パート22〜24
22
宿屋『猫の肉球』の前では、十数名の警官が強化プラスチックの縦を構えて円陣を組んでいた。
状況は変わっていないらしい。
「さて、どうするんだ?」
「どうしようか」
「……おい」
『猫の肉球』の目の前の建物の屋根の上。そこに、雪に同化するようにして座っている俺とユキ。
足の裏がちょっとちべたい。
「問題は、決定力なんだよ。見た感じ、室内に入るのは簡単なんだ。隣の建物からベランダ沿いに移動すればいいだけだからさ。だけど猫である以上、人間に決定打を与えるのが難しいんだよ。しかも、今回は一撃必殺じゃないと駄目だからもっと大変。どうするかな……」
それに、猫になったとはいえ生物だから、銃で撃たれたらひとたまりも無い。
興奮した犯人が香織を撃ったら、全く意味が無くなる。
これは……。
「困難だな」
ユキが呟いたのに対して、俺はそっと頷いた。
「さて、どうしたものか……」
いやはや。
参ったな。
こりゃ。
さて。
どうしよ。
んー……。
……。
「足の裏がちべたい……」
「おい。やる気あるのか?」
「あるけどさあ、さっぱり解決策が思い浮かばないんだよ。大きなツララでもあれば顔を出させればいいけどそれも無いし、部屋の中には鈍器はおろかシャンデリアも無いし……」
「……そうか」
いや、参った。
部屋の中にあった物を振り返ってみる。
普通の電球。ベッドが二つに、引き出しが二つある小さな戸棚が一つに、大きなクローゼットが二つ。二度目に行った時に、俺の荷物は右のベッドの上に置いてあった。中には、猫に扱える凶器は無い。
俺は、遠くに見える窓からじっと室内を見た。
室内に動きは無い。左側のクローゼットに背中を預けるようにして、銃口を右に向けている。
そっちに、香織がいるのだろう。
クローゼットを倒せれば……いや、流石にそんな事をしようとしたら気がつくだろう。
それに、クローゼットの中にはそんなに中身が無いはずである。香織を逃がす事の出来る時間があるかどうか……。
「犯人に動きは?」
「まだありません。依然、人質をとって立て篭もっています」
ふと、屋根の下辺りから声が聞こえてきた。
この下に警察、いたのか……。
「狙撃班か何かがいれば良かったのにな」
「こんな田舎にそんなのいませんよ」
いないのかよ。
「で、犯人の武装はどうなっている?」
「中国製の安い銃が一つだけらしいです」
「ちっ。アジアンめ、迷惑ばかりかけやがって」
おいコラてめえ。
……ん?
何か閃いたぞ?
「なぁユキ。一つ聞いてもいいか?」
「ん?」
そして俺は、一言二言ばかり言葉を交わした。
ユキも、どうやら俺の考えを理解してくれたらしい。
「逆転の発想だな」
「まぁね」
「よし、それでいこう。さっさと準備だ」
さて、ここで問題です。
俺はこれからどうするでしょう?
正解は、次回をお楽しみに♪
23
犯人は、素直に驚いた。
交渉用にわずかに開いていた窓から、白猫が入ってきたからだ。
まあ、要するに俺が窓から堂々と入ったって訳だ。ついでだから、
「にゃーん」
なんて鳴いてみる。
「……フブキ?」
香織は、コート姿で部屋の窓のすぐ右側にいた。何だ、そんな所にいたのか。
怖がっているようだから、とりあえず声をかけておいた。
「大丈夫だ(にゃーん)」
そうなんだよまだ猫なんだよ言葉は通じないんだよ。
でも、言っておいた。気分の問題だ。
俺はトコトコ歩いた。犯人は、俺のことを凝視している。
やはり、猫には大事な銃弾を使わないか。
いざという時に使えないと困るからね〜。
俺は、歩きながらほくそえんだ。
本当は、今がその『いざという時』なんだけどな?
ポテポテ歩いて、俺は小さな戸棚の上に飛び乗った。
そして犯人に一言。
「にゃーん」
ええ、どうせ猫ですから伝わりませんとも。
だから、尻尾で上の引き出しをぽんぽん叩いた。
「……何だ?」
犯人が動いた。
引き出しに向かって少しずつ歩く。
俺はただ台の上に乗って、
「にゃーん」
と鳴くだけだった。
たまに
「ごろごろにゃー」
とも言ってみる。
ちなみに、香織は違う意味の恐怖を感じているようで、表情がさっきよりヤバイ状態だった。
犯人が引き出しを引ける距離まで近づいてきた。
俺はそっと後ろに下がって、引き出しを開けやすいようにした。
男がいぶかしげに引き出しに銃を持っていない左手を伸ばす。そして、引き出しを引こうとした。
が。
「ん、何だ?」
ガタガタガタ。
アンティークの戸棚なのか、この戸棚は異常に調子が悪い。
俺が人間の時に一度開けたが、その時は両手を使わなければ開けなかった。
犯人はそれに気がついたのか、香織に意識を集中しながら銃を俺の前に置き、両手で戸棚をガタガタさせながらぐいっと引いて、中身を見た。
計画通りに。
犯人が中身を見た、まさにその瞬間。
「今だ(ニャアー)!!」
突然後ろでユキが叫んだ。
「な!?」
犯人が驚いて後ろを振り返る。その隙を見逃さず、俺は銃を戸棚の上から叩き落した。
男は、俺が銃を落としたことにすら気がついていない。
神経が参っていて、自分の視界にしか集中できないようだ。
銃は、自由落下して床まで一気に接近した。が、最高のタイミングで「影」が窓の反対側から現れてそれをしっかりキャッチ。全力でそれを運び始めた。
「行け(ニャア)!!」
ユキが叫ぶ。
犯人はようやく気がついたようで、慌てて俺のほうを振り向く。
そう。倒すのが無理なら、『無力化すればいい』。
影が、馬鹿みたいな筋力と瞬発力で窓まで銃を器用に運んでいく。
「Shit!!」
英語で舌を打った犯人は、慌てて影を追いかけ始めた。
だが、所詮相手は猫。知らず知らずのうちに手加減をしているせいで、追いつかない。
そして、『影』がとうとう窓の外に辿り着いた。
「地獄に落ちな、ベイビー」
あんた元人間だろ絶対!!
そんなセリフを猫語で喋り、影は銃を下に落とした。
勝負、あり。
24
「○ァッキンキャッツ!!」
犯人は汚い罵声を影に浴びせた。ってか、キャッツだから俺とユキもか。
「銃が落ちてきました!!」
「今だ!全員突撃ッ!!」
下から、警官たちの声が聞こえた。
香織はどこか呆然としているが、どことなく安心したようだ。
作戦成功を確信した俺は、うろたえる犯人を見てこう言った。
「チェック・メイトだ(ウニャニャ、ニャー)」
ありきたりな上、猫だから絶対に通じていないと知ってても、何となく言いたかったから言った。
うーん、決まった。
「まだだ、まだチャンスはある!!」
犯人が、いきなり後ろのポケットから包丁を取り出した。
やばい!!
位置関係では、犯人を真ん中として俺と香織は一直線。香織に犯人が向かったら、何もできない!!
「させるか(シャーッ)!!」
影が素早い動きで犯人に飛びかかった。だが、
「邪魔だ!!」
「がっ(にゃっ)!!」
犯人が振り回した腕が影に命中。体重差と、何より威力の違いで影は簡単に吹っ飛んだ。
俺は、気がついたら走っていた。犯人の右を抜け、香織の元へ。
「どけ!!」
犯人が俺を蹴飛ばそうとするが、俺は慌てて飛びのく。
そのせいで、香織との間が一瞬とはいえ広がってしまった。
犯人は急いで香織の元に行こうとする。
が、今度はユキが立ちはだかった。
「どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって!!」
「それが貴様の人徳という奴だろう」
ユキは、威厳たっぷりにそう言った。
いや、聞こえてないと思うぞ?
とか何とか思っているうちに、ユキは犯人の肩に飛び乗った。犯人は邪魔だとばかりに腕を振るうが、ユキは紙一重でそれをかわす。
「このお!!」
「わっ!」
犯人は突然体を大きく振った。
ユキが慌てて飛びのく。そして着地する直前。
「死ねぇ!!」
「ッ!?」
犯人は包丁をユキに向けて付いた。
死を呼ぶ刃は、着地した瞬間のユキ目がけて一直線に進む。
そこからはあまり細かく覚えていない。
気がついたら、俺はユキの前に立っていた。
あー、きっと痛いだろーな。
ユキは、深刻そうな顔で叫んだ。
「フブキーッ!!」
ざしゅ。
俺に刺さった刃は、引き抜かれることはなかった。
なぜなら、次の瞬間
「Freeze!」
警官たちが部屋の中になだれ込んだからだ。
銃を向けられた犯人は、俺を刺した包丁から手を離し、両手を上に挙げた。
事件はこれでひとまず終結した訳、か。
香織、ユキ……無事そうで何よりだよ。
……何言ってるのか聞こえないや。やけにゆっくりだし。
あれ、左後ろ足の裏が冷たい……あ、これ俺の血か。
参ったな、こりゃ。
人間に戻るより、まず生きて帰れるのかな?
……でも、二人とも無事で良かった。
だからほらユキ、そんな深刻な顔するなよ。被害が猫一匹って、ずいぶん軽いと思うぞ?
しかし、本当に、よかっ……
「冬樹―ッ!!」




