2
ご指摘頂いた、銀のコインについてを修正しました。ありがとうございます
父から贈られたのは、新緑のような緑のドレスだった。
デコルテとパフスリーブにあしらわれた白いレースとのコントラストは、新年にふさわしい若々しさに満ち、輝かしい未来へと続いていくように思えた。
前回このドレスを着たとき、まさかその数か月後に冤罪で手首を落とされることになるとは、夢にも思っていなかった。
「アクセサリーはどうされますか?」
手早くドレスを着つけたメイドが、ジュエリーボックスの蓋を静かに開ける。黒いビロードの上には、金と銀と宝石の光が、小さな花畑のように散らばっていた。
数十年ぶりに目にするジュエリーボックスの中身を、私はしみじみと見つめる。
両親から贈られた品も多いが、ユウナとの思い出の品も少なくなかった。
その中に、一緒に街へ出かけたときにお揃いで買ったチョーカーを見つける。あの頃は、ユウナに裏の顔があるなどと疑いもしなかった。
――すごく楽しい思い出だったんだけどな。
実際、ユウナはセンスが良かった。たくさんある店の中から掘り出し物のある店を嗅ぎ分け、数えきれない品々に埋もれた中から、特別なひとつを見つけ出す才能があった。
ユウナと買い物に行くと、自分ひとりでは決して出会えない宝物を見つけられる。いつの間にか、そんなジンクスができていた。
私がじっとチョーカーを見つめていたせいか、メイドがくすりと笑い、そっとそれを首に当てながら勧めてくる。
「花と鳥が美しいエナメル細工ですね。ユウナ様とお揃いとおっしゃっていたもの。本当に、お嬢様とユウナ様は仲良しでいらっしゃる。こちらになさいますか?」
首に当てられたチョーカーのひんやりとした感触に、思わずぞくりと悪寒が走る。
仲良し、ね。
胸の奥で、私はひそかに苦笑する。
「……今日は新年だから、両親から贈られたものにするわ。どれがいいかしら?」
メイドは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を整え、ジュエリーボックスの中から迷いなく一連の真珠のネックレスを選び出した。
「こちらはいかがでしょうか、お嬢様」
真珠のネックレスをつけ、家族に新年のあいさつをしているあいだも、頭の中は「どうやったら冤罪を避けられるか」でいっぱいだった。
――ユウナが王女のネックレスを盗むところを取り押さえるのが一番いい。だけど、いつ盗んだのかも分からないんじゃ、どうにもできないわ。
話しかけても気がそぞろな私に、両親はそろって苦笑する。
「リディア。何をそんなに考えているんだい?」
「きっと、来週ユウナちゃんたちと作るヘッドドレスのことですよ」
「ヘッドドレス?」
「あら? 違ったの? 来週、ベルナール家の夫人とユウナちゃんを家にお呼びして、一緒にヘッドドレスを発注しようって話していたじゃない」
――そういえば、この頃はバラのようなヘッドドレスが流行っていたっけ。花芯にあたる部分にどんな宝石やボタンをつけるか、みんな競っていたわ。
「うちにある、ちょうどよさそうな宝石やボタンをリストアップしているのよ。リディアも、自分の持ち物を見直してみなさいな」
来週、ユウナがうちに来る。
私が気づいていなかっただけで、ユウナは私からも「ちょっとしたお茶目ですむもの」を盗んでいたんじゃないだろうか。
私は、来週の発注会にひとつ罠を仕掛けてみることにした。
翌週、ベルナール夫人とユウナが我が家へやってきた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ようこそいらっしゃいました。帽子屋はもう来ていますよ。今日はどんなヘッドドレスを作りましょうか?」
「楽しみですわね。うちから宝石やボタンを、たくさん持ってきたんですよ」
「うちもですわ」
応接間にはテーブルが運び込まれ、色とりどりの布やリボンが所狭しと広げられていた。
ローテーブルを挟んで、それぞれ二家族ごとにソファに腰を下ろす。メイドがローテーブルの上に、両家が持ち込んだ宝石類を丁寧に並べていった。
「それ、見せてくださる?」
ユウナが、赤いシルクの布を指さす。
「あら、まさにバラといった色合いね。その場合は、この黄色の石を花芯にするのがいいかしら?」
やっぱりユウナは目がいい。帽子屋の主人も、それは腕のいい職人が染めた布だと、感心したように褒めたたえていた。
「リディアは、どれにする?」
母も、目の前に並んだたくさんの布を前に、興奮を抑えきれない様子だった。
「新年にいただいたドレスに合うものにしようと思っているんです。若草色なので、同じ緑か、白か」
そこまで言ったところで、ベルナール夫人が、こちらも楽しくて仕方がないといった調子で割り込んできた。
「若草色のドレスなら、赤もいいじゃない。ユウナとお揃いの布で作らない?」
ちらりとユウナを見ると、顔はにこやかに微笑んでいたが、細い指は何かを抑えるように、きつく組まれていた。
前回は喜んでお揃いにしたように思う。
でも、今となってはとても選べなかった。
「せっかくですが、今回は別の色を。実は、このコインをつけたいんです」
そう言って、私はジュエリーボックスから、よく光るシルバーコインを取り出した。
銀のコインで、夫人はピンときたようだ。
「まあ、まさか結婚が決まりましたの?」
「いえ。でも、そろそろ婚約者を探す頃ですし。願掛けの意味も込めて。幸せな結婚にまつわるなにかをつけようかと思って。」
花嫁の靴の中に入れると幸せになるという、銀のコインの故事を持ち出す。
持ち出しやすそうな目を引くもの。
それを印象づけたあとは、やっぱりやめたとボックスに戻すだけでいい。
このコインにはシリアルナンバーが刻まれている。もしユウナが持ち出しても、見つけたらすぐに特定できる。
結婚という単語に、母たちは私を置いてきぼりにして、二人ではしゃぎだした。
「それじゃあ、ブルーのリボンにしましょうか?」
「いっそ、ベールのような白でも」
母親たちのはしゃぎぶりを目の当たりにした私は、演技ではなく「やっぱりコインはやめます」と言えた。
二人は残念そうな顔をしたけれど、少しはしゃぎすぎたと反省したようだった。
「リディアも、もうそんな年なのね」
「子どもが育つのは早いわね。ねえ、気になっていたんだけど、そのボタン」
ジュエリーボックスの片隅に、ちょこんと置かれたグリフォンがエンボス加工で彫られた古い丸いボタンを、ベルナール夫人が見つけて、きらきらした目でたずねる。
期待に満ちた視線を受け、母は少しだけ顔を赤らめた。
「あら、いやだ。学生時代に夫からもらった第二ボタンよ。お恥ずかしい」
そして、幸せそうに続けた。
「大昔の思い出ですわ」
四人それぞれのヘッドドレスが決まり、応接間を片づけているあいだ、私たちは庭に移動してお茶を飲むことになった。途中で、ユウナが化粧室へと席を立つ。
何事もなくお茶は終わり、ベルナール夫人とユウナは、にこやかに帰っていった。
片づけが一段落してから、自分のジュエリーボックスを確認したけれど、コインはそのままだった。
その夜、母がオロオロとした様子で部屋を訪れた。
「あなたのジュエリーボックスのほうに、第二ボタンが紛れていない? どこを探してもないのよ」
ユウナが持っていったのは、私の罠ではなく、母の宝物のほうだった。




