8:重なる唇。
泣きそうなお顔の殿下を目の前にして、私の心臓と喉は驚くほどに締め付けられていました。
「でん……ノルベルト様…………」
名前をお呼びしたものの、何を言っていいのかわかりません。ノルベルト様がまた私の髪を弄り始めてしまいました。
「もう一度、していいか?」
新緑の瞳がジッとこちらを捉えています。私はその瞳から逃れる術を失ったかのような錯覚に陥り、いつの間にかコクリと頷いていました。
二度目のキスは、濃厚。
そうとしか言いようのないもの。
ノルベルト様の言う通りに鼻で息をしたり、応えたり。気付けば全身から力が抜け落ち、彼に体を預けるようにして凭れ掛かっていました。
「まずいな」
「っ……ん、なにがれすか」
「舌っ足らずで喋るな。天然か」
ノルベルト様が、「あー」とか「うー」とか「ぬぐぐぐ」とか不思議な声を出したあと、ギュッと抱きしめて来られました。
「順番が狂った。あれだ、あれ。私は昔からアマンダを愛していた」
「……きゅーに雑れすね」
「だから、舌っ足らずで喋るな!」
そうさせたのはノルベルト様なのに。それで怒られるのは、流石に理不尽だと思うのですが。
「アマンダ、これ以上は色んな意味で危険すぎる。もう寝ろ。明日また話そう」
「はい」
何が危険なのか、いまいち理解できませんでしたが、先程のキスのせいなのか、頭も身体もふわふわとして力が入らないので、睡眠を取るのは賛成です。
ただ問題があります。
「で……ノルベルト様」
「ん?」
「腰が抜けていて歩けません、ベッドまで運んでくらさい」
「っ――――ん゙っ」
何故か力いっぱい眉間に皺を寄せて返事されました。
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訳が分からない状況でも、国に、自分に、有利に働く択肢を瞬時に選ぶことが王族には必須の能力だ。
友でありライバルだとも思っていたロランが夜会で起こした事件。
直情的な男だとは思っていた。そしてそこが気に入ってもいた。だが、今回はあまりにも直情的過ぎる。
王族主催である新年の会を台無しにしたこと、自身の婚約者であるアマンダを悪魔と呼び、公衆の面前でワインを掛け婚約破棄を宣言したこと。
あまりにも非常識すぎる。
その隣にいたピンク頭の可怪しな女もだ。
非常識というよりは、無知に近い物言いをしていた。
――――何が起こっているんだ。
全く理解できない状況だが、ロランがアマンダを手放すのならば、好都合だ。いいのだろう、私の好きにして。
側付きの近衛にアマンダを王太子妃の部屋に連行しろと伝えた。『連行』という言葉だけで、『罪人を連れているような雰囲気を出す』と理解したのだから、流石としか言いようがない。
夜会後、諸々の後始末と調査の依頼や明日からの予定を陛下たちと決めていたら、ずいぶんと遅くなってしまった。
主寝室から王太子妃用私室に入ると、アマンダがソファで船を漕いでいた。気持ちよさそうではあるが、流石にこのまま放置することはできない。ちらりと寝顔を見るだけでよかったのだが。
揺すり起こすと、まるで幼子のような甘えた反応。それに対して、ガウンから覗く柔らかな膨らみは淫猥が過ぎる。
あまりにも対照的すぎて目眩がした。
ずっと好きだった女性が、目の前にいる。
手に入れたい。
裏切られ傷付いたところにつけ入る卑怯さは、見て見ぬふりをして欲しい。気付かないで欲しい。
ゆっくりと重ねた唇が拒否されなかった。
とろんとした顔で受け入れられた。
――――あぁ、愛しい。
このあとに訪れる、苦行とも言えるようなオアズケなど察しもできずに、ただただアマンダの唇を貪り続けていた。




