8話 「ごめんね」
場面はアネットへと移る。
アネットは今、コメットの部屋へと歩いているところだった。
「ああー、やっちゃった」
私、何してるんだろ。
これからコメットに会うの嫌だな。
絶対気まずいじゃん。
どんな顔して会えばいいんだろ。
「私、最低だよね」
分かってる、私が最低なことぐらい。
仲間を裏切って自分が得しようとするのはよくないって、分かってる。
でも、自分が生き残るためにはこれしかないの。
「でも、最低なのはしょうがないよね」
裏切りはこれが初めてじゃない。
慣れている、慣れているはずなのに。
いつも自責の念に駆られる。
でも、やめることはできない。
「だって、私を作ったのは私じゃないから」
私は私のために生きる。
私が生きるために私は生きる。
死んだら、私は私ではなくなってしまう。
「私が神様だったら、私なんて作らなかったのにな」
独り言をつぶやきながら、私はコメットのいる部屋にたどり着いた。
ドアをじっと見つめる。
着いたはいいものの、ドアを開ける気にならない。
この後どうやってコメットに言い出すかを考えると、ストレスで吐き気がしてくる。
テスト前日なのに一度も勉強していなかったあの時の感覚に近い。
でも、私はこんな事を考えていても仕方がない。
仕方がないんだ。
私にはもう、ドアを開けてコメットに話すという選択肢以外は残っていない。
私はドアを開けた。
ドアを開けると、そこにはコメットがいた。
コメットが誰かが入ってきたことに気づき、こちらに目を向けた。
目があってしまった。
私はなんぜかわからないが、無意識的に目を逸らしてしまった。
コメットはそんな私を見て不思議そうに話しかける。
「あ、アネット!」
「コメット、久しぶり⋯」
私は町中で同級生に会ったかのようにコメットと話す。
「うん、久しぶり!アネット、大丈夫?」
「体調とかは、大丈夫」
なんで私、言い出せないんだろう。
今とか絶好のタイミングだったのに。
もうこれ以上気まずい空間にはいたくない。
でも、コメットを悲しませたくない。
そんな良心が私を邪魔してくる。
「なんか顔色悪いよ。事情聴取のときにあの刑事二人になんか言われた?」
「実はね⋯」
ついに私は言い出すことができた。
でも言うことはできなかった。
ガチャン
ドアが開く音がした。
「こんにちは!」
甲高くて、ハキハキとした声が部屋中に響き渡る。
「ここは⋯コメットさんの部屋で合ってるんでしょうか!」
このうるさい声の人は、私のことを指さして聞いた。
「ち、違います。私はアネットで⋯」
「こっちがコメットです!」
コメットも、このうるさい声の人に負けず劣らずな声で自分のことを指さした。
「よかった⋯」
うるさい声の男は少し落ち着いた声で安心した。
「すみません。急に入ってきてうるさい声出して。驚かせてしまいましたよね?」
男は入ってきた時とは真反対の印象の声で話している。
今はとても紳士的で、本当に同じ人なのか疑ってしまう。
「自己紹介が遅れました。私はデュアル・ハイドと申します」
「で、こっちの僕がデュアル・ジキルです!」
「おい、ジキル。ちょっと引っ込んでてくれ」
ハイドとジキルは一人で二人分会話している。
なんともおかしな光景だった。
コメットも珍しく変なものを見る目で見ている。
「すみません。混乱させるつもりはありませんでした」
静かで穏やかな「ハイド」の声が話し始めた。
「私の能力。いえ、私達の能力は多重人格でして」
「多重人格⋯」
「なんか面白そうですね!」
コメットは目を光らせていた。
「いえ、実際にはそんなにいいものではありません。力的に見るとなんの役にもたちませんし、逆にいつもうるさかったりして面倒くさいです」
ハイドはため息をついた。
「そんなこと言わないでよ!僕たち兄弟みたいなものじゃんか!」
ジキルが急に出てきた。
多重人格ということを知ってから見るとやはりこの二人は全く違う。
多重人格というのはこんなに違うものなのだろうか。
「急に出てくるな。そういうところが面倒くさいと言っているんだろうが」
「だって、ハイドがいつも自分が本物みたいな感じでずっと喋り続けるからじゃん!僕だって喋りたいのに!」
ハイドとジキルは一人で喧嘩を始めた。
傍から見たら本当に変な人にしか見えないだろう。
「お前は声がうるさいし余計なことを言うだろ」
「でも、ハイドも堅苦しすぎるよ!毎度毎度喋ってる相手がつまんなさそうだよ!」
「お前のうるさい声を聞かされて嫌になるよりかはつまらないほうがマシだろう」
喧嘩は白熱していった。
ハイドは冷静に対応していて、喧嘩慣れしているようだ。
しかしジキルはハイドに煽られ顔が真っ赤になっていた。
「喧嘩の途中にすみません。あなたたちは何をしにここへ?」
私はもうこれ以上しょうもない喧嘩を聞かされたくなかった。
話題を変え、喧嘩はなんとか収まった。
「すみません、説明がまだでしたね」
「えーと、僕たちはね!」
「うるさい、黙っていてくれ」
「えーやだ!」
また喧嘩が始まった。
「喧嘩はやめてください!」
コメットが突然注意した。
今までは喧嘩をしていても何も言っていなかったが、もう流石に我慢ならなくなったのだろう。
そのコメットの声はジキルとハイド両方にも届き、二人は喧嘩を止めた。
とぢらがどちらかはわからなかったが、片方は落ち込んでいるようで、もう片方は認めたくないが反省しているようだった。
「なぁジキル、仕事相手の前だ。もう喧嘩はやめておこう」
ハイドが悟るよう、ジキルに話しかけた。
「分かった」
ジキルもハイドと同意見のようだ。
「アネットさんとコメットさん、こんな見苦しい姿を見せてしまい、ごめんなさい。後コメットさん、僕達の喧嘩止めてくれてありがとう」
ジキルは丁寧に謝罪と感謝の言葉を述べた。
コメットも感謝されて満足しているようだ。
「なあジキル、仕事相手の前だとお前は礼儀に欠けている。だから、仕事相手の前では私が話させてくれ」
「わかったよ」
二人は和解したようだった。
そして、ハイドのほうが話し始めた。
「失礼しました。アネットさんの疑問にお答えします」
喧嘩が終わってやっと落ち着いた。
ハイドの声はそんな私によく響き渡る。
「私達は、コメットさんの弁護士を任されました」
この男は弁護士だった。
こんな変な多重人格のやつに弁護士が務まるのだろうか。
「よろしくお願いします!ハイドさん!そして、ジキルさんも!」
コメットは元気に挨拶をした。
こんな二人を信頼しているようだ。
このコメットの純粋無垢なところは、私にはない良いところだ。
「うん!よろしくね!」
急にジキルがでてきた。
しかし、今回ハイドは怒らなかった。
逆に、礼儀正しく挨拶を返したので、満足げのように見えた。
そんなコメットと違い、私はよろしくお願いしますを言わなかった。
次に言うチャンスが来たら、絶対にここを抜け出してみせる。
「そうだ、私たちのことはデュアルと呼んでください。いちいち言い分けるのは面倒くさいでしょう。二人の人格をわけて言いたいときのみ、下の名前で呼んでください」
「分かりました!」
「では、閃光事件について、いろいろ話し合いを始めましょう。コメットさん、お話をお聞かせください」
場は一気に深刻な雰囲気へとなった。
でもそんな中、コメットは一切変わることなく話した。
「デュアルさん、その前にアネットに聞きたいことがあります!」
急に私に話題が飛んできたので、私は身構えた。
「アネット、デュアルさんが入ってくる前に言おうとしてたことってなに?」
私はコメットのことが大好きだ。
最高の手を差し伸べてくれた。
私はコメットに応えるように、ついに言うことができた。
「ごめんね、コメット」




