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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十七章「赤錆色の襲来」
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第58話 赤錆色の進撃

 その後も、四人と兵士たちは遮二無二戦い続けたものの……戦況は一向によくならず、むしろ緩やかに悪化をしゆくこととなった。


 元より戦力差がありすぎるためだ。


 判を押したかのごとく体格のよい異形の獣、二百にたいし、有効打となる者は三人。

 うち二人は疲れ知らずの僵尸であったものの、期限付きだ。


 時には賤竜が通りを犠牲に、並みいる獣らへとむけて『水滴石穿(すいてきせきせん)』を放ち、足場を破壊。めくれあがる石畳の隙間、亀裂から『灰色の水』を呼びだし、浸からせたり。

 通りにあける大穴に獣らを落とし、抱水が一網打尽にしたり。足並みを乱したところを、みなで一斉に挑みかかるといった方法もおこなったものの。


 新手はどんどん押し寄せてきた。

 櫛の歯を欠くがごとくに、兵士たちから順に倒れていった。


 ついで元よりの無理な力の底上げが祟り、冽花に疲労の色が見え始めた。生身の浩然も然りだ。そして、今や真っ赤に染まる水蛇を操る抱水もまた――扇を震わせ、肩で息をし始めていた。


 瓦解の足音はすぐそこまで近づいていた。

 そうして、その瓦解は『冽花の負傷』という形で現れたのであった。


「っあ……!」


 しまった、と思った時には遅かった。体が錘でもつけたかのごとく重たくなり、自然と大振りな攻撃をしてしまったのが運の尽きである。

 その蹴りがもたらした影響は浅く、なにより無防備であった。


 次の瞬間、彼女は巨体の突貫を受けていた。柔らかい腹に虎の頭蓋がまともに食いこみ、みしりと軋みをあげる。内臓に染み入る衝撃があった。


「ぁ、ぐァ……ッ!! ――っぐぅ!」


 吐瀉物(としゃぶつ)をまき散らしながら彼女は吹きとび、とある家屋の戸に、背中からぶち当たっていった。勢い戸をぶち破り、倒れこむこととなる。体が痺れ、すぐには動けなかった。


『冽花!』


 賤竜が駆けつけようとするも、その前に立ちふさがる虎の姿が幾つもある。

 冽花は血泡をなおも吐き、横に転がった。腹を押さえ、顔をしかめる。


「ぅぅ、ぐ……っ」


 ――折れた? それに、腹んなかもすんごく痛い……っ。


『冽花、逃げろ!!』


 切迫した声で呼びかける賤竜の声に、うっすらと瞼を押し上げた。

 賤竜が走る。だが、その前をくだんの虎が駆けているのが見えた。冽花は薄笑う。


 ――ああ、これは。……やべえ、な。


 体はちっとも動く気がしない。指先一つも重く痺れていて動かないのである。

 虎が迫る。賤竜が棍を投擲(とうてき)する姿勢にはいる。その賤竜の後ろを追いかける、二匹の虎の姿がある。


「っ、……じぇ……っ」


 ダメだ、賤竜。アンタまでやられっちまう。

 なんとか伝えようと、震える唇をぱくつかせた、その時であった。


 ふと冽花は猫耳を閃かせた。頭上の家のなかで動く、人の気配を察したためである。

 おもわずと見上げると――包丁と鍋をつかむ、若い姉弟の姿が目に入った。

 どこか覚えのある顔つきをしていた。そして、彼らは動いた。


「っっぅわああ――!!」


「ええい!!」


 悲鳴まじりの気合とともに、それぞれ手にしているものを、迫る虎めがけて投げつけたのである! その狙いは小さい弟なんぞ、てんであてずっぽうの方向に投げられたものの、姉の包丁は虎の足元にまで至った。その足を鈍らせることに成功する。


「逃げて、姐姐(おねえちゃん)!」


「今のうちに逃げてください!」


 口々にそう告げてくるのに驚いた。冽花は目を見開くものの、ぐっと奥歯を噛みしめるなり、全身に力をこめて起き上がろうとした。


 炎を。再び陰気の炎を燃やせ。――起きろ。戦え、あたし!!


 投げられた棍が虎の頭を貫通する。虎が声なき声をあげて解けていく。

 無手となった賤竜が、それでも冽花を求めて駆けつけてくる。その後ろで触手を表わし、一匹は彼を串刺しに、一匹は太刀状に硬質化させて振るわんとしている姿がある!!


「賤竜ッ!!」


 痛みすらも忘れて、叫んでいた。

 だが、次の瞬間、その二匹を横合いから突っこんできた水蛇がさらっていく。間一髪のところであった。


 賤竜は冽花のもとへとたどり着くなり、傍らに膝をつく。腹に手を触れて容体を診た。そして、すぐさまに眉を寄せると首を振った。


『これ以上の戦いは無理だ』


「っ……でも、まだまだ敵は……」


『是。だが推奨しかねる。胸骨が折れているほか、気滞(きたい)気虚(ききょ)(気の不足)、四肢末端への虚熱症(きょねつしょう)(発熱の症状)の兆しが見られる。……陰気の使いすぎだ』


 冽花は歯噛みした。体はすでに悲鳴をあげだしていたのである。陰気の炎で騙しだましやっていたものの、それももう限界だった。


「っ、でも……アンタと抱水だけじゃ……ッ」


『是。だが、やれるだけやってみる他あるまい」


 彼がそんな不確実なことを言う現実にさらに歯噛みをして、冽花はゆっくりと起き上がった。だが、その瞬間に信じられないものを目の当たりにした。


 赤き水蛇が――視界の端で砕け散ったのである。


「っな……!? 抱水!」


 見れば、抱水は片膝をついていた。その扇に宿る白炎は弱々しく、先よりも大きく肩で息をしている。

 ひとめで分かった。彼にも限界が訪れてしまったのだということが。


 そんな抱水へと虎たちが一斉に襲いかかる。浩然と数少ない兵士らが応戦するものの、彼らもまた少しずつ傷ついていく。


「抱水!! 浩然! ――っあ、妈的(ちくしょう)!」


 あんまりに叫んでいたためか、他の虎の注意を引いてしまった。再び冽花たちのもとに、数匹の虎が駆け寄ってくる。手元に棍を呼び戻した賤竜が、冽花をかばい前に出た。


「賤竜……っ、妈的(ちくしょう)、賤竜!」


『案ずるな、冽花。お前を、必ず守ってみせる』


 その淡々としつつも確固たる声色よ。冽花は目を見開き……くしゃりと顔を歪めた。

 そうじゃない。アンタを失っちゃ意味がないんだ、と。


 だが、賤竜は退こうとはしない。

 冽花の後ろでも姉弟らが互いに抱き合い、震えていた。最後と思うのだろうか、小さい囁き声で言葉を交わしていた。


(おねえちゃん)、ぼくたち死んじゃうの?」


「大丈夫、大丈夫よ」


「やだよ、姐。ぼく……っ、死にたく、ない」


「…………だいじょうぶ、よ。姐も一緒にいる」


「っぅ……ううッ。っ、ほ……う、すいさま……っ、たすけて」


 弟が縋ったのは、この街の守護者であり庇護者である抱水であった。

 涙まじりの懇願が聞こえているのだろうか。抱水は懸命に震える扇に力を込めて、炎を、再び燃え立たせんとしていた。


 だが、薪を燃やすのにも火種が必要である。彼の火種はもう燃え尽きつつあった。


该死(いまいましい)ッ……!』


 舌打ちまじりに抱水は告げて、震える身をおし、立ち上がった。鉄扇を握りしめて前へ、自身もまた直接的な戦いに身を投じんとしたのであった。

 だが。ふいと彼の耳朶をうつ、柔らかくよく通る声音があった。


「出力を下げるんだ! 『水魚之交(すいぎょのまじわり)』を極小単位、胡桃大の水球で周囲へと散布。君ならできるだろう? 抱水!」


 鋭く張られているものの、柔らかな声。命令。――君ならできるだろう? と信じて、鼓舞してくれる言の葉。


 抱水が、願ってやまなんだ声であった。


 目を見開くも、どうじに抱水は力を振り絞る。自分でももう使い尽くしたと思しき気を、活動源たるそれよりも削り、発現するのであった。


 水路より無数に浮かぶは胡桃大の水球たちである。現れた瞬間に風を切って飛んで、敵味方関係なく横合いから当たり始める。


 だが、それでいいのである。細かい操作をする余裕はない。そして、味方は濡れるだけで済むものの、虎たちへの被害は甚大だった。


 抱水の操る水には『核』が存在する。彼の気で作られた核が。――その核が大量に撃ち当てられるために、虎たちはこぞって身を解かしだすのであった。


 今度こそ全力を出し切って抱水は膝をつく。あらぐ息を吐き、地面を見下ろしていると。その地面に長く影が落ちた。

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