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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十九章「そうして企みの影もまた」
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第62話 そうして企みの影もまた

「――以上が、福峰および冒冽花(マオ・リーホア)が現在おかれている状況だ」


『なるほどねえ』


 手にした竹簡から顔をあげて老鬼(ラオグイ)が告げ、貴竜(グイロン)が相槌をうつ。


 ところは、とある客桟(やど)の豪奢な一室。貴竜用に特別に宛がわれた部屋だ。

 塵一つなく磨きぬかれ、置かれた調度品も珠玉の逸品。だが、そんなものを欠伸が出るほど見慣れた貴竜は、ただいま老鬼の話に興味をもつ最中なのであった。


 (ベッド)に肘をついて寝転がり、手には湯気のくゆる茶器。その足元に老鬼は腰をすえていた。


 クスリ、と今しも貴竜は肩を揺らす。

 手にした茶器の中身が揺れて、水面に映る真珠色の彼の像を崩した。


『……すげえな。何をどうしたらそうなるんだ、って旅になってんじゃねえか』


「ああ。俺も正直、これを読んで目を疑った」


 飴色髑髏(あめいろどくろ)の半面ごしでも神妙さをにじませて、老鬼も応じる。

 その様子がまたおかしくて、貴竜は喉を鳴らした。危うく茶を零しそうになったので、笑みの形に唇をむすんで堪えた後、茶器を鼻先へ寄せるが。


 くゆる湯気の香りを楽しみつつ口を開いた。


『けど、おかげで抱水が通常稼働を始めたわけだ』


「ああ。おおよそ一年弱の停滞だったが、どうにかな」


『お前たちも探してたんだろ? なんで見つかんなかったんだ?』


「端的に言えば、見当違いの場を探させられていたのだ。盲点だった」


『ふぅん?』


「蟲人の特異性を活かした手法だ。『一見してそうと分からぬ』者も多い故に、紛れこませられると厄介なのだ。そして、蟲人狩りはすでに独自の市場が形成されつつある」


『あー。“沼が深い”わけね?』


「うむ。しかも、その枠組みのなかで売買にまじり、定期的に移動させられていたようだ。なかなか気付きにくい」


『単なる人探しと見せかけて、別の底の見えない、ズブズブの沼の中にいたってわけだ?』


「そういうことだな」


「抱水のところでも似たようなことが言えたに違いない」と老鬼は言い添える。


 合点が入った様子で貴竜は頷いて、なおも口を開いた。


『なるほどねえ。しっかし、ならすげえよな。冒冽花。たまたま陽零(ようれい)に范瑟郎が運ばれた時機に立ち寄って? 蟲人狩りに捕まり、范瑟郎(ファン・シーラン)を見つけて……そうと知らずに連れだし、福峰に連れ帰ったわけだ?』


「ああ。出来すぎた話だと思っている」


『笑えるほどに“持ってる”奴だなあ』


 くくく、と貴竜が喉を鳴らすと、面白くなさそうに老鬼は鼻を鳴らす。そんな彼の反応がまたおかしくて、より貴竜は笑った。


 にんまりと唇に弧を描きさえして、


『次はどこに行くんだろうな? あいつら』


 と訊ねたりする。

 弾む声色に仕方なく老鬼も応じた。


「風水僵尸のいる場所を目指すのだとすれば、近くだと春海(しゅんかい)か」


『春海かあ。っつーと、的穴(ディーシェ)夭砂(ヤオシャ)か。……ふふっ、いいなあ』


「いいな、とは?」


『俺もまた哥哥(あにき)と冒冽花と“遊び”てえな、ってこと』


 嬉々とし貴竜は舌なめずりする。老鬼は呆れた顔つきをした。


「先だって、あれほど叩きのめしたというのに」


『足りないねえ。つーか、叩けば叩くほどに伸びる奴だと感じたよ。ちいせえ鉄塊でも、繰り返し叩けば剣になるだろう? そういう奴だと思ったからね、哥哥と合わせて』


 鼻歌まじりに仇敵を語る貴竜に、小さく肩をすくめると老鬼は首を振るう。


「俺は啰唆(めんどう)だから、あまりもう関わり合いたくないがな」


『ふふ。お前はなあ。っつーか、“目障り”って感じだもんな?』


「……フン」


 鼻を鳴らし、ついに老鬼は顔をそむけた。


 傍らよりまた笑声があがるため、なおのこと唇を曲げつつ、竹簡に目を落とした。その文字列を瞳でたどってゆく。報告に欠けはないか漏れは生じていないか。

 そして、ある一文に行き着いたところで、ふと目をすがめた。


「貴竜」


 そう呼ばう声は自然と低いものになった。


『んー?』


 貴竜は不思議そうに目を瞬かせてくる。そんな彼に頷いて、


「冒冽花のことは置いておいて。お前、福峰を襲ったモノについてはどう考える?」


 老鬼は本題を切りだした。


 その問いに貴竜は動きを止める。数拍の間をおいた上で、傍らの卓へと茶器を置いた。

 彼もまた、温度を失くした硝子球のごとき目をすがめていた。


 そうして、空いた手でゆっくりと自身の胸元を撫でつつ、口を開いた。


『……そうだね。ざっと聞いた限りでも思ったよ。間違いなく俺たちの“開発者”が関わってるだろう、って』


「やはり」


『うん。気に関連する赤錆色の事物。人知をこえた存在を生みだす力……関連することが多すぎる』


 言いつつ、貴竜は撫でていた手を止める。

 おもむろに自身の衣の(ボタン)を外しだし、その合わせに手をかけた。ぐ、と前を開く貴竜に、老鬼は横目に『それ』を見やると顎を引く。


 そこには傷だらけの胸元と、赤錆色の管で繋がれ埋め込まれている『玉』が存在した。

 赤子の握りこぶしほどの大きさであり、滴る血のように赤い。

 玉の表面には『勅令随身保命(ちょくれいずいしんほめい)』と文字が刻まれている。


 風水僵尸たちにとっての黄符、自律制御の要となる部位であった。

 ある意味で心臓部であり――通常の骸とは異なる部位をさらした貴竜にたいし、老鬼は目を細めて、低く言い募った。


「きゃつめが動きだしたということは、俺たちも遭遇する可能性があるということだ」


『そうだね。何を思い、福峰を襲ったのかまでは分からないけど。ようやく会えそうだ』


「お前にそれを埋めこんで、風水僵尸に仕立てあげた張本人にな」


『うん。たっぷり礼をさせてもらわなきゃあね』


 にっこりと、ほの暗い笑みをうかべる貴竜に、老鬼も頷き返した。


 ようやくだ。ようやく目途が立った。ここからが始まりだ。

 長い時を要したものの……目の前の青年を、終わらせる。


 他ならぬ自身らが『仇敵』へと引導を渡すことによって。


 老鬼の望みもまた冽花と同じところにあるものの、過程は大きく異なっていた。

 だが、奇しくも歩みだすべき時は一致していた。


 今度こそ、と願うのである。老鬼もまた貴竜とともに、ほの暗き決意を固めた。

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