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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十一章「風水僵尸・抱水(バオシュ)」
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第37話 風水僵尸・抱水の現状

 粉々に砕かれ、石畳を輝かせる数多の硝子片があり。その上には足の折れた椅子や机が投げ出されて散乱していた。


 その渦中で、胸倉を掴まれ、小さい身をつり上げられている子どもの姿がある。泣き続けたその顔は真っ赤に染まり、ひきつけを起こしたようにしゃくりあげている。


 そうして、その子どもを見つめて、今しもたっぷりとした筒袖の腕を振るい――白き鉄扇を顕現させる男の姿があった。


 風水僵尸、抱水である。傍に傘を持たせたお付きの者を従えているので明白であった。


 それは線の細い、神経質そうな男であった。


 痩せぎすの身に、折り目正しく涼帽(りょうぼう)(つば付き帽子)をかぶり、蟒袍(マンパオ)(龍の刺繍がある長袍)の上から長い補服(うわぎ)を羽織っている。胸には文官の印の一つである“鴛鴦(おしどり)”の刺繍(ししゅう)を持っており。


 まさに『他に仕える』を体現する僵尸は、哀れな子どもに狙いを定めたのである。


 その腕が大きく振り上げられる。


「やめてぇ!!」


 押さえつけられた若い娘が叫び、届かぬ手を伸ばす。


 見ていられなくて冽花はぎゅっと体を縮めた。胸の内で反射的に――おのが風水僵尸の名を叫んでいた。


 ――……っ、賤竜!!


 そうして、その瞬間であった。

 ズン、と腹に響く地鳴りがその場に湧きおこった。縦揺れの微振動である。そうして、それは立て続けに三度巻き起こる。地震にしてはあり得ない事象であった。


 そして、直後にその場に悲鳴が湧きおこった。誰あろう、それは。


「ッ、いっでぇえ!」

『おや、対不起(すまぬ)。手元が狂った』


 騒ぎの中心にいた男であった。抱水は振るった鉄扇を男の手の甲へと当てたのである。

 おもわずと子どもを取り落とすのを、抱水は空いた手でふわりと受け止める。


『だが、“いつもの扇でぶっ叩く”、その命は果たしたはずだ。――行け』


 痛がる男をよそに子どもを逃がす。そうして、抱水は明後日の――賤竜が駆けていった先の方角を見た。

 開いた扇をそのままに、彼はそちらへ体を向け直す。


 冽花はその唇が小さく動くのを見た。その小さい呟きをも耳に拾うのである。

 『やりすぎだ』という。


 抱水はその場で鉄扇に白き炎を纏わせる。鋭く見据える先には――水路に立つとは思えないほどに大きな『瘤』を思わせる大波が三つ。

 周囲の舟を軒並みかき分け、押し流しながら、現場へと殺到してきたのである。


 冽花は、尻尾があったら玉蜀黍(とうもろこし)ぐらいに膨れさせている思いがした。遠目から見ても、色々と縮尺がおかしいのである。


 ――た、確かにやりすぎだよ、賤竜!! これじゃあ……。


 だが、泡を食って逃げだそうとする恶棍(ごろつき)ども、群衆をよそに、抱水は落ち着きはらっていた。そうして一人、典雅(てんが)に舞う。


 円を描くような柔らかい所作にて、波にむけて扇をひと薙ぎさせる。

 すると、扇に纏われていた白き炎が水路へと落ち、次の瞬間、どん、とまた腹へと響く重低音が生じたのである。

 水路の水がうねり、向かい来る『瘤』と相対するかのように三つの波が――否、うねる体の水蛇へと変わり、『瘤』に喰らいついていく。


 巨大な波と巨大な水蛇の激突である。その場にはおびただしい水飛沫が生まれ、水路の縁から波しぶきをあげて、場にいる者を等しく濡らしていく。


 豪雨のような有り様であった。が、三つの『瘤』が失せ、もろともに水蛇が姿を消した時には、頭上に見事な虹がかかっていたのである。


 一人、傘を差されていた抱水のみが無事であった。フン、と一つ鼻を鳴らすと、逃げていった恶棍(ごろつき)どもを追い、その場を後にしていく。


 後に残されたのは、水浸しの路面と人々と美しい虹と。すべてを目の当たりにして腰が抜けた冽花であった。

 やはり風水僵尸たちの力のぶつけ合いは心臓に悪い。


 そうして、ほどなく帰ってきた賤竜はというと。こちらももれなく濡れ鼠であり、薬問屋の店東(てんしゅ)に無理を言って、拭くものを借りるはめになったのであった。

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