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パート19〜21

19

 目を覚ますと、ユキが近くで寝ていた。

 俺は眠気も吹っ飛ぶほど驚いて、ああと思い直した。

 よく考えたらここはユキのベッドなんだから、ユキが寝ててもおかしくは無いんだよな。

 俺は床に飛び降りてから、体全体を伸ばすように大きく伸びをした。ちょっと尻尾が痛い。怪我は治りきってないみたいだ。

 外はうっすらと明るい。

 さて、今日は何をしようか。人間に戻る方法は分かったし、よく考えたら他にすることないし。

 そう思って、苦笑した。

 こういう話って、大抵はこんなに暇な時間無いよなあ。限界ギリギリの時間に遺跡に到着して、グリムとの戦闘に辛くも勝利。そして無事変身完了とか何とか。

 ま、こっちの方がいいけどさ。現実なんてこんなもんか。

 そう思いながら、ストーブの近くに行った。旧式でどうやら灯油を使っているらしいが、猫のためにわざわざ設置するとは何てお金もちなんだ。

 でも、とりあえず家の主人に感謝しつつストーブの前に行った。暖気が細いヒゲを揺らす。

 あー、猫も捨てたもんじゃねぇな。

 と、下から足音が聞こえてきた。

 とたとたとたとた。

 子供だろうか。足音は軽く、どこか駆けている様な感じがする。

 足音は階段を登り、扉を開けた。

 扉の上に片足を乗せていた俺は慌てて移動し、扉を開けた奴は誰なのかを見た。扉を右手で上に押し上げながら左手にミルクの入ったお皿を持っていたのは、まだまだ小さな金髪のおガキ様・オスだった。

 坊主は俺を見て、にこやかに笑いながらミルクの皿を差し出した。

「ほらホーリー、ごはんだよ」

 ホーリー?……この家の中でのユキの名前か?

 ……白だから?

 少年はミルク皿を俺の目の前に置くと、そのままじっと俺を見ていた。

 食えって事なのか?

 人間のときにはあまり意識しないが、こうやって見られていると思うと妙に意識してしまう。

 の、飲みにくい……。と、次の瞬間だった。

「クリス、こっち来て!!」

 下の階から母と思われる女性の叫び声が聞こえた。

 その声の調子に驚いたのか、クリスと呼ばれた坊主は急いで下に降りていった。何となく俺も興味も覚えて、ついていく事にした。

 階段を下りて右に曲がって廊下をまっすぐ。螺旋状の階段を下りて玄関についてそれから左に曲がって辿り着いたそこは、リビングだった。

 坊主が部屋に来て「ママ、何?」と言うと、大柄な女性はいきなり坊主に抱きついた。

「おお、クリス」

 ぎゅー!!

「く、苦しいよ。一体何があったの?」

 ちなみに、ここまでの会話は全て英語である。猫になった事で英語での会話も全て認識できるようになっているみたいだ。便利だな。

 クリスのママは、テレビ画面を見ながら言った。

「ほら見てよこれ」

 猫になっているので読めませんッ!!

 ……あれ?あの宿屋って、『猫の肉球』だよな?

「ママ、何て書いてあるの?」

 ナイスおガキ様!!

 クリスママは深刻な顔をしてこう言った。


「凶悪な殺人犯がこの町にやってきて、あのホテルで日本人の……カオリ?とにかく、人質を取って立てこもっているらしいのよ。怖いわね」


20

 うそだ。

 うそだうそだうそだ。

 そんな事はあるはずがない。

 だが。

 テレビ画面に写っているのは、間違いなく宿屋『猫の肉球』だった。


 俺は気がつくと全力で階段を駆け上っていた。

 うそだ、だって、俺はようやく人間に戻る方法を見つけたのに!!

 もう少しで、もう少しで何の問題もなく人間になれたのに!!

 うそだ、うそだ!!

 何でこんな事にッ!?

 何故だ―――ッ!?

「騒々しいな、目覚ましにしては少々うるさいぞ」

 俺はいつしか声に出していたらしい。ユキに突っこまれた。ごめんなさい

 俺は屋根裏部屋に到着する頃には息が大分上がっていた。猫って不便だな。

 ユキはベッドの上で無防備にごろりとなりながら、顔だけを俺に向けていた。

「……何があった?」

 俺は急いで(というか焦って)ユキに説明をした。ユキは何度か頷くと、「おい、影」と呼んだ。

 影?

「此処に」

「おわぁ!!いつの間に俺の後ろに!?」

 影と呼ばれた猫は、いつの間にか俺の後ろに立っていた。毛の色は漆黒で、まるで部屋の影の一部みたいな感じがした。

 そんな彼(彼女?)にユキは命令した。

「影、話は聞いたな。『猫の肉球』に行き、状況を分析して私に報告しろ」

「御意」

「わ、って早!!かなり俊敏かつ高速な動きで俺の後ろに立ったり旋風を巻き起こしながら窓の外に消えていったりした今の方は何!?」

「私に仕える『影』だ。父は忍者と呼んでいたか」

「猫忍者!?」

 とんでもねぇ。

「な、何故そんなものが?」

「メスで下を従えるのは危険だからな。『影』がいる限り、オスどもは基本的に寄って来ない」

 防犯対策?

「は、はぁ」

 俺は何となく頷きながらふと思った。

 って事は、あの『影』はかなりの戦闘能力を持っているのかな。

「そういえば、その、『影』っていうのは何人いるんだ?」

「今の所はあいつ1人だ。四年前から私に仕えている」

「ふーん」

 さいで。

 猫の社会も、簡単じゃないな。

「戻りました」

「うわ、早ッ!!っていうか何で俺の後ろにいるのかな?」

「ユキ様に不埒な振る舞いをさせないためだ」

 俺も監視対象なんだ。

「影、どうなっていた?」

 俺を睨む目を解除して頭を垂れた『影』は、淡々と状況を述べた。

「宿屋の二階の一番奥の部屋で、異常に殺気立った人間の男が人間の女にパストル(ピストルの事。純粋に言い間違い)を向けていました。窓の外から見ただけなので室内の詳細は分かりません。窓は一つだけかすかに開いており、男はそこから店の前のパリス(ポリスの事。これも言い間違い)陣に要求を述べている様子。店の前には人間のパリス(略)が円形に陣を張っており、しきりにトランサーバー(トランシーバーの事。やはり言い間違い)で連絡を取り合っていました。野次馬やマサコミ(マスコミの事。わざとでは無いようだ)は、大通りに張られた黄色いタープ(テープ)の外にいました。以上です」

 なんとまあ。


21


「なるほど……」

 思ったより状況は緊迫しているらしい。とはいえ、何となく予想の範疇だったのはこれが現実だから?

 ユキは報告を聞き終わると、ゆっくり頷いてから影に「ご苦労だった。下がっていいぞ」と言った。

「はっ!!」

 威勢良く返事したと思ったら、影は気がついたら消えていた。

 はー、まさかイギリスの地で猫になってから本物の忍者に合うなんてな。

 俺がちょっと呆然としていると、ユキは呟くように言った。

「……行くのか?」

 俺の気持ちは、勿論YESだった。だから、俺はユキに「行く」と言って頷いた。

 前回通ったルートは覚えてる。全力で走れば、数分でつくだろう。

 俺の頭の中はその時、どうやって香織を助けるか。それだけだった。

 だから、気がつかなかった。ユキが表情を少しだけ曇らせた事を。

「…行って、どうするんだ?」

「……分からない。でも、何かしなきゃ香織が撃たれるかもしれない」

「しかし、思い出せフブキ。お前は今、猫なんだ。人間じゃない。そんなお前が、何が出来る?」

「それを今考えてるんだ。……そうだなぁ、窓がかすかに開いてるって言ってたよね。そこから入るのがやっぱりミソになるんだろうけど、どう思う?」

 問いかけてみたが、ユキは無言だった。

 思わず、「……ユキ?」と訊ねてみた。すると、ユキはそっと呟いた。

「そんなに、香織という人間は、お前にとって大事な存在なのか……?」


 ……えっ?


 ユキはベッドから起き上がった。そして静かに床に降り、俺の目の前に来た。

「なぁ、どうなのだ?」

 俺は何故か背をぴしっと伸ばし、何故か少しづつ後退した。

 まずい。何かがまずい。

 まずいって訳じゃないけど、何かが嫌な予感がする。

 俺が一歩後退すると、ユキは一歩前進する。

「か、香織は……その……」

 じわりじわりと壁に追い詰められる俺は、若干混乱しながら返事をした。

「大事か、大事じゃないかって訊かれれば、そりゃ、大事……だよ」

 何で逃げてるんだろう俺!?

 一方ユキは、気のせいか潤んだ目で(猫だからそう見える)俺を見ていた。いや、これは……見つめてる?

「フブキ……」

 喉がゴクリ。

 とうとう、背中が壁についた。ユキは、俺の目と鼻の先まで来てやっと止まった。

「……なぁ、フブキ……」

 美人、いや美猫に見つめられ、俺の心臓は急速に加速。心臓の音がユキに聞こえるんじゃないかって、どこぞの漫画みたいに思った。

 しばし、そのまま見つめ合う俺とユキ。

 しまいには、

「………」

「………」

 何も考えられなくなった。

 言葉で言うなら、ユキが自分と溶け合うような感じ。

 コーヒーとミルクが混ざり合うように…。


 しばらくそのままだった訳だが、俺はある時ふと香織を思い出した。

 あ……香織を助けないと……。

 そうかすかに思った時だった。ユキがそっと顔を下げた。

 え、あれ?

 ………泣いてる?


<ボコッ!!>


「がっ!?」

 ユキが突然ボディブロー!?

 俺はいきなりの攻撃を急所にまともに食らい、その場にうずくまって悶絶。

 き、効いたぜ今のパンチ……。

 しかしユキは気にせず、窓の方にすたすたと向かいながら言った。

「ほら、何遊んでる。さっさと行くぞ!!」

「お、おー……」

 若干ふらふらになりながらユキを追った。

 窓枠に飛び上がったユキは、こっちを見て言った。

「ほら、さっさと歩け!!」

 彼女の表情は、何故か

「お、おう!!」

 寂しそうに見えた。


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