第15話 真面目に真面目な助っ人、参上
扉から現れたのは、あの中年の役人を筆頭にした水夫らであった。皆が武装しており、入るなり冽花を睨みすえた。
とくに役人は二度目ということもあり、厭味ったらしく顔を顰める。唸るように告げた。
「一度ならず二度までも邪魔立てするとは。やはり蟲人とはろくでもない生き物だな」
「ハ。そんな蟲人を集めてる立場で言えた台詞か? 集めた上、血まで絞り取りやがって。真的変態がよ」
「勘違いしてもらっては困る。『人各有所好』という言葉があるではないか。そんなお前たちに価値を見出す者もいるということだ」
「うえッ。もしかして、本物の変態どもに売んのか。差勁なヤローだな」
「好事家と言え、笨蛋が」
サッと彼が片手をあげると、水夫らが前に出てくる。後足をさげる冽花にほくそ笑み、役人はなおも言葉を続けた。
「満足に転生も果たせなんだ落ちこぼれが、他人の役に立てるのだ。感謝こそされど責められる謂れはない」
「っ、勝手なことばかり抜かしてんじゃねえよ。あたしらは落ちこぼれてなんかいねえし、ましてお前たちの玩具でもねえ!」
噛みつくように吼えるものの、しかし、それしかできることはない。
冽花は忙しなくその場を見回す。だが、窓にも格子が嵌められている。出入り口は無論、役人たちが塞いでいた。
多勢に無勢。冽花は歯噛みする。
「大人しく縛につけば悪いようにはせん。大切な商品だからな、お前たちは」
「抜かせ!」
どうしよう? 冽花はまた沸騰してくる頭に唸り、なおも瞳を巡らせた。
本当に突破口が見出せない。こんな時に――賤竜がいてくれたら、と、ないものねだりしてしまうぐらいには絶望的な状況だった。
あの窮地を二度も打開してくれた強さが恋しい。
どっしりと構えて、ともに考え、時に叱咤をくれる頼もしさが恋しい。
だが、そんなに都合よく賤竜が現れてくれるはずもなく。食いしばる歯をすり減らし、考えこんだ。考えに考え――。
ふと、コツリ、と耳朶をうつ足音に顔を上げた。
猫耳をひらめかせて、おのれの耳を疑い、目を瞬かせたのであった。
役人と数名の水夫らもおもわず振り返り、目を剥いていた。
「な、なんだ、お前は。どこから来た?」
『此は風水僵尸《陰之断流》型、賤竜。陽陰通りは『晃旭』の客桟から来た』
その男は淡々とクソ真面目に応じて、首を傾けた。
涼やかな硝子球の瞳で冽花を映しこみ、
『そこにいたか、冽花。五体満足障りなく、気を損なうこともなく無事だな』
そう淡々と頷いたのであった。
「賤竜……!?」
そう、まさしく冽花が思い描いた通りの援軍である。
喜びよりも驚きが勝って、冽花は声をあげた。
「お前、どうして……」
『客桟の者に襲撃を受けてな。関係者に訊ねたのだ』
嗚呼、と冽花は納得と、呻きまじりの声が漏れた。
やはり人間にどうこうできる相手ではなかった。あの客桟は原型を留めているのか。敵ながら心配になるほどには、稼働を始めた賤竜の強さは凄まじかった。
おもわず遠い目をする冽花に、賤竜は口を開く。
『して、現状把握は適っている。冽花、命令を』
その言葉に我に返る。戦闘続行だ。
雰囲気にのまれていた役人らも我に返った。とくに役人は歯噛みしつつ賤竜を指さした。
「一人増えようが関係ない、まとめて黙らせろ!! っ……男のがわが面妖な術を使う、心してかかれ!」
役場前での顛末が尾を引いているようだ。
少し尻込み気味の役人を気にしつつ、水夫らは動きだした。
賤竜へと多く殺到するのを見て、冽花は即座に腹を決めた。
「賤竜!」
『是』
「基本武装の解禁を許可する! ――手伝ってくれ!」
『知道』
その命を皮切りに、賤竜も動く。
背に流す三つ編みを揺らしつつ歩きだし、その身が黒く、陰気の炎で燃えあがった。
黒備えに緑の差し色をいれる鎧を纏い、炎から黒き棍を引きずりだす。
賤竜の変容に水夫らは色を失くした。だが、役人の叱咤をうけては退くこともできずにめいめい挑みかかってゆく。手のなかで回す棍を構え、賤竜もまた突進していった。
冽花は明鈴を部屋の奥へと逃がした。先ほど守ろうとしてくれた男の檻近くまで行けと。必ず姐姐たちが迎えにいくから、と告げて。
小さい背が遠のくのを己の背中ごしに感じながら、冽花もまた再び風になった。
そして、主従は遮二無二戦った。
賤竜の棍は時に鞭のようにしなり、相手の得物を絡めとっては、隙間を蛇のごとく突き進む。そうして突き倒していく。
冽花もまた然りである。ときに杏色の突風、旋風に変わり、水夫らを巻き込んでいった。
ある時は相手を入れ替え、ある時には背中合わせになったりしつつ暴れまわった。
やがて。這う這うの体で逃げださんとする役人の姿があり、それを悪態まじりに追い、失神させる冽花の姿があった。
それは勢いの乗った、綺麗な両足そろえての飛び蹴りであったとか。
これにて、一件落着――。
「おし、賤竜、縄探せ、縄。こいつらふんじばろう」
『いいが。捕らえたとて、どうするんだ?』
「そりゃあ……あっ」
冽花は気付いた。
一件落着――にはならなかった。
恐らくと氷山の一角だ。そして下手をすれば、先だっての悪目立ちどころでは済まなくなる可能性があるということに。
蟲人だと露見した騒ぎから一日も経たぬうちに所在が割れて、客桟の店東が敵に回った。その情報伝達力と連携を甘く見てはいけないに違いない。
多一事不如少一事。深追いは禁物。歯噛みするものの、仕方がなかった。
結局、場にいる蟲人らを解放するのに留めて――そこでまた露見したのだが、あの間に入ってくれた男が、逃げる力もないほど弱っているのに気付き。
明鈴とあの男を連れて、その場を後にするに至ったのであった。