10:ノルベルト様と並んで。
侍女たちと朝の支度を終えたところで、見計らっていたかのようにノルベルト様が部屋に来られました。そして、手を払うように振り、全ての使用人を下がらせました。
「朝食の前に少し話したいが、いいか?」
「はっ、はい」
視線がバチリと合い、お互いが慌てて少し逸らす。そんな、なんともいえない空気を醸しながら、ソファに移動しました。
――――ち、近い。
今まで、エスコートで手を繋いだり、ダンスで密着したりなど、触れ合いはよくありました。特に何も思っていなかったはずなのに。
隣に座っているだけで、なんでこんなにも心臓が煩く鳴り響くのでしょうか。
幼い頃から幾度となく同じ時を過ごしてはいました。一緒に刺繍や編み物をしたり、ついでだからと陛下が仰り、帝王学の授業を受けさせられたり。
陛下とお父様の考えで、ノルベルト様のような直ぐになんでも理解して興味を失ってしまうタイプは、ライバルや少し出来ないもののやる気が溢れている子と一緒に学ばせるのだそうです。
その子の面倒を見る責任感や、分かりやすいように噛み砕いて説明する能力が付くのだとか。『大人でも理解力が皆無の者は多いからね』と陛下が苦笑いしていたのを今でも覚えています。
私は、その『出来ない子ども役』でした。役というか、本当に出来ない部類ではあるのですが。
だから私は殿下に対して、ライバルや戦友といった気持ちばかり…………だったはず。そして、殿下も。
そうとばかり、思っていたのです。
――――あんな、キスをするなんて。
また思い出してしまい、耳が異様に熱くなってきました。きっと顔も真っ赤になっているのでしょう。
「ロランの件で夜会後に陛下や宰相たちと話し合った」
「あ――――はい」
一瞬でスンとなりました。『話』とはそっちですか。はい、そうですね。とても大切な話です。
「おい、なんで睨む」
「いえ別に」
怪訝な顔をしながらも、ノルベルト様が話を続けました。
先ずは、例のピンク頭のご令嬢の調査。
ノルベルト様たちも、モゼッティ男爵の名前が出たことに、少なからず驚いていました。老齢かつ独身で天涯孤独の宮廷画家であり、現在は病に臥せっているのだとか。
流石に病のことまでは知りませんでした。
「確か、ご親族さえもいらっしゃいませんよね?」
幼い頃、王城で何度か絵を描いてもらう機会がありました。そのときにノルベルト様と一緒に男爵とお話ししたことがあったのです。
「ああ。だが、病のことや財産などもある。秘密裏に養子を取った。もしくは、隠し子か」
「年齢的に隠し子は……」
「まぁ、頑張ればなんとかなるだろ。孫の可能性の方が大きいが」
頑張ればなんとかなるものなのですか。そこらへんは男性にしか分からない内容な気もしますので、深追いは厳禁なのでしょう。
「それから、辺境伯だが。ここ最近は連絡がなかったそうだな?」
「ええ。二ヵ月ほど前に結婚式の話し合いをしたいと手紙を送っていましたが、お返事はありませんでした。ただ、いまは国境が慌ただしいので、対応に追われているのかと思ってたのです」
「…………結婚式、か。こちらも国境の対応かと思っていたのだが、なにやらきな臭さも感じているんだよな」
きな臭さ、とはいったい何なのでしょうか?
「大っぴらに乗り込むわけにはいかないからな。とりあえずは、影を調査に行かせる」
「っ……諜報部を使うのですか」
影――諜報部は、国や王族を守るための機関です。彼らを動かすのは、どちらかに大きな不利益を与えそうな事件の時と決まっているのです。
そんな機関を動かす意味とは――――。