崖っぷち兄妹。帝王や女王がいたら始まらなかったよ
二時間ドラマのラストで犯人が追いつめられる場所といえば崖である。落ちたら一巻の終わり。万事休す。一番盛り上がるところだよね。
でも今のあたしの気分は盛り下がっている。朝っぱらから崖にきたってだけでも最悪なのに、その崖で絶叫している男を慰めないといけないから。
「私は神だああああ!!」
スーツを着こなす長身の男が崖で叫んでいると通報されても文句は言えない。見た目に全てを振り切った男は涙を流している。何を隠そう、あたしの兄さんである。
「いい加減にしなよ兄さん。変質者だと思われちゃうよー」
「三次元の奴にどう思われようが構わない! 私には彼女たちさえ……いればっ……!」
えー、どこ?
残念ながらあたし以外に彼女たちという言葉に該当する存在は崖にいない。あたしと兄さんだけ。
「ああああ! 何がどうして私のガールズがああああ!」
兄さんはスマホを握りしめている。
実はというと今朝、兄さんのスマホにソシャゲの運営からお知らせがきた。サービス終了というお知らせが。
兄さんはソシャゲに大ハマりしている。無課金を貫くが、キャラに対する愛なら誰にも負けないと豪語している。地道に貯めたチケットを使い、ほしいキャラが出るまでガシャガシャ。ほしいキャラが出た瞬間、喜びを爆発させスクショして待ち受けにするほど。
「始まりがあれば終わりがあるのは当然だよ。また別のソシャゲを始めればいいでしょう?」
「何を言う! 私に浮気をしろと言うのか!」
「無課金でプレイしてて文句は言えないよ。兄さんが少しでも課金していたら続いてたかもだけど」
「ふざけるな! 誰が三次元の奴らを肥やすために払うか! ビタ一文も払ってやるものか!」
「でもさー。ソシャゲを一生懸命作ってくれてたんだよ。言っちゃえば親だよ。感謝の気持ちはないの?」
「馬鹿者! 親は親、子は子だ! 親が子の面倒を見るのは当然じゃないか。私は怒りに震えている!」
勝手に震えてなよ。
ソシャゲで五年は大往生だと思うんだけど違うのかな?
「もうこんな世界はたくさんだ。私が生きる意味を見出せない。だから私は崖から落ちる!」
ネクタイを緩めてカッコつけてるけど、その理由が全くカッコよくない。
ソシャゲが終わるから死ぬって何? 重課金者が苦しむならわかるけど、兄さんは無課金者。ただのわがまま野郎だよ。
「兄さんやめて! 馬鹿なことはやめて!」
「これが冗談に見えるのなら、その目は節穴だ。ソシャゲ依存者を……舐めるなよ」
いや、全然決まってないから。
ダメだ。兄さんは馬鹿でしょうがないけど死なれたくない。こうなったら奥の手しかない。
「兄さん――義兄さん! ほら、血の繋がらない義妹だよ!」
「誰が認めるものか。義妹はもっと可愛いべきだ。君には萌えが足りない!」
「なっ!?」
あたしと兄さんは義理の兄妹。
あたしの父さんと兄さんの母さんが再婚したのが十年前。血の繋がりはないけど、あたしたち家族は仲がいい。
それよかショックだよ。
あたし、自慢じゃないけどモテるんだよ。今年、高校に入って何人に告白されたことか。断るのも楽じゃないよ。
えっ、なんでフったって? それは……だって……。
「ソシャゲは終わるし、義妹は萌えない。これだから三次元はクソなんだ。二十年生きてよーくわかった」
「まだ二十年でしょう。人生これからだよ」
「私に生き地獄を味わえと? それが兄に言うことかああああ!」
「そんなこと言ってない!」
「言ってるも同然だ。生き地獄はSSRでもいらん。もう望むは、異世界転生か転移だけだ」
文字通り、兄さんは崖っぷち。風に煽られるだけでも落ちてしまう。どうしよう……どうしよう!?
「さらばクソ世界! 待ってろ異世界!」
「ダメ――――!!」
兄さんを引き止めようとあたしは走った。
突風が後押しするように吹く。もう止まれない。兄さんの後ろから抱きつくのがやっと。
「離せラーニャ!」
「離さないよ! 金髪翠眼色白ハーフでモテモテな妹を悪く言った兄さんを一人で死なせない!」
そのまま、あたしと兄さんは崖から落ちていく。
ごめんね父さん、母さん。
黒髪黒眼で黒スーツ姿の兄さんと、金髪翠眼色白ハーフのあたしはあの世に旅立ちます。親不孝を許してね。
* * *
次に目を覚ましたとき、あたしは鎖で繋がれていた。死んだはず……なのに。
「何をしてるんだ。さっさと立てよ、ラーニャ」
「えっ?」
あたしに声をかけてきたのは、布を腰に一枚巻いただけの兄さんだった。
「私はやったぞ。異世界転移を叶えた!」
「異世界……転移……!?」
兄さんの容姿は変わっていない。
確かにあたしと兄さんは崖から落ちた。仮に九死に一生を得たとしても平然といられるわけがない。
「なんだかわからないが、私は決勝進出者らしい。とにかく闘技場に出ろと言われた」
「決勝? 闘技場? いったいなんのこと!?」
兄さんが鎖を切ってくれた。手足が自由になる。
あたしの格好も布一枚。正直恥ずかしいけど、そんなことを言っている場合じゃないよね。
案内される兄さんにあたしは付いていく。
通路を抜けた先は、まるでコロッセオみたいな闘技場だった。




