7:連れてこられた意味。
湯浴みを済ませ、可愛らしい夜着を借りました。
「少し、待ちたいの」
「承知しました」
殿下はまだ戻られないだろうとのことでしたが、できる限りは待とうと決めました。リタにそう伝えると、少し濃いめの紅茶と、軽食、何故か恋愛小説まで用意してくれました。恋愛小説はリタの趣味だとか。
手持ち無沙汰にならないようにの配慮のようですし、素直にありがとうと伝えました。
「――――ダ、アマンダ」
「んっ……なぁに?」
「っ、ソファで寝るな」
うつらうつら、夢現の心地よい眠りを邪魔するように、ゆさゆさと揺すり起こされました。
なんとなく聞き覚えのある少し低めの声。そこでやっと自分の状況を思い出しました。
「あ……申し訳ございません!」
「いい。とりあえず、その……ガウンの前を閉めろ…………目の毒だ」
「っ――――!」
いつの間にはだけていたのか。リタから借りた小説を読んでいたときは、しっかりと着ていたのに。
慌ててガウンの襟元を正していると、殿下がソファの背もたれに身体を投げ出すよう、ドサリと座られました。思ったよりも直ぐ側に座られて、少しドキリとしました。
「ハァ。全く、大変な一日だったな」
「申し訳――――」
「謝るな。アマンダのせいじゃないだろう?」
「それでも……」
本来なら、理由が何にせよ婚約破棄や断罪のようなことは、内々で済ませるもの。それを王城で行い、騒ぎを起こしたのは両家の責任になります。
新年を祝うという、一年で大切な行事を台無しにしておいて、処罰を受けずに済むはずがありません。
「なぁ、アマンダ」
「…………はい」
殿下が背もたれに肘を置き、そこに顎を預けるようにしてこちらを見つめています。そして、低い声で囁くように話しかけてこられました。
名前を呼ばれた瞬間、何故か背筋や腰にゾクリとした震えが来ました。
「この部屋に連れてこられた意味はわかるか?」
「っ、意味、ですか」
「ん」
この部屋は、未来の王太子妃の部屋。
もしやとは思うものの、いやそれは流石にないだろうという気持ちもあり、もし勘違いであれば私はとても痛い女です。
もう一つの可能性しか口には出せない、出せるわけがないのです。
「幼い頃からの友人を守るために、この部屋に。だったらいいなと…………」
「ふぅん?」
相変わらず殿下はこちらを見つめたまま。なんとなくソワソワとするような居心地の悪さから、座る場所を半身ほどずらしました。殿下と距離を取るために。
「アマンダ」
また。
また、低い声。
何故だか分からないけれど、その声が妙に艶めかしく聞こえてしまいます。
「何故、距離を取る?」
「っ、申しわ――――」
「謝罪を聞きたいわけじゃない」
ハァ、と大きなため息を吐かれてしまいました。
殿下が空いてる左手をこちらに伸ばして来られ、私の赤い髪の一房をくるくると指に巻き付けて遊んでいます。
「殿下?」
「……ノルベルト」
「はい?」
「あの女に名前を呼ばれて、吐き気がした。アマンダが上書きしてくれ」
殿下は相変わらず髪の毛を弄って遊ぶばかり。ちらりとお顔を覗き見るも、視線もそちらに向けているため、感情が読み取れません。
「ノルベルト様?」
「ん。もう一回」
「ノルベルト様」
「アマンダ。アマンダの瞳に、私は映っているのだろうか?」
少し淋しそうな声でそんなことを聞かれ、心臓がドキリと跳ねました。
この続きは聞いてはいけない。
そう本能が囁いています。
「私は、ずっとアマンダしか見ていなかった――――」
クイッと髪を軽く引かれ、殿下の方へ顔を向けざるを得ませんでした。
――ちゆ。
柔らかく重なる唇。
それは甘く、熱く、蕩けそうなほどの酩酊感。
「謝らないからな」
そんな強気な発言とは裏腹に、殿下のお顔は少し泣きそうなものになっていました。