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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第五章「素直になれない男心」
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第21話 喧々諤々、意地はり男

 そうして、事件はその次の日に起きた。


 空が白みだそうとする時分に、ふいと静寂を揺るがせる、鈍く肉を打つような音が連続してあがったのである。


 確かに聞こえた、あっ、という小さい呻きとくぐもった唸り声。


 目を覚ました冽花と賤竜が駆けつけると、階下に倒れ伏す店東(てんしゅ)の姿があった。これ一大事だと青年らを起こし、応急手当を済ませた後に、急ぎ療養所の門をたたいた。


 そうして――本格的に陽光が地上を照らしだす頃。

 店の開店が近づく時分に、押し問答をする親子の姿が生まれたのである。


「絶対に無理だよ! 大人しく休んでくれ、父亲(とうさん)!」


「ええい、煩人(しゃらくせえ)ッ! これしきの怪我で休んでられるかってんだよ!」


「厨房に立ち続けることすらできないじゃないか!」


「できらぁ、男は根性だ!」


「腰を打って、足の骨まで折れてるんだよ!?」


 この通りであった。


 さしもの青年も声を張りあげるが、店東は聞く耳を持とうとしない。

 卓を支えに体を震わせながら、添え木をされた足で立ち続けようとする。頭にも包帯を巻いており、額に脂汗が滲んでいた。それでも彼は厨房に向かおうとするのである。


 彼の行く手を遮りつつ、取りつく島のない父親に青年は頭を掻きむしった。


「どうして休んでくれないんだよ そんなに俺が信用できない!?」


「っ、常なら別だが、今は……っ、ただでさえにも客が多い。おめえだけじゃ無理だ!」


「っ……それでも! 今の父亲の体で、満足に働けるとも思えないよ!」


 刻一刻と近づいてくる開店時間。親子喧嘩は熱を増す一方だ。


 一度は間に割って入ろうとした娘も、あまりに埒のあかない平行線の議論に、悲しげに首を振って、どこかへと姿を消してしまった。


 冽花たちは蚊帳の外にいて、はらはらとその様を見守っているより他はない。


「ど、どうすんだ……どうすんだよ、これ……!」


「どうにもならないねえ。老子(おちちぎみ)は元より聞く耳を持っていない。というより、冷静でないのは明白だ。ご巡幸効果で人が集まっている以上、店を開けない手はないということなのかもしれない」


「っ……」


 おっとりと応える探路の声に歯噛みする。


 病に伏した片割れのためである。医者にかかるのにも、薬を買うのにもお金は必要だ。まして、昨日は賤竜がその老婦人を診察した。


 結果は、賤竜の言葉を噛み砕くに――『よく持っている』といったところであったのだ。

 いかな風水といえど、摩訶不思議な力であろうとも、万能ではないのだと、そう思った。


 冽花は唇を噛む。本当にどうすることもできはしない。


 目の前の老いた料理人に何もしてやることができない。細い蜘蛛の糸を手繰るようにし、片割れの延命のため、意地を張ろうとする男へと。


 そして、そんな冽花を、賤竜は見ていた。


 そうして、ふ、とおもむろに踵を返したのだった。

 鍵のかかったままでいた扉の鍵を開けて――サッと横に一歩避ける。


 すると。


「うぉぉわぁぁあ――ッ!?」


父亲(おとうさま)!?」


 奇声とともに顔から店へと突っこんでくる、男の姿があった。

 その後ろには両手で口元を覆う娘の姿もある。


 誰あろう、床を滑ってきたのは、向かいの店の店東であった。


 さすがにこの事態に閉口して、青年とその父親も、じっとお向かいの店東を見下ろした。


 額と鼻を擦りむいたらしい向かいの店東は「お~、いちち」と言いながら顔を上げて、その眼差しにぎょっとする。慌てて立ち上がると腕を組んで胸を反らした。


 挑戦的に顎を突きだし、老いた店東へとにやつく笑みを向けた。


「お困りのようだなあ? 子涵(ズーハン)。階段から落ちたと聞いたぞ。やはり寄る年波には勝てんようだな」


閉嘴(やかましい)っ、皓轩(ハオシェン)っ。嘴の黄色い……毛孩子(ひよっこ)がッ……ツ――俺ぁ、まだやれる!」


 頑固に吼える老店東に、にやにや笑いが薄れてしかめっ面に変わる。


「悪態にもキレがないぞ? 姑老爷(むこどの)の言うことを聞いて、ここは――」


 かぶりを振って、ここでがつんと食いしばる歯の音を強くあげて。老いた店東は息子の肩に手をおくなり、力ずくで突き押し、進もうとする。


 その手には最後の意地がこもっていたに違いない。青年を軽くよろけさせるのに十分であり。そして、同時に店東へ破滅をもたらすこととなった。

 片手を卓から放したのが悪かった。必然的に傷ついた足に重心がかかり。低く呻き、その身が崩れていく。


父亲(とうさん)!?」


 弱々しくも悲鳴をあげ、青年が腕を伸ばそうとする。だが間に合わない。

 離れていた娘も、もちろん冽花たちとて間に合いはしなかった。


 あわや、その身を床へと叩きつけるばかりとなった老店東へと、かろうじて手が届いたのは。


(この)……这个笨蛋(ばかやろう)ッ!!」


 目をみひらき誰よりも先に手を伸ばした、向かいの店東であった。


 頭上から悪態を浴びせつつも、しっかりと老いた店東を抱えこんでいた。肩で大きく息をして、昨日の憤怒に近い形相をうかべていた。


 痛みを覚悟し身を固くし、目をも閉じていた老店東も、叱咤に我に返る。

 見上げるとそこに、いからせる肩を揺らしながら向けられる、厳しい視線があるので、遅れて弱々しい笑みをうかべた。


「へっ。ちったァやるじゃあねえか、毛孩子(ひよっこ)が。だが、大きなお世話だ。……っ、ツ――俺ァ、まだやれるんだ……っ。は、……やるしかねえッ」


 ぐっと触れ合う身の肩へと手をかけ、そこをも支えにして厨房を見る老店東を、奥歯を噛み、苦々しく向かいの店東は見つめた。抱きかかえる腕に力をこめる。

 口を小さく開けて結ぶ。何か言おうとした言葉を飲み込んだような素振りであった。


 そうして。


 ここでコツコツと硬く、律動的な靴音が響いた。

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