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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第三章「小さな町の大きな秘密」
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第11話 風水の恐ろしさと妙技

 冽花らが比較的大きな目抜き通りに出たところである。

 折しもちょうど見えてきた、町役場の前で、騒動の種が待ち受けていた。


 ふいと耳をつんざかんばかりの女の金切り声があがった。


「お願いです、わたしの子を探してくださいッ! 後生ですからァァ!!」


 足を止めると、そこには中年の役人へと取りすがる女性の姿があった。


 その身なりは――旅人の装いをしており薄汚くぼろぼろである。手首は枯れ木のように細く、役人の衣に取りすがる指も(ひび)とあかぎれで覆われていた。


 女性を見下ろす役人の顔が、どす黒く歪んでいく。その手を手荒く払い除けるなり衣を払う仕草をした。


 事情はまったく知らぬものの、見ていて冽花はむかっ腹がたった。


 だが駆け寄ろうと前傾したところで、賤竜が片手を差し入れてきた。「なんだよ」と噛みつくように見やると、低く囁きかけてくる。


『場所が悪い。見ろ、あの男女が諍いを起こしている場を。後方の建物はこの場から見るに丁字路の入口にある。家が道の突き当たりにある、すなわち“路冲煞(ろちゅうさつ)”だ。殺気、人間関係を悪くする気を受けやすい場である。さらにここは人の出入りが多い』


「何が言いたいんだよ!」


『つまり、あの場に出ていけば、冽花も悪しき影響を受けることになる」


 歯噛みする冽花。『危ないから出ていくな』と言いたいのだと思った。


 気うんぬんと言っている。おそらく彼にしか見えない風水的な理由で告げている。

 その力を鑑みるならば、本当に現実的な被害が起こる恐れがあった。


 だが、事態はより動きつつあった。

 女性は振り払われたとて、なおも役人の足に縋ったのである。


「お願いします、あの子しかいないんです、わたしには! わたしの可愛い明鈴(ミンリン)を探してください!」


「ええい、(うるさい)! その汚い手を放さないか!」


「死んでも放しませぬ! わたしの明鈴を――」


「お前の子は蟲人だというではないか! そんな醜く穢れた子など捨て置けばよい!」


 なんと、心ないことを言うのだろう。


 役人の舌鋒に女性は言葉を失くした。手荒くその手がまた払われ、枯れ木のような体が突き飛ばされる。土埃まみれになる。


 冽花は脳内が静まり返るのを感じた。ひたすらに冷たく。そして、賤竜の腕を――体を突き押し、すれ違った。


 もうあれこれと考えている余裕はなかった。


『冽――』


「待てよ、王八蛋(ひとでなし)可恶的家伙(くそやろう)が」


 低くもよく通る声は、静寂のなか、よく響きわたった。


 きつく役人をひと睨みし、冽花はその場へ駆け出していく。


 伏した女性に寄りそうや助け起こした。そして、キッとまた役人を睨みあげるのだった。

 役人はつかの間、呆けたものの、事態をすぐに察した。望まない闖入者が現れたことを。

 遅れて顔をしかめてきた。


「なんだ、お前は?」


「なんだもかんだもねえ、⼈渣(クズやろう)。てめえは旅人ふくめた庶民の銭から飯食っておきながら、蟲人だなんだで差別すんのか?」


(うるさい)、蟲人は別だ!」


「何が違う。同じ人の母親から生まれて……お前らみたいなヤツのせいで捨てられちまうこともあるが、こんな風に可愛いがって育てられて。大きく成長していく奴もいる。何が違うんだよ、お前たちと」


 冽花は興奮していた。そうして、その気持ちに呼応したのだろうか。

 瞳孔が引き絞られ、肥大する。芳しい杏の花香がその場に広がった。


 役人は息を飲んだ。対するは、鮮やかな杏の花に彩られる猫娘。

 穢れたモノと目した者に告発されて、みるみるその(まなじり)が尖っていった。口角泡をとばし、鼻白む。


「お、お前も蟲人ではないか!」


「ああ、そうさ、あたしも蟲人だ! だから、てめえみてえな真恶⼼(むなくそわるい)ヤツの言い分にゃあ、腹が立って仕方がねえんだ!」


 どんどん頭が沸騰してくるのを感じた。


 周りの者たちの目が、蟲人と分かった時点で変わったのにも気付けはしない。

 ある者はそれこそ汚らしいものでも見る侮蔑の目で眺めて、ある者は冷然たる眼差しをむける。また、ある者は「虫子(むしけら)の分際で」と憤慨する。


 周りの空気が変わってくるのに冽花だけが気付けずにいた。冽花に庇われている女性は、逆に冷静さを取り戻し、顔を青ざめさせていた。


 冽花と役人の諍いは白熱の一途をたどる。おもわず女性が冽花の裾をつかみ、止めようとするぐらいには、悪い意味で人目を引いてしまっていた。


「あ、あなた、もうやめ――」


「何を言うんだよ! アンタの可愛い子を、こいつは蟲人ってだけで見捨てようとしてるんだぞ!」


「それは――」


「フン! むしろ、その女のざまを見ろ。蟲人はやはり、いるだけで不幸を招く存在に他ならん! むしろ、いなくなったことを幸運に思うこそすれ!」


「まだ言うか、てめえはよォ!」


 なおも冽花が吼え猛ろうとしたところで、その場にふと――玲瓏(れいろう)たる音色が響き渡った。


 ちゃりん、かぁん、と転げたのは。


 銭と硝子とがぶつかりあう繊細な音であった。


 一同はその場を見回した。すると、そこに『水と、銭が七枚はいる硝子鉢』を手にした賤竜の姿があったのである。


 あまりに場違いであるとともに、非日常を思わせる涼やかな在り様に、場にいる人々は一瞬争いを忘れた。冽花ですらも。


 そうして、賤竜はその硝子鉢を持つまま、その場へと歩み寄ってくる。冽花と役人との前に硝子鉢を置いた。


『“路冲煞(ろちゅうさつ)”の改善、とくに人の出入りが多い場の場合には、かような安忍水(あんにんすい)や七星剣、尚方寶剣(しょうほうほうけん)を用いるといい』


 淡々と告げると、冽花へと向き直る。


『三十六計逃げるに如かず』


「は?」


『場所、時間、すべてが悪い。お前はすでに殺気の影響のただ中にある』


「は。……あ」


 殺気。先ほど、賤竜が告げていたことであった。


 “殺気、人間関係を悪くする気を受けやすい場である”


 まるで操り人形のように、女性をもさしおいて議論を白熱させていた自分。


 冽花は息を飲んだ。言われて――ようやく、今の状況が見えたのであった。

 頭が真っ白になり、血の気がひいていくのを感じた。


 そんな冽花へと、だが賤竜は硬直を許さなかった。


『冽花、力の行使の許可を』


 我に返る。確かにその通りであった。この場で易々と役人が、自分と――巻き込まれる形になった女性を、逃がしてくれるとは思えない。


 冽花は唇を噛みしめた。


「……壊すなよ」


『了解した』


「第一段階、『水滴石穿(すいてきせきせん)』の使用を許可する」


 その場に激震がはしり、多大なる混乱が訪れたのは言うまでもなかった。

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