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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十六章「賤竜、救出作戦!!」
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第52話 交わる思い、竜は蘇る

「賤竜……!」


 賤竜は。この騒ぎのなかでもピクリとも動かずに、首を項垂れさせていた。だが、呼ばれてようやく反応を見せた。


 は、と大儀(たいぎ)そうに息をこぼす。緩慢に首をもたげて、閉じていた双眸を開いた。


『……冽…………花……』


 重たげに伏せた目の奥から、見返してきたのであった。


 その気だるげな様子には覚えがあった。出会った時と同じだ。どうにか稼働している、渇いて、弱りきった状態だった。

 そうして、弱りはてた賤竜の身には、冷たく硬い鎖が幾重にも巻かれていた。


 冽花は――改めて見て、言葉を失くした。


 あまりの仕打ちと憔悴(しょうすい)ぶりに胸がつぶれそうになり、おもわず声もなく駆け寄っては、膝をついて抱きしめていた。

 わななく唇を開きつつ、彼を抱く腕に力をこめたのであった。


「……っ、対不起(ごめんな)、賤竜! こんな……苦しい思いさせちまって……っ」


 絞りだす声に滲むのは、痛みであった。


 あんなにも泰然と、威風堂々と構えていた彼が、こんなにも――冽花(あたし)を救うために。

 見ていられなくて。

 押し殺した悲鳴めく声をあげたのであった。


 そうして、耳朶(じだ)を打つそれに賤竜の瞳が動いた。ゆっくりと流し見て、今にも泣きだしそうな歪んだ顔を映すや、かすかに睫毛を揺らした。静かに口を開いた。


『……問題、は……な……ぃ』


「……っ!」


 冽花は息を飲んだ。実直な、馬鹿正直と言っても過言ではない賤竜が紡いだ、消え入るような『嘘』、『強がり』を聞いて、かえって瞳を潤ませたのだった。


 顔を上げるなり、その肩を拳でたたいた。


笨蛋(バカ)ッ! 我慢すんじゃねえよっ! ……そんな気遣い要らねえ!」


 噛みつくように吼えた後、後からあとから涙があふれて止まらなくなる。そんな冽花を見て、賤竜は目を細めて、瞼を一段おろした。そっと囁き返した。


『…………対不(すまな)()


真是个笨蛋(ほんっとうにバカ)……っ。こんなに弱ってまで……あたしのこと気にするなんざ」


 ずるりと拳を滑りおろし、冽花は彼の肩に顔を埋める。額を擦りつけて、すすり泣いた。


対不起(ごめん)、賤竜……っ」


『……(シー)


「でも……多謝(ありがとう)……ッ」


『…………是』


 律儀に応えてくれる声に、涙がこみ上げてやまなかった。


 ずっとこのやり取りが恋しかった。呼べば必ず応えてくれる、当たり前のように傍らに彼がいる時間が、『日常』が、恋しくて仕方がなかった。

 真面目で不器用で、その実は優しい僵尸のことが、恋しくて堪らなかったのであった。


 冽花の大切な好友(ツレ)であり伙伴(あいぼう)が、戻ってきたと感じられた瞬間だった。


 そうして、冽花は――わななく口を開けた。けれど、緩くなってきた鼻をすするのと、しゃくりあげるのとで、その声は潰れてしまう。


 会えたら話したいことがたくさんあったのだけれど、この分だと伝えるのは難しそうだ。

 何度も口を開こうとした挙句に失敗し、ぐ、と唇を噛んだ。


「……っ、賤……竜……ッ」


『是』


 それでも。冽花は諦めなかった。

 どうしても――どうしても伝えたくて。

 胸のなかにある思いを、欠けらでもいいから伝えようとした。


 だから、ぎゅっと賤竜の服の背を掴んだのである。すう、と息を吸った。


(ありが)(とう)……っ」

 

 そうして押しだした。送りだした。何度もなんども、涙まじりの礼の言葉を。

 そこに主語はなく、賤竜にしてみたら、わけの分からない状況にも思えたかもしれない。


 けれど、冽花は懸命に思いのたけを、ただ一言に込めたのであった。

 切れ切れでところどころに鼻をすする音が混じり、顔すら上げられない。ついには咳きこみだす始末である。


 そんな冽花を見て、賤竜は緩やかに瞬きを落とした。


非常(ほんとうに)感謝(ありがどう)……ッ、賤、竜……っ」


 泣きながら彼へと、一心に礼を告げる――やはり不器用な姿を見て。賤竜はふ、と目を細めては俯いた。

 冽花が気付かぬぐらいにごく軽くながら、その肩へと顎を触れさせる。あるかなしかに唇に弧をひいて、目を閉じた。


 穏やかで、どこか噛みしめるような表情を浮かべたのであった。


 が、それもつかの間のことであった。

 ふと再び瞼を浮かせる。瞳を動かし、やおら柵のほうを見た。


 ――同じ風水僵尸である賤竜には分かった。傍らの水中における気の胎動が。


『……冽、花』


「ん……」


『抱水が……戻る』


「……っ!!」


 弾かれたように顔を浮かせる冽花に、元の真顔に戻った賤竜は続けた。


『血が、足りない。……力が……足り、ない』


「ああ……分かってる。今――」


 すぐさま頷いて、襟の釦へと手をかけ外し始める。

 そんな冽花を見て、賤竜は――目を伏せて、おもむろに口を少しばかり開いては閉じた。なにやら言いよどむらしい仕草をしたが、冽花は気付かなかった。


 賤竜はもう一度試みた。息を吸っては小さく口を開き、


『お前、の……協力が必要、だ』


 その言葉を、どこかぎこちなくも唱えたのだった。

 冽花の手が止まった。


「…………へ?」


 襟を寛げた状態で、ゆっくりと顔を持ち上げる。ポカンと口をも開け放し、見返す。


 そんな冽花をなおも見て、賤竜は(かす)かに目を細めてみせた。

 どこか可笑しげに。そうして、口を開いた。


『……好友(ツレ)、なのだろう? ……(これ)は』


「へ、ぁ……」


『先に、そう告げていた、故』


 だから告げたのだ、と言いたいのだろう。冽花は完全に絶句し、瞬きを繰り返した。


 本当に、何が起きているのだという気持ちでいっぱいだったが。

 そういえば妹妹(メイメイ)が言っていた。

 『哥哥(あにさま)は楽しそうだった』と。実はこちらの方が素であるのかもしれない。


 そうして、遅ればせながら、もう一つ気付いた。

 今告げてくれたのは、他ならぬ賤竜の『内情』だということに。

 あれだけ頑なに口をつぐみ続けた『自分の気持ち』について教えてくれたのである。


「あ……」


 おもわずと口をついて出た言葉に、賤竜は柔らかい面差しで見返す。

 『分かったか』とでも言いたげな眼差しをしていた。


 気が付いたと同時に、胸に広がる暖かいものがあった。目頭が熱くなった。


 冽花は口を開いては閉じる。やはり、上手く今の気持ちを言い表すことができない。

 そんな冽花を、賤竜はやはり温かく見守ってくれた。


 冽花が選んだのは結局、ただ一つの単純(シンプル)な答えであった。


「……っ、うん……!」


 歓喜の涙を目尻に滲ませながら、強く頷いては飛びついていく。それだけ。

 柔らかく白い首筋を晒し、賤竜へと身を委ねていった。


 賤竜はその身を受け止めて、首に顔を埋めた。躊躇いなく剥きだす牙を立てる。

 びくりと冽花の体は強張るものの、退かない。賤竜もまた、なおも牙を食いこませて、唇を被せて血をすすりだした。冽花は唇を真横に結んで耐えていた。


『……っふ』


 賤竜は目を伏せた。契約者の甘美な血液を吸って、満ちてくる力を感じた。そうして、ふと、あえかな微笑にもならぬ弧を、再び唇へと引いた。


 その気色は確かな『喜び』をあらわすものであった。


 そうして、ここでだしぬけに二人にむけて、水の槍が無数に投じられてくる。

 抱水である。ついに彼は与えられた痛みを乗り越え、帰還した。池の水を渦巻かせて、水底にしゃがんでは、冽花らをねめつけていた。


 カッと賤竜は目を見開いた。その円く瞳孔のひらいた眼が炯々(けいけい)と輝きを帯び、水の槍を、抱水を見つめた。

 そして、彼はおのが契約者を呼ぶ。契約者もまた、打てば響くように。後ろを振り返ることなく、風水僵尸へと応じた。


『冽花』


「ああ。基本武装の解禁、それに――」



「『水滴石穿(すいてきせきせん)』を許可する!! ぶっ飛ばせ、賤竜!」



知道(りょうかい)


 声高な命令――そして激励に、黒き炎が燃えあがる。

 轟々と燃えさかる陰気が。そして、千々に砕ける鎖があり、風水僵尸・賤竜が雄々しく立ち上がったのだった。

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