枷を軽く引っ張っているがびくともしていない。
オフィーリアは満足げに満面に笑みを湛えた。
「……」
メルバはまさか、と言いたげだ。
彼女はずっとダンジョンにいたわけで、地上で起きた罪人の殺人事件など知らないのだろう。困惑しながら必死に回転を続けている小さな頭が愛おしい。
メルバの鳶色をした目は不安に満ちたまま、オフィーリアを見つめ続けていた。




