竜族の姫君は、仲良くなりたい(1)
遅くなりました
今朝は最悪だったわ。
寝台が物理的にめちゃくちゃだったから、モンテル夫人からこってりお説教をされた。
昨夜自分がどういう状態だったかは思い出したら恥ずかしいくらいわかっているけど、起きている時は大丈夫だったのよ。ただ、夢で見た時は――しかたないわよね。
お部屋の掃除、寝台の入れ替えなどがあるから、とモンテル夫人に追い出され、昨夜訪れた畜舎辺りを中心にガーランドを捜し歩く。
畜舎の馬達はじっと警戒してわたくしを見ていて動かなかったが、一頭だけが柵の方へと近寄ってきた。
「あら、あなた……オルソーかしら?」
「ブルル」
そうだ、と言っているように鼻を鳴らす。
「あなたはわたくしが平気、なのかしら」
「……」
今度は返事がない。どうやら平気ではないが、主人と一緒にいたから仕方なく相手にしてやっている、くらいなものだろう。
それとも仲間にわたくしの相手を押し付けられた……?
「ねえ、あなたのご主人はどこかしら」
なんとなく聞いてみただけだったが、オルソーはわたくしから目をそらして左の方へ首を向けた。
意識してみると、雄叫びのような声がわずかに聞こえる。
「あちらは訓練場だったかしら。ありがとう、オルソー!」
「ブルル」
手を振ってオルソーの元から離れ、声を頼りに侍女一人、護衛騎士一人と歩く。
別の騎士の一人が回り込んで先に様子を見て来たらしく、前方の煉瓦の壁の間にある入口に現われる。
訓練場は丸い煉瓦の壁に覆われ、二ヵ所の大門と六ケ所の小門がある。わたくしが入ったのは小門だ。
いくつかの隊に分かれて模擬戦を行っているらしく、奥の方には人が操ることが出来る最大の魔物、ベランが十匹ほど武装して並んでいた。
ベランは人よりも大きな二足歩行のトカゲのような魔物で、顔は猛禽類のように鋭い目と口、そして大きなカギ爪を持つ。集団行動を好み、高い跳躍力がある。時にバルバロッソにすら挑むことがあるらしい。
「えぇっと、どこかしら」
竜族の視力はかなりいい。かなり広い訓練場だが、一緒に探していた侍女が先に見つける。
「あちらに」
「まあ、三人相手?」
どうやら組手のようなものをしているらしく、あっという間にねじ伏せている。
訓練場を囲む壁の内側は上下一周に門から門まで道があり、何カ所かに人が固まっているので、どうやら彼らが上官か何かなのだろう。
ガーランドの位置はわたくしが入ってきた門からニ時の方向の奥で、その辺りにも人が数人固まっていた。
「近くまで行ってみましょう」
「ティアナ様、あちらに昨日お会いしたボンルフ西将軍がいらっしゃいます」
「彼を呼び出したいわけじゃないの。ちょっと様子を見に来ただけだから」
そう護衛騎士に言って、歩き出した。
ら、よ。
すぐに見つかってしまったわ。誰か見張りがいたのかしらね。邪魔する気がないから放っておいて欲しかったのだけど。
反対側からピーッと笛が鳴らされて、それがわたくし達に向けてだとわかって思わず睨みつけたら二人倒れた。
ざわつき出したのはわかったけど、このまま引き返して帰るなんて恥ずかしいことはしないわ。だってわたくし見に来ただけよ。邪魔しに来たんじゃないわ。かってに邪魔者認定したほうが悪いんだから。
わたくし達が向かっていた先にいた数人も、わたくし達に気がついて立ち上がる。
「竜の姫君、どうしてこのような場所へ!」
「あら、あなたどこかで」
「昨日ボンルフ将軍のお側で拝顔させていただきました、魔獣討伐隊隊長を任されておりますエルム・オーメンスと申します。ガーランドの上司になります」
髭を生やした三十代前半の男が頭を下げると、周りも一緒に下げる。
昨日モンテル夫人から聞いたのだけど、東西南北の軍の中で一番部隊数が多いのが西軍らしい。その複数の部隊の一つが魔獣討伐隊で、彼はその頭。ガーランドの剣の師匠でもあると言う話だ。
「見学をしたかっただけなのだけど、笛を吹かれて驚いてしまったわ」
「申し訳ありません。普段女性の出入りはないものですから」
「わたくし達のことは気にしないで、というわけにはいかないかしら」
「……将軍へ報告してまいりますので」
エルムは側にいた者に言づけを託し、走らせた。おそらくボンルフは気がついているだろうが。
でもね、つい、なのよ。竜眼で睨むのはこれからやめるから、モンテル夫人には黙っていてほしいわ。
「ガーランドにご用ですか? すぐ呼びますが」
「ああ、いいのよ。本当に見学に来ただけだから」
気を使おうとしたエルムに声をかけていたら、下のほうから「隊長!」とガーランドの声がした。そしてわたくしが目を向けた瞬間、名前が呼ばれる。
「ティアナ様、どうしてこのようなところへ。ご体調でも悪くなられたのですか?」
組手を切り上げて来たらしいガーランドを見て、おもわず手すりに近寄って微笑む。
「いいえ、なんでもないわ。散歩よ。オルソーに聞いてきたのよ」
「オルソーに?」
不思議な顔をしたのは一瞬で、わずかに目を細める。
「そうですか」
「ガーランド、上がってこい」
エルムがそう言うと「はい」と返事をして歩き出す。
が、それを慌てて止める。
「待って。訓練をしていたのでしょう? わたくしは見たくて見に来たの、訓練を続けてちょうだい。邪魔なら帰るわ」
「そのようなことはありません!
ガーランド、先ほどの指示はナシだ。訓練に戻れ」
「はい」
では、と軽く頭を下げかけあしで再び訓練に戻るガーランドの後ろ姿に、少しだけ残念さを感じつつエルムへ向き直る。
「わたくしお邪魔かしら」
「いいえ。しかし、訓練中ですので大声をお近くで出すことをお許しください」
「かまわないわ」
人の大声なんて、竜族の咆哮に比べれば小声のようなものよ。
それからエルムには、簡素なイスしかないことを詫びられて勧められた。次回から事前に連絡すればちゃんと用意すると言われたが、そんな気遣いをされては見たいガーランドが見られないからと思いつつ、今日は気紛れだからと言っておいた。
ちなみにこの日の訓練後のミーティングで、わたくしの席をどう準備するかという議題が上がったらしい。もっと違う議題を議論しなさい。
次の日からボンルフの横にイスが設けられ、ガーランド達もすぐそばで訓練することになった。
これに対してガーランド達は隊長のエルムだけでなく、西将軍ボンルフからも嫌でも注目されるわけで、容赦なく怒声が響いていた。
もちろんガーランドにも叱責が飛んでいたわ。これに関してはいらぬ注目をさせられ、本当に申し訳なかったけど、部隊全体的な技術の向上は見えたから良しとして欲しい。
***
一時間ほどガーランドを見て堪能してから部屋に戻ろうとしたら、エーデル王子にこれからについて話しがあると言われ、お茶に誘われた。
話はガーランドの実家に使者を送った、というものだった。
「ただ、我々の調査不足で、フォーン男爵が王都にいないことがわかったのです。彼ら下位貴族は王城出仕などがない限り、地方の屋敷にいることが常ですから」
フォーン男爵家は王都に屋敷を持つような貴族ではなく、その領地も王都から馬を乗り換えて走らせても四日はかかると言う遠い西の地方の一角。
王城から連絡が来たとして、移動時間を考えたら用意する時間は二日もない。普通に考えて馬車による移動になるだろうし、馬車なら移動時間はもっとかかる。
テーブルの上に広げられた地図を見て、モンテル夫人が渋顔を作る。
「いかにガーランド殿の御両親とはいえ、ティアナ様の御前に参られるには相応の準備をしていただかなくてはなりません。もちろん王族のような恰好をしろ、というのではないのですが」
「あら、わたくしは平気よ」
「ティアナ様。今回の初顔合わせは契約の場でもあり、この国が失態を取り戻す最後のチャンスなのです。我々もそれ相応の心得を持って挑まねばなりません」
なるほど。アベル王子の件はもうどうでもいい、と投げ捨てていたけど、国としてみればフォーン男爵夫妻の態度そのものが挽回のチャンスと謝罪になるらしい。
こちらとしても、なあなあで済ませていれば、それは他国とのつながりにおいて負の要素となり、我が国が侮られることにもつながる。
モンテル夫人の言葉に、もちろんです、とエーデル王子がうなずく。
「男爵夫妻への手紙には謝罪と経緯を書いた上で、わたしから来ていただけるようお願いしております。その際の準備については、こちらでわたしが責任を持って用意すると伝えています」
「来るだけでいい、ということね」
「ガーランドには兄がおり、本来なら次期当主として呼ぶのが筋ではありますが、急な召喚で領地を空けさせるには難しく、また幼い妹もいるため男爵夫妻のみ呼んでおります」
「ねえ、エーデル王子」
そう呼んでから、わたくしは小さくため息をつく。
「いくらわたくしでも、普通の貴族が連日馬に乗り続けることが困難なくらいわかるわ。そして馬車をいくら快適にしても速度を出せば、ただの暴れる箱だと言うこともね」
言いたいこと分かるかしら、と見れば、エーデル王子がグッと手に力を入れて少し頭を下げる。
「……男爵夫妻には無理をさせるとわかっております。ですが、姫君を二年も騙していたのは我が国の罪。ベルエンダーシュ国への使者も飛んだと聞き、会議にてこれ以上待たせてはならない、と決定いたしました」
「迷惑な話ね。会議に出席した人間はバカなのかしら? すまないと思っているなら、まず自分達が謝罪に来るべきでしょ? それなのに男爵夫妻に負担をかけるなんて。まるでわたくしが、怒ってわがままを言っているみたいじゃないの!!
ハッ! ――ま、マズイわ。わたくしの印象が悪くなる!」
ガーランドは家を大事にしていたわ。家族もガーランドを守ろうとしていた、といっていたから、絶対家族仲は悪くないはず。
このままだとガーランドの両親に多大な苦労と迷惑をかけ、そのまま対面――なんてしたら、ガーランドに嫌われてしまうのではなくって!?
サーッと血の気が引くような思いだ。
この王城のバカ共は、本当にわたくしを怒らせることが得意らしい。
「シュテフ!」
「わかっております」
静かに頭を下げた後、シュテフは室内にいた護衛達を見渡して一人の騎士の名を呼ぶ。
「パーム、すぐに城からの使者を追い、手紙をフォーン男爵夫妻へ届けなさい。時間はかかってもかまいません。事情を説明し、納得いただいてから返事をもらってきなさい。日にちは無視してかまいません」
「かしこまりました」
パームはわたくしの護衛班の副長で、班長に次ぐ年配者であり人への関心がこの二年でかなり高くなった者だ。その学びの姿勢は研究者気質だな、と思う。
「エーデル王子。わたくしの名を出していいから、今後フォーン男爵家に関することで無理をさせることはやめさせてくださいませ。あと、今回の顔合わせはパームが戻ってから日にちを決める、ということにします」
「はい。本当にすみません」
兄が軟禁処分になって、王もいろいろなことでオタオタしているから、二人分の尻拭いをやっているエーデル王子は事実上王太子なのだろうが、公にされていない分発言権がそう強くないらしい。
え、あの泣き虫王はまだアベルを次期王位につかせる気なの? 本当にその気なら、もっとちゃんと泣かさないとダメね。
「さあ、わたくし達もフォーン男爵夫妻をお迎えする準備をしなくては」
「黄金の枝は作り直す時間がありませんから、今回は飾りを変えて使わせていただきましょう。ベルエンダーシュから午後には職人が到着します」
「シュテフ、わたくしデザインを描いたのよ。ぜひ参考にして欲しいわ」
「かしこまりました」
「姫君! 職人殿の作業を見せていただくことは可能ですか!?」
目の色を変えて食いついてきたエーデル王子に、シュテフがどこか意味深に微笑む。
「もちろんです。そのためには上等の工房を借りていただかないと」
「わたしの工房を使ってくれ! すぐに職人たちに話をつけてくる!!」
「ああ、あとフォーン男爵夫妻の世話人の中に我が国の者を入れる許可を」
「十分な人数をこちらで用意しますが?」
「監視ですよ。フォーン男爵夫妻に近づこうなどする輩が出ない、とは限りませんからね。もちろんこのお話は国王陛下もご承諾済みです」
「そうだな。わかった。こちらも世話人の人選は慎重にすすめよう」
話しは終わり、といえばエーデル王子は浮足立って部屋を出て行った。
泣き虫王の後は産業王で決まりかしら。
急がせるつもりはなかったのだけど、二日後、フォーン男爵夫妻領地から文字通り飛んできた。
――竜化したパームの持つ馬車の箱に乗って。
読んでいただきありがとうございます。
この先ちょっと訂正があります。また今週更新できるようにします。
よろしくお願い致します。