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聖女マリア 

戦場は既に、泥沼の様相を呈していた。


ファランクスによる陣形は、多くの命を刈り取り、王国軍の凶弾は反乱軍の命を徐々に、しかし確実に減らしていっていた。


互いに互いの消耗を止める手立てもなく、唯々お互い硬直状態のまま、その身を擦り減らすのみ。

このままいけば両軍共倒れすることは火を見るよりも明らかだった。

しかし。

「いけえええ!殺せ!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!皆殺しだ!」

復讐に駆られた王は、歩みを止めることなくその戦況を嬉々として眺めている。

背後には罪人を吊し上げる磔刑用の十字……。

王は、マリアがここに運ばれてくるまでその場所を動くつもりも、戦争をやめるつもりも毛頭なかった。

「あは……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

狂ったように王は笑い、人々の断末魔を楽しむように拳を振り上げ、悲鳴と輪唱をするかのように軍歌を口ずさむ。

その様子を見て、執政官 神官、そして側近の兵士も理解する。

【……あぁ。この国はもう終わりだ】

という事実を。


金属が金属を叩く音。 何かが砕ける音。 それに混じるように、断末魔、絶叫、怒号……その他もろもろが響き渡る地獄絵図。

その音を止めることは無く、人々は恨みもなければ理由もなく……唯々命令のまま顔も素性も知らぬ相手を打ち滅ぼさんと刃を振るう。

止まることはありえない。

王であろうと、死して踏み荒らされ原型をとどめていない神父がたとえ生きていたとしても、その狂気を止めることは出来ない。

もし、その狂気を収めるものがいるとしたらそれは……。



悪魔か……もしくは神でしかありえないだろう。


奇跡か……はたまた必然か。

立ち込めた甘い香りはいつしかその場にいた人間の狂気を冷めさせ……仮面をかぶった兵士たちも、その武器を相手に振り下ろすのを止めていた。


目前には聖女……光に満ちた少女は、唯々一人、背を向けた戦場へと戻ってくる。


護衛も付けず……その状況に涙を流しながら……。

「!狂ったか!?だが好都合だ!その女を今すぐここに連れてこい!あいつは魔女だ!魔女は火あぶりだ!これはもはや命令である!この国ではこれから!魔女は皆例外なく火あぶりだああ!」


狂乱する命令に、一度静まった兵士たちは呆けていた頭をもとに戻し。

【うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!】

一斉になだれこむように少女へと走る。

先ほどの静寂は唯の偶然だと証明するかのように。


しかし。


「ひれ伏せ……」


その一言は魔力。

絶対的な支配を象徴する……神の声。


小さな響きは波紋となり、その神威は国を覆う。


起きた出来事は単純。

小さな少女の呟きの後、響くのは武器を捨てる兵士たち。

一人の例外もなく、先ほどまで争っていたことも忘れ哀れな人間はこうべを垂れて神に許しを問う。


兵士たちだけではない、高台から高みの見物を決め込んでいた兵士も、マリアを異端と罵り続けた神官たちも、膝をつき、頭を地面に擦るように押し当てて許しを乞うていた。


「な……な……何が起こった!?おい!何が起こったんだ!あの女を!あの女を殺せ!」

その中で叫び声を上げるのは、愚王ただ一人。

彼一人、この神の力に耐えうる力を与えられたのか、はたまた神に見放されたのか……分からないが……静寂に見舞われたその空間の中で、王は一人喚き散らしていた。


と。

「……終わりだ、レオ十一世」

背後から響く声が一つ。


赤く染まった甲冑を身にまとい、片手から赤いものを流し続ける少年が一人、高台へと単身乗り込み、王へと刃を向けている。

「貴様……何者だ!?」

「乞食だ!」

一閃。

刃を走らせ、ヨハンは王に切りかかる。

「っ!?この痴れ者め!不敬であるぞ!」

その一閃を引き抜いた刃で受け止め、王は一喝と共にその刃を押し返す。

「知ったことか糞野郎! てめぇの所為で何人の命がなくなったと思ってやがる!」

それに負けじとヨハンも刃を返し、幾度となくその首をはねんと刃を振るうが、それを王はことごとく打ち返す。

「奴は魔女だ!この聖都に不純なものはいらん!美しい物こそ!この聖都には存在する権利がある!」

「魔女?そんなもんはてめーらが勝手につけた記号じゃね―か!あいつが誰を傷つけた!?あいつが誰を不幸にした!?」

「すべてだ!奴がいなければ、我が父は死なず!この戦争は起こることもなかった!なれば、その存在こそが罪となろう!」

「お前は!ただ生きたいと願う事さえも罪と言うのかあああぁ!」

「当然だ!」


両者は一喝と共に己を振るい立たせ、王は横薙ぎ、ヨハンは刺突により互いの命を奪う。


長く響いた打ち合いの音はせず、響くのは肉の避ける鈍い音。

血飛沫が舞い、王はその頬を削られ。


ヨハンは脇腹を抉り取られる。

「ぐぁ!?」


倒れこむヨハン。 流れる血は止まらず、王は頬から流れる血を拭い、刃を突き立てんとヨハンの前に立ち。


「……はぁ……はぁ、しかし、解せぬ。貴様は何故あの魔女に加担する……」

最後に疑問を投げかける。

「……はぁ……はぁ…………だからだ……」

「んん?聞こえんぞ?」


小さな声に、王はいぶかしげな声を漏らし。


「マリアを守ること……其れが、俺が下した決断だからだぁ!」

ヨハンの一蹴により、王はその刃を取りこぼし、体制を崩す。

「ぬぅ!きさ……」

文句も、叱責も間に合わない。


目前には刃があり……そして、死があった。

「が」


投げられた刃は王の喉を貫き、狂った王はそのまま何も言葉を残すことなく息絶える。

「……はぁ……はぁ……はぁ、終わった」

戦争は終結した。

勝敗は明白。

王国兵は皆平伏し……マリアは、王となったのだ。


「やった……やったよマリア……」

これでもう悩むことも、苦しむことも縛られることもない。

自由に生きることが出来るのだ。

そう思うと、少年の口元は緩まずにはいられない。

彼女の幸せを、祝福せずにはいられないのだ。


だが。


「!?」

磔刑用の十字が、音を立てて燃え上がる。

何が起こったのかは分からない。

だがしかし、使用目的だけはヨハンにも理解はできる。

あれは、マリアを■■すための物……。


「なんで……!?」

戦場を見下ろすと、そこには聖女の姿はない。


不安に心臓が撥ね、傷口は気を使うように痛みを引いていく。

少年は思考が働くよりも早く、刃を投げ捨てて燃え盛る炎の元へと走って行った。

                     ◆


煌々と輝く炎……処刑の様子は全ての人間がその眼に焼き付けることが可能であり、すべての人間を見下ろせる場所にあった。


その眺めはまさに壮観であり、マリアは一瞬、感動という感情を心に宿す。

そこへ。

「マリア!」

赤い色に全身を染めた少年が、息も絶え絶えに現れる。


「ヨハン……」

少年の表情はとても悲しく……どこか怒っているようだ。

「何してんだよ……お前」

「……見ての通り、全てを終わらせるのよ」

「もう戦争は終わった!俺達の勝ちだ!お前はもう自由に生きていいんだよ!?」

ヨハンの言葉に、マリアは一度首を横に振る。

「違うわ……たとえこれが終わったとしても、私の匂いに当てられた人はもう元には戻らない……たとえほかの土地に移っても、おなじことを繰り返すだけ」

「っ!ふざけんな!そうしてお前一人だけ犠牲になって終わらせる気か!?何も残さず!幸せを知ることもなく!?」

「……いいえ、私は幸せを知ったし、きちんとこの世に私が生きた証を残したわ」

「何を……」

「私が死ねば、この戦争は終わる……ならば、私の命を使って、残った人たちの命を救う……これが私の覚悟」

「!?」

其れは誰が言ったセリフだっただろう……。

「さようなら」

ヨハンが呆けた瞬間、マリアは一人炎の中へと入っていく。


苦しむこともなく、まるで、天に帰る神の様に自然に……死にゆく姿までも美しく。


「ふ……ざけんじゃねぇ!」


其れを食い止めるため、血に濡れた少年は炎の中へと飛び込む。

猛火が彼を引きはがそうと肉を焼き、熱によって意識を無理矢理引きはがそうとしても

ヨハンはひたすらに炎の中へと手を伸ばし、少女を生かそうとした。


……だが、結局……その手が少女に届くことはなかった。

少女は死に……少年はその身を焼かれ……。

少女が灰になるのを見計らったかのように、頭を垂れていた人々は、時が歩みを再開したかのように……自然と頭を上げたのであった。

                      ◆


燃える劫火の中、少年の声を聴きながら、私は命の消える感覚に身をゆだねる。

走馬灯が私の中を駆け抜け、思い出に浸りながら、私は良い人生だったと胸を張る。


しかし、その思い出を見返して、一つだけ疑問がよぎる。


私が持った呪いは……なぜ私には効かなかったのだろうか?


そう思うと疑問が残り、身を焼く炎の中、私は頭を抱える。

と。

「簡単よ、あなたはヨハンと同じ匂いってものが分からないの」

私の声が響く。

「……貴方は?」

「私は貴方、貴方は私……私は貴方の本当の心……貴方に嗅覚があれば、具現化するはずだった人格」

……つまり、私の本音と言う奴らしい。

「……私に何の用?」

「文字通り、本音を言いにきたの」

「?」

「あなたがなぜ、ここに来たのか?それは、みんなの為なんかじゃない」

「え?」

「あなたは、唯の道化……人に使われ、人に全てを奪われた……だから、そんな人々を救う気なんてさらさらない……」

「じゃあ、なんでこんな結末を選んだの?私は」

「……気づいてるでしょ? あなたが、絶対に守りたかったもの……ずっとそばに居たいと望み、しかし、自分の所為で運命を壊してしまった一人の少年がいることを」


……答えは一つで、とても単純だった。

結局、私の守りたいものは、関係ない他人なんかではなく、大好きな彼だったのだ。


あぁ……まったくなんてバカなんだろう。

こうなることなら、好きの一つくらい言っておけばよかった。


「そうなんだ……うん、最後に本音が聞けて良かったわ」

「そうね、じゃあ」


『行きましょう』


同じ格好同じ容姿をした少女は、互いに互いの首を絞め、己の手で物語に終止符を打つ。


結局、己が神だったのか悪魔だったのか……その答えを出さないまま。


             満足げに……消えて行った。

                    ◆

六十年後。


「おい、爺さん、そんなところに座ってっとあぶねーぞ」

「……」

老人に向かい、少年はそう語りかける。

老人が座るそこは、古びた教会の階段。

朽ち果てたその場所は今にも倒れそうであり、しかし老人は頑として動かない。

「……耳が聞こえねーのか?」

少しばかり乱暴な声。 その声に反応したのか、老人は少しだけ顔を上げる。

「……ほほほ……昔の儂にそっくりじゃ」

しゃがれた声に弱々しい口の動き……今にも消えそうなともしびの老人。

そして、それに追い打ちをかけるように、その瞳には光が無い。

「……ったく、聞こえてんじゃね―か。ったくまあいい、目が見えねーから分からねーだろうけどよ、あんたが座ってるところ、今にも崩れそうな教会の下だから、安全な場所に移動しよう……な?」

「おぉ……そうだったか……すまんなぁ」

老人は少年に手を取ってもらい、案内されるままに公園のベンチへと座る。

日差しの刺すこの町は、明るい色に包まれており、噴水広場には少女の姿が掘られた彫刻が置いてあり、この町の名物となっている。

通称、聖母の噴水。

絶好の縁結びスポットであり、この場所で告白をすると恋が成就するという噂を聞きつけ、外国から訪れる人も多いほどだ。

余談だが、現在の勝率は八十勝一敗二引き分け……そのうち敗北したのは王族の直系であり、引き分けた人間は片方が神父だったという。


そんな公園のベンチに座り、老人は少年に礼をいう。

「気にすんなって、大したことしたわけじゃねーし。聞きたいことあったしな」

「……聞きたいこと?」

老人はいぶかしげに首を傾げると、少年は目を輝かせて老人に問う。

「あんた、吟遊詩人のヨハンだろ?」

久しぶりに聞いた……とでもいうような顔をして老人は驚き、しばらくの沈黙の後、アァとだけ頷く。

「やっぱり! あの放浪者ヨハンだ!!この町の憧れだよ!まさかこんな汚い爺さんになってるとは思わなかったけど」

「……」

どうやら悪気はないらしい。

「なぁなぁ、あんたの詩を聞きたいんだ!聞かせてくれないか?」

少年は無邪気に笑いながら、吟遊詩人に詩をねだる。

当然、老人はそんな少年の言葉に抗うこともせず、慣れた詩を手に持ったハープと一緒に奏で始める。

マリアという……少女の話を。

                                   ~Fin~


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