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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第五章「素直になれない男心」
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第20話 小料理屋での一服

 ともあれ、現実は非情である。


 気にはなるものの、それにもまして現実の問題に直面せねばならない。

 客桟(やど)を探さねばならなかった――が、結果としてやはり全滅であった。探路の薬を買うことはできたために、そこはよかったものの。


 暮れなずむ夕陽をまえに、絶望しながら冽花らは歩いていた。


「もう日が暮れちまうよ……」


「本当になかったねえ、一部屋の空きも」


真的(マジ)でご巡幸効果ぁ……!」


 がりがりがりと髪をかき乱す。そんなことをしても何の意味もないのだが、少なくとも少しだけ気が晴れる冽花である。


 ふといつの間にか、昼間に食事をとった通りへ出ているのに気付いた。


「あれ、この通りは……」


 自然と瞳を巡らせると、あの店のまえで青年が店じまいしている姿を見つけた。

 なんとはなしに向かいの大店をも見ると、未だにその大扉は客を吸いこみ吐きだしてを繰り返していた。


「夜もやるつもりなのか……繁盛してるんだな」


 明かり代や人件費のことを考えると、よほどに儲かっているに違いない。あんな有様を晒したところで客の入りがいいのは、それぐらい味がいいからなのだろう。

 あとは地元民の反応を見るかぎり、『いつも通り』の節があるのか。


 再びなんとなく小料理屋へと目を戻す。と、折悪く青年がこちらを向いた。


 まさか気付かれるとは思わなかった冽花は、慌てて瞳を泳がせる。あの時、謝罪をしにきたのは給仕の娘であったので、気付かれていない可能性のほうが高いものの。


 青年はしばし瞬いた後に、ハッとした顔をしてくる。そうして近づいてくるではないか。


「あの、もしかして昼間に、うちの店にいらした……?」


「あー……うん」


 どうやら低い確率が当たってしまったようである。冽花はますます挙動不審になった。瞳をうろつかせて頬を掻く。


 そんな冽花の様子を見て、青年は眉尻をさげて弱々しい笑みをこぼした。


対不起(すみません)。あんな騒ぎを起こしたんですから、難儀に思われるのも当然ですよね」


「あー、いや……」


「いいんです。周りのそういったご厚意のもとに、まだ店を続けられているんですから。――ここでお会いしたのも何かの縁です。よかったら、お茶でも召し上がっていっていただけないでしょうか? 店じまいも一通り済みましたし」


 鉄火場の老头子(ジジイ)とばかりの店東にくらべて腰の低い青年であった。


 冽花は言葉に詰まり、助けをもとめて探路と賤竜とを見やる。すると、笑顔で頷かれ、真顔で『お前の思う通りに』と告げられたので、口をもにょつかせた後。


「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」


 お世話になることになるのであった。一同、青年のあとに続いて店へと踏みこんでいく。


 店内は昼の喧騒が嘘のように静まりかえり、戸や窓の飾り格子ごしに射す陽光で、うっすら赤く染められていた。

 卓のひとつを勧められて腰をおろす。青年は「すぐ戻ります」と言い添えて、厨房へと下がっていった。


 手持ち無沙汰になった冽花は、ちらりと店内を見回した。


 総じて、歴史を感じさせる佇まいである。


 壁紙は軒並み黄ばんでおり、ところどころに小さい絵や掛け軸、それに黄色い符や神の描かれた画が貼られている。

 財運蓄財・招福・無病息災と数多のご利益をもつとされる是向神(ぜこうしん)と、富を司るとされている抱水神(ほうすいしん)、それに――健康と寿命の寿砂神(じゅさしん)だ。


 年季のはいった神棚もあるのだが、なにやらここだけ豪華であった。

 飴色に暗くしずむ調度品へも目をむけると、そちらも何やらこまごまと飾られている。


 目立つのは置物である。銅製に水晶製、翡翠製と、さまざまな素材で作られている――異形の獣たちが居並んでいた。


 以前に賤竜が明鈴の母親に渡していたものを思い出して。なかでも、一つに目をとめて、冽花はおもわず口を開いていた。その一つを指さしながら賤竜を呼んで。


「なあ、賤竜。あの龍の置物ってさ、以前の龍亀みたいに……なんか特別なものなのか? 普通のより足が長い気がすんだけど」


 冽花が指した先には、四本足でしっかりと棚を踏みしめている、龍に似た生き物がいた。


 ちまたでよく見かける龍は、胴が長く、前足と後ろ足が短い。だが、その生き物はしっかりとした腰回りといい、四足歩行の生き物の体つきをしている。


 賤竜もまた、ひと目見るなり口を開いていた。


『ああ。あれは睚眦(ヤアズ)だな』


「やあず?」


(シー)。風水において龍は、“最も強力な吉相をもたらす瑞獣”と言われている。その龍にはさらに九匹の子どもがいるとされ、第七子が睚眦である』


「へえ。どういうご利益があるんだ?」


『魔除け、悪霊避け、邪気避けだな。睚眦は強力な戦士である。その名は“睨む”という意味の字を二つ重ねて、ヤアズと読む。名前通り、一度睨まれたなら逃げられはしない。魔と戦い、打ちはらい、殺気を飲むのだと、そう伝えられている』


「へええ。殺気まで取っぱらってくれんのか?」


『是。睚眦を置くことは、家内平安、安全をもたらし、因祸为福(わざわいてんじてふくとなす)……凶事を吉事に変え、吉運と財運をもたらす効果がある』


「へぇぇ」


 また一つ、風水について詳しくなった冽花である。感心しきりで睚眦を見つめる。目に見えない招かれざる客に睨みを利かせるかのごとく、扉をむく獣をしばし見つめて。


 ここで青年が戻ってきたので、瞳を転じた。


「お待たせしました」


 人数分のお茶と干した紅棗(なつめ)の実が供される。


 歩きづめで喉が渇き、くたくただったので、その心遣いは染みた。また探路のお茶だけ温めに淹れられており、そのことにすぐ気付いた探路は笑みを深めていた。


 噛めばかむほど甘酸っぱい紅棗を口のなかで転がし、余韻を香ばしいお茶の熱とともに楽しむ。甘く暖かいものを腹に入れれば、ほっと一息つくのが道理であり。


 気持ちに余裕が生まれて、冽花は口を開いた。


「美味いな」


「お口に合えたなら幸いです」


「うん。味もだけど……えっと……アンタの、気持ちが美味いんだよ」


「え?」


「昼からずーっと歩きどおしだったんだよ。客桟を探してね。だから很好吃(すごくおいしい)


 ニッと歯をのぞかせて笑うと、青年もまた目を瞬かせたのち、小さく顔を綻ばせた。


「そうでしたか。確かに……お疲れのように見受けられましたから」


「あ、だから茶を勧めてくれたのか?」


「それもあります」


「そっかあ。多謝(ありがとな)!」


 なおも朗らかに笑い、その口に紅棗を放りこむ冽花を見て、青年も緊張が解けてきたのだろう。断りをいれつつ傍の席から椅子を持ってきて、盆を膝にのせ、腰をおろした。


 そして、そんな青年を前に、今度は探路が口を開いた。ぱかりと開けたそこへと賤竜に紅棗を入れてもらいながら。


老子(おやじさん)妻子(さいくん)はもう休まれたのかい?」


 頬をもごつかせながら彼が訊ねた言葉に、青年は軽く目を瞠った。そうして目尻をさげると、一度頷いてから、話す最中にかぶりを振った。


父亲(とうさん)についてはそうです。もう若くないから。けれど、彼女は違います。俺の母亲(かあさん)の世話をしてくれています」


「君の老太太(おかあさま)の?」


「ええ。もう長いこと伏せってるんです。母亲もそう若くはないから……彼女には本当に頭が上がりません」


 後ろ頭をかいて苦笑いをうかべる青年に、目を細めては、探路は瞳を店内へとむけた。


「だから、こんなにも蓄財や健康祈願に関する品が置かれているのだね」


 病床の家族の快癒をねがい、藁にも縋る思いでかき集めている品なのだろう。

 同じく店内へと目をむけると、青年は頷きまじりに項垂れてしまう。


「ええ、その通りです。少しでも良くなってもらえればと思って。……昔みたいに、皆で店をやれたらいいな、と」


 伏せた眼を揺らした。


 そんな青年の様に、冽花はおもわず眉尻をさげる。傍の賤竜を見やり――そっと、その名を呼ぼうとした。それこそ、明鈴の母親の例を思い出し、彼ならその難局に対応できるのではないかと判じたのである。


 けれど、察して瞳を滑らせてきた賤竜は……小さく首を振った。


 まさかの反応に、愕然とする冽花であった。


 拒否をされたのか、自分は。賤竜に。否、もしくはその風水でもできないことがあるのだろうかと。

 その顔をみるに、賤竜はわずか静止した末に――青年を見た。

 そうして、だしぬけにこう告げる。


(これ)は按摩を()くする。差し支えねば、後ほど、老太太(ごぼどう)との拝顔(はいがん)(えい)(よく)したいのだが。可能か?』


 突然の按摩。そして、皇帝相手にでも拝謁を願うかのような仰々しい口調を受けて、当然ながら青年は目を点にした。


「えっ……と?」


 大慌ての冽花だった。


「ああ。ええーっと……こいつ、こういう大げさな言い方をするのが癖なもんだからさ! でも、居ても立っても居られなくなったんじゃないかな。アンタの老太太(おかあさん)の力になりたい! ってね。腕は確かなんだぜ。あたしも探路もやってもらってるから!」


 会ったばかりの御仁の母亲(ははおや)、しかも老齢とはいえ女性相手に何を言うんだ、といったところではあるものの。賤竜はそういう男であった。でなければ、冽花の腰――尾てい骨の治療もしない。


 ぐっと拳を握りしめる冽花に加えて、まさにその治療を受けている最中である探路も、微笑みを並べる。


 それが決め手になったのだろう。青年は気圧されつつも頷き返した。


 そうして、その夜は青年の家にご厄介になることになった。厩でもなく軒下でもなく、物置部屋という形になり。ここでも人の好い青年と、その妻子(つま)である娘が動いてくれて、掃き清めては毛布を持ってきてくれた。


 やはり返す返すも礼を述べて、これ幸いと三人で体を休めることになったのであった。

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