パート25〜27(ラスト)
25
気がついたら、船の上にいた。
小さな、本当に小さな船の上。
「おや、意思があるのかい?」
俺は、非常にだるい気分の中、どうにか返事だけでもしようとした。
「おー」
何とも中途半端な返事になってしまった。
「へぇー。珍しいこともあるもんだな」
ぎぃーこ、ぎぃーこと船を漕ぐ音だけが聞こえる。
俺は、少しずつ意識を取り戻そうと思って、体を動かしてみることにした。
尻尾の感覚がある……ま、当然か。俺は猫だし。
「ところで、意思のある君。人間なのかい?」
何だって!?
俺は慌てて目を覚ました。まだ体は思うように動かせないが、俺は声のした方をどうにか向いた。
「あんた、俺が人間だって分かるのか!?」
「っていうか、到底まともな人間には見えないがなぁ」
ん、どういう事だ?
俺は、体を少しずつ体の各所を動かしてみた。
尻尾、右足、左足、右手、左手、そして……指が、五本。人間のように動いた。
「どうなってるんだ……?」
体をどうにか起こして、体を見た。
「な、なんじゃこりゃ!!」
「気がついてないなら言うが、耳も猫だぜ」
「え、あ、本当だ!! 俺、猫耳&猫尻尾ボーイになってる!!」
なんてこったい。某電化製品の町に行けば、すっかり溶け込んでしまいそうな格好になってる!
しかも、
「うわ、これ本物だ!! 引っ張ると痛い!!」
カチューシャいらずで猫耳ボーイになってしまった!?
「だから聞いたんだ。お前は人間なのかって」
俺は慌てて後ろを見た。そこにいたのは、
「わあッ!?」
闇のように黒いローブに身を包んだ、黒い皮膚と羊の角を持つ青年が船を漕いでいた。しかも、周囲にはさまざまな動物たちが半透明で……って、俺も半透明だ!!
「失礼な。わざわざ人の姿をしてやっているのに、その態度はあんまりだ」
「どっどっ、何処!?ここは何処ー!?」
「何処って、黄泉の川」
「ぎゃー!!」
俺はあの後結局死んでしまったのかー!!
よく見ると船は黒いし、周囲の魂たちは目が虚ろだし、川のくせに異常に深い水は紫だし!?
「戻してっ!!俺を元の世界にもどしてー!!」
「何馬鹿言ってんだ。前回爽快に格好良く辞世の言葉残してたじゃねーか」
まさにその通りですが。
でも、前回とか言わないでください。
「意思の残ってる魂って事は、きっとそれなりに楽しく過ごせるぜ?」
「何処で?」
「黄泉の島で」
「何して?」
「そうだなぁ。首吊り自殺の再現してみたり、魔女狩り時代の拷問受けてみたり、暇になったら俺の代わりに船漕いでみるとか?」
「いやだーっ!!元の場所にもーどーせー!!」
「我侭言うなって」
俺は叫んだが結局、船から落ちたくないから叫ぶだけになった。
悪魔も、どうやらそれを楽しんでいる様子。
「戻して、俺を、元の場所にー!!」
「駄目だって」
『そこを何とか頼む、運び屋』
「わ、グリム!?」
グリムが黄泉の川を犬掻きで泳いでこちらに向かっている!?
つーか何でこいつが!?
俺を無視するようにして、グリムは話を続けた。
『彼の者は、命を張って罪人から善人を守る事で遺跡に認められた。故に、我はそれが人に戻るのを見届けねばならない』
えっと、それって、いい事したから人間に戻すために生き返らせろって事?
そんな無茶な交渉……
「仕方がないですね」
「通じた!!」
不幸中の幸い、どうにか生き返れそうだす?
『ほら、早く行くぞ』
「え?」
『早くしないと満月が沈むぞ?』
「えっ!?」
もうそんな時間!?
やばいやばい、早く帰らないと。
「って、どうやって帰れと!?」
『捕まれ!!』
俺は、急いでグリムの首に腕を回した。するとグリムは船から飛び降り、馬鹿みたいな速度で川を逆そうし始めた。
犬掻きで。
『手を離すなよ!!』
「離したらどうなるの!?」
「発狂する」
何があってもあなたを離しませんよ!!
すると、思い雲に覆われている空の中で唯一違う点。白く輝く空が覗ける、天使の柱が伸びている場所があった。
「あそこに行くの!?」
『肯定だ。あれを上り、現世に戻る!!』
グリムは、すごい速度で光の当たっている所まで辿り着いた。
すると、信じられないことが起こった。
「浮かんでる、浮かんでるけど……腰を引っ張られてる感じ!?」
はっきり言って、やな感じ。
はじめはゆっくり、次第にびゅーん、とばかりに腰を何かに引っ張られる。
次第に雲の間に近づくに連れて、眩しくて目が開けられなくなった。
『蘇りたければ、決して離すな!!』
「っていうか、何であなたは浮かばないんですか!?結構重いですよ!?」
もう、目はきつく閉じていた。そして少しずつ、グリムの重さの感覚がなくなっていった。
ん、何か聞こえる……?
『明日のイギリス北部の天気は、壮絶な吹雪でしょう』
やめてよ、そういうの。
26
だるい。
体がひたすら重い。
目を開くのも気だるく、声も
「うー」
しか出す気が無い。
そういえば、気のせいかゆらゆら揺れている気もする。
……果たして、さっきまでのあれは、夢だったのだろうか。
思えば、突拍子も無い話である。悪魔に魂を運ばれて、危うく死ぬ所だった……っていうか、あれが正しいのなら俺は一度死んだのか。
だが兎も角今は、生きているらしい。
包帯が体を締め付ける感覚が、痛いぐらいに(若干痛い)感じれる。
あー、生きてるって、こういう事なんだな。
…。
……あ。そういえば、何か聞こえる。
今まで雑音にしか聞こえなかったけど、何だろう。
「早くしろ!!」
「月が山の陰に隠れるまで、後何分だ!?」
『五分を切った。足を休めるな!!』
「トーマスさん、先輩の服持って来ました!!」
「よし、ついてこい!!」
……はい?
な、何か事情が読み込めませんが?
俺は気だるい気分を根性でどうにかして、やっとの事で目を開いた。
そこにあったのは、
「冬樹!!」
「冬樹君!!」
「先輩!!」
『止るな!!』
総勢フルキャスト!?
気がつかないうちに物語は順調に進行していた様子。ユキを右肩に乗せ、俺を抱えるようにして走っている、赤毛の初老の紳士はやっぱり……?
「済まないが、先に元に戻らせてもらったぞ!!」
「トーマスさん(にゃー)!!」
意外とナイスミドルだ!?
簡単にシャツとコートだけを羽織っているらしいトーマスさんは、息も荒く俺を運んでいた。
その右斜め後方。その方向からは、
「全く。先輩も、猫になったのなら何でそう言ってくれないんですか!?」
「言えるか阿呆!! つーか言ったぞ!?(にゃにゃーん)」
どこかピントのずれた文句を叫ぶ香織。
逆に、左後ろ後方には、
『大丈夫だ。怪我は、元の姿に戻れば、たちどころに消える』
「グリム!!」
罪人を裁く者、グリムが並んで走っていた。
少し周囲を見渡す。
建物の影は気がつけば消え、満天の星空と、沈みかけている満月の姿があった。
それと、今にも倒れそうなトーマス氏の顔。
「ヒュー、ヒュー、ヒュー」
「ト、トーマスさん。私が運びます!!」
気がついたら虫の息のトーマスさん。返事も無く、香織に俺を突き出した。
「行きますよ!!」
「おう(にゃー)!!」
香織は俺を掴むと、雪の足場に負けずに走った。
そして走りながら、香織は俺に話し掛けてきた。
「先輩!!」
「ん、何だ?(ニャ?)」
「お風呂の件、後でじっくり話し合いましょうね!!」
「……」
そう来たか。
と、下から失笑が聞こえた。
「ユキ〜」
「自業自得だな」
「う〜」
今始めて、元に戻りたくないって思いました。
とか何とかやってるうちに、遺跡が見えてきた。
『台座に寝かせろ!!』
「はい!!」
香織にもグリムの声が聞こえたのか。
『今だけ特別に聞こえるようにしただけにすぎない』
「何で俺が心の中で思ってる事に、さも当然の如く返事できるんですか!?」
とか何とかやってるうちに、俺は香織の手によって台座に寝かされた。
「結局、最後の最後までドタバタしてたな」
と俺がぼやくと、六本の柱が薄く発光し始めた。
『我は裁者。我はこの者の罪を認めた。遺跡よ、この者の姿を元に戻せ……』
グリムが呟く。
すると柱の間に青い光の幕が生まれ、外と台座を隔離した。俺の体は紋章が光る台座の上に浮かび、そしてあの感覚が再び俺を包んだ。
気持ちいいような、悪いような、痛いような、そうでもないような。そういう感覚。
と、突然外から声が聞こえた。
「冬樹!!」
……ユキ?
「これでお別れだな!! たっ、楽しかったぞ!!」
返事をしなければと思い、俺は宙に浮かんだまま返事をした。
「俺こそ、楽しかった!! ユキには、感謝してる!!」
「わっ、私もだ!!」
気のせいか、ユキの言葉にはいつもの威厳が無い。そう、
「これが最後の言葉になると思う!! 聞け!!」
それはまるで、
「私は……私は!!」
別れを惜しむ、一人の女性のようだった。
「お前を……」
遺跡の出す音が徐々に大きくなり、ユキの声がどんどんかすれていく。
「これか…も…絶…に忘れ…い!!」
最後の言葉を聞き逃したくない。
その一心で、俺は耳を済ませた。
耳と聴覚に意識を集中する。
俺の耳が、聴覚が元に戻るまで…!!
「冬…、私は……を…」
まだ、まだ戻らないでくれ!!
意に反して、体は徐々に元に戻ってゆき、神秘的な音は大きくなる。
「ユキーッ!!」
そして、
「…ず………また……」
光が、弾けた。
27
「久しぶりだね、高橋。
私はあの町で、間違いなく私が捜し求めていたものを見つけたと思っているよ。
私は、魔法で猫になっていたんだ。私は、この身で、魔法というものを体験できたのだよ。
まあ、冬樹君を見れば一目瞭然だと思うがね。
私も猫になっていたんだ。本当ですよ?
所で、冬樹君は元気ですか?
私は彼の身が心配でなりません。
何しろ、あんな事になってしまったのですから。
私も、まさかあんな事になるとは予想もしていませんでした。
まぁ、お陰で私の猫の娘は大喜びですがね。
香織ちゃんも、元気かな?
冬樹君が人間に戻るなり猛ダッシュで逃げて以来、結局ほとんど見てなかったからね。
まぁ、憧れの先輩がいきなり目の前で全裸だったら、逃げたくもなるのだろうがね。
そういえば、高橋教授と私で提案していた『占いとは魔法である』という説が、本当である可能性が出てきたんだ。冬樹君から聞いたかもしれないが、猫になる時、占いの道具やお守りが壊れるという事が発生したからね。これで、研究がまた一歩前進するわけだ。
今度の夏休みにでも、日本に、研究の方針を決めるためと、二人の事を見に行くよ。
ああ、今から楽しみだよ。でも、それまでは今回の事件で得た情報をまとめないとね。大学の方も色々溜まってるし。
それでは、また夏休みに会いましょう。
貴方の永遠の友人、トーマス・スターライト。(訳・香織)
追記:次の満月の日に、ユキを台の上に乗せてみるよ。成功したら連絡する。」
高橋教授から借りた手紙(を和訳した紙)を読み終わった俺は、隣に座っている香織に紙を返した。
そして、俺はため息をつきながら帽子の位置を直した。
「…なんだかなー」
「どうしたんですか?」
ここは、大学のキャンバス内にある丘の上にあるテーブル。
長椅子二つに挟まれる形になっているこのテーブルの片方に、俺と香織は座っていた。
期末試験もどうにか無事完了し、明日からは休みだ。
俺は、どうにも調子の悪い帽子をいじりつつ香織に返事をした。
「結構慣れないもんだ、これ」
ちなみにこの帽子は、香織から返されたものだ。
自分のものとは違う香りがちょっとするのが、何となくドキドキする。
そんな帽子をいじっていると、香織は何かを思いついたようににやっと笑った。
「……何だよ」
「別に、何でもありません」
そう言って、俺との間を一気に詰めた。
俺は一気にドキドキした。やはり、慣れない。帽子もそうだが、香織も。
「先輩……」
ふと、静かに目を閉じて香織の顔が急接近!?
「え、あ、ちょっと香織!?」
そう。
風呂事件の責任として、俺は今、こいつと付き合っている事になっている。
ま、まぁ、恋人同士になったらキ、キスぐらいは普通なんだろうけど……。
「先輩、責任とってくれるんじゃないんですか?」
悪戯っぽく下から覗き込んでくる香織。
俺は、
「だ、だって俺、まだそういうのは早いんじゃないかって思うな?」
断然弱気。
はい、ヘタレです。どうせ俺はヘタレですよ。
っていうか、香織って結構積極的だ!!
そうしている間にも、俺と香織の間の空間は徐々に縮まって……。
「えーい」
すぽーん!!
爽快に帽子を取られた。
「な、なー!!」
俺の頭と耳が、外気に晒される。
何故か色が元に戻らず、銀色のままの髪の毛。
そして、頭にぴょこぴょこ生えた猫の耳。
ただの耳じゃない。猫の言葉を理解する事の出来る耳なのだ。
あの時、必死に聞こうとしていたせいか、満月が変身中に欠けてしまったせいなのかは分からないが、とりあえず俺はあれから猫耳ボーイになってしまった。
尻尾が無くて良かったと、最近は諦めている。
で、そういうのは問答無用で目立つから、普段は帽子を授業中も深く被っていたのだ。ちなみに、全先生公認。
俺は慌てて香織から帽子を取り返そうとする。
「可愛いじゃないですか〜」
「でも嫌なの!!」
「何でですか?」
「絶対に目立つから!!」
当然だ。
そして、香織が帽子を上に上げた時
「よっ!!」
やっと帽子を掴んだ。
が、罠は二重だった。
気がつくと香織の顔が目の前にあった。
「先輩……」
……なんだか、最初から最後まで香りに振り回されっぱなしの気が……。
でもま、それでもいいや。
倒れた俺の鞄の外ポケットから滑り落ちた、カードの山。
それは、先日購入しなおしたタロットカードだった。
落ちた衝撃で、箱からカードが一枚飛び出した。
そのカードは、『世界』。
意味は、ハッピーエンド。