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聖女の決断

「はぁ……はぁ……はぁ」

息は切れ、心臓は止まれ止まれと何度も悲鳴を上げる。

酸素が足りず、体の細胞が窒息し、脳細胞は既に考えることをやめ、停止寸前まで追い詰められる。


だが。

止まるわけにはいかない。

「っく……」

メルヴィルが与えてくれた逃走経路……自らが犠牲となって私を逃がしてくれたのなら、私は彼の為に生き残らなくてはいけない。

そう、だから私は……。


死ぬわけにはいかない……そう心の中で唱える瞬間。

「あ……」


まるで、小さな用事を思い出した少女の様な呟き。

その声は自然に。しかし何が起こったかを明確にマリアとヨハンに伝える。

「……」

続く言葉はなく、そのあとに響く音は少女が地面に倒れ伏す音だった。


「っ!?」

焼き払われたスラム街、四方に散乱する建物の残骸は無防備に倒れる少女を汚すのを楽しむかのように柔肌を切り裂きながら、黒色の煤を付着させる。

まるで、今まで何度も焼き続けてきたゴミの様だ……。

そんな感想をヨハンは抱き、自分の思考を呪う。

「エレノア!」

泣き叫ぶようなマリアの声はスラム街に響き渡り、ヨハンは剣を引き抜き、狙撃主を探し出す。

「っそこかあぁ!」

建物の影、マリアへと狙いを定められた弓矢をヨハンは視認し、放たれたその矢をその右手で甘んじて受けて掴みとる。

「!?」

鮮血は空中に線を描くように飛び散り、ヨハンはそのまま敵へと踏み込む。

「うっらあああああああああああああああああああああああ!」

手の甲に刺さった弓矢を握ることによってへし折り、赤く染まった両手でロングソードを振りかぶり逃げようとするその背を貫く。

「ぐぐっ?」

白銀の鎧の隙間に滑り込まされた兵士は、四肢をなえさせてその場に倒れ、甲冑の隙間と言う隙間から赤いものを垂れ流す。

だが……。

「ああああああああ!死ね!死ね!!死んでしまえ!!」

中身がぐちゃぐちゃになるまで、ヨハンは涙をこぼしながらその体を貫き続ける。

ヨハンの絶叫は、エレノアと兵士の断末魔を代弁するかのようにスラム街に悲しく響き渡る。



そして、その様子を確認することもなく、マリアはエレノアへと駆け寄る。

突き刺さったのは一本の矢。

的確に心臓を射抜かれた其れに、小さな少女は迫りくる死を逃れる術を持たなかった。

「痛い……痛いよ……マリアちゃん」

小さな少女は、自分の心の中をそのまましゃべるかのように、小さくマリアへと助けを求める。

「みんな……みんな死んじゃった……私も……死ぬの?」

「……死なないわ!大丈夫だよエレノア!大丈夫!」

元気づけようとマリアは涙ながらに訴えるが。

「死んだら神様のところに行くの?」

「エレノア!駄目……行っちゃダメ!逝かないで!?」

「マリアちゃん」

弱くなる呼吸、マリアはどうすればいいか分からず、そして、結局何も出来ないまま動かなくなったエレノアが冷たくなるまでその姿を見ていることしかできなかった。


「……嘘……だよね、エレノア」

動かない。

「……ねぇ、起きてよエレノア」

動かない。

「……だって、さっきまで……さっきまであんなに元気だったのに……ねぇ……戻ってきて? ねぇ、御願いだから……戻って来てよ」

エレノアはもう……動かない。


「はぁ……はぁ……はぁ」

「……」

道には二つの死体。

一つは、静かに眠るように息絶えた少女と……原型をとどめていないぐちゃぐちゃになったひき肉。


道に居るのは二つの命。

立ち尽くす聖女と……血まみれの乞食。

「マリア」

そして、血まみれの乞食は、静かに少女の前に座り込む聖女の名前を呼ぶ。

当然のように返事はなく……ヨハンとマリアはしばらく、その場で呆けていた。


そして

「なんで……かな」

「……」

「何でなのかな?」

「……」

「どうして、こうなっちゃったのかな?」

「………………………………………」

「何か悪いことをしたの? メルヴィルが……町の人たちが悪いことをした?」

答えはなく、返事もない。

「なんで……なんでエレノアまで」


このすべては自分の責任だ。

そう自分に言い聞かせるように聖女は己の存在を呪う。

自分など生まれてこなければよかったと。


そんな少女に。

「決断の時だ……マリア」

ヨハンはそう、いつか語った問いの答えを求める。

「……決断」

「そうだ……メルヴィルは、お前を生かすために己を殺すことを決断し、王は民を犠牲にして復讐をすることを決断した……エレノアも、外国に逃げず、お前と共に歩むことを選んだ……そして」

その次の言葉をヨハンは飲み込み、振り返った聖女の瞳を見据える。


出会った時から変わることのない、澄んだ瞳は、マリアに決断を迫る。


「……」

いうなれば、この瞬間こそが彼女にとって初めて己の意志を実現できる瞬間だった。


友への気遣い。 過保護な騎士への遠慮。 父の束縛。

その全てが失われた今……聖女は自分の脚で歩むことを強制される。

「……」

少女は、しばらく沈黙する。


自分の取るべき決断を悩んだ沈黙ではなく……その決断を言葉にするために。

そして。


「……私は」

少女は、決断を下した。


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