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パート7〜9

 何ですと!?それは、ま、マコトデスカ!?

「えへへ〜、始めて口に出して言っちゃった。えへへ」

 香織は照れている。

 俺は思わずビリビリしびれて、もう何も言えない。

 香織は、静かに言い始めた。

「初めて先輩と会ったのは、実は学校に入る前だったんだぁ…」

 ま、前?

「あれは、高校三年生の夏休み。家が近いから今行ってる大学に行こうかなーって思ってたんだけどね、その時になって何学部に入ろうかって思ったの。とりあえず学力を上げる事に専念してたから、その頃には指定校推薦で入れる事が分かってたの。それでその夏休みに、オープンキャンバスとお祭りが同時やっててね、私そこに行ったんだ。凄い有名なんだよ、うちの学校。だから周りから受験生が一杯来てね、大変だったんだ。建物の中だけじゃなくて外でもいっぱい出し物やってたんだー」

 あ、何となく思い出してきた。たしか俺はその時『魔法倶楽部』として、快晴の下、灼熱地獄状態の空間で手相占いをやってた先輩のサポートをしてた記憶がある。自給100円で。二日間で合計20時間働いて、二千円。結構割に合わないと思った記憶もある。

「その日は凄い晴れでね、ものすごく熱かったの。私は友達と二人で歩いてたんだけど、その友達ってば帽子を持ってくるのを忘れててたんだよ。しかも結局倒れそうになったから、私は帽子を貸して木陰で休ませたの。それで、ジュースを買おうとしてお祭りの中にいったの。その時にある店で、私が後ろに並んだら『急いでいるならどうぞ』って前を譲ってくれた人がいたの。それが、先輩との初めての出会い」

 あの時って確か、先輩の目を盗んで(あまりにも熱いから)ちょっとジュースを買おうと思って並んだ所、ダッシュで現れて『つめた〜いジュースあります』という看板を見るなり後ろに並んで慌てて財布を探ってた女の子が後ろに並んだから、慌ててそう言ったんだったっけ。

 あれって香織だったのか。そのときの事はよく覚えてる。だって、

「へへ、前を譲ってもらったのはいいんだけど、慌ててたせいか私、くら〜ってしちゃって。そしたら先輩、しっかり支えて『大丈夫ですか?』って言ってくれたんだよ。しかも、先輩が被ってた帽子を私にかぶせて『水でいいね?』って言って、急いで『3つ』水を買ったんだよ。何故分かったのって聞いたら、にっこり笑って『魔法使いですから』だって。それから私をお姫様抱っこして、友達の所に連れて行ってくれたんだよ。あのときの先輩、本当に格好良かった……」

 ああ、そうだったっけ。

 ちなみに。何故三つだと思ったかと言うと、飲み物の看板を見て慌てて買おうとしてたから多分友達のために買おうとしてるんだなーと思った。それだけの事だ。

「私、楽になってから先輩を探したの。でも、どこにもいなかった。それから、仕方がないから帰ろうとしたら急に呼び止められたの。『あれ、それって冬樹の帽子じゃねーのか?』って。私思わず、『その、冬樹さんという人は何学部なんですか』って聞いたの。その時、民俗学部だって分かったの。そしたらその人は『返してこようか?』って聞いてきてくれたんだけど、何でだろ、その時『自分で返すから、いいです』って言ったの。へへ、まだ返してないけど」

 あー。あの帽子なくしたと思ってたんだけど、実はずっと香織が所持してたのか。

「その時から、かな。『冬樹先輩』って寝る前に何度も練習したり、魔法の勉強を始めたの。大学に合格して、二月ぐらいに図書館利用が出来るようになったら、私毎日通ったの。でも、一度も会えなかった」

 そりゃあそうだ。俺はその時、英語の講義(上野教授が、『あまりにも英会話が駄目すぎる。英語の筆記はかなり良いのだから、ちょっと鍛えればすぐに上手くなる』と言って始めた、個人レッスン。ちなみに、長期休み中はこれでほとんど潰されている。今期間も受ける予定だった。ありがとう高橋教授)を受け始めた頃だからな。忙しくてそれ所じゃなかった。わはは〜。嬉しくね〜。

「でも、部活動勧誘の時にまた会えたんだよ。あの時は本当に嬉しかった。もちろん、魔法倶楽部に入ったよ。『冬樹先輩』じゃなくて『先輩』って呼ぶようになっちゃったけど。タイミング逃しちゃって」

 そこで香織はちょっと止まった。どこか悲しそうな顔だ。

「先輩、彼女いないんだって」

「まぁ、いないけど(にゃにゃん)」

 また沈黙。

「せっかく旅行に二人っきりで来たのに」

「そうだったな(にゃんにゃがにゃん)」

 また沈黙。

「もしかして先輩って、ホモなのかな」

「ほ、ホモ!?(にゃ、にゃん!?)」

「だって、二人っきりなのに何もしないし」

「えー(にゃー)」

 だって、流石にこんな時に後輩に手を出したらまずいだろ。

「それとも、私って、女として魅力内のかなぁ……?」

「そ、それは無いぞ!!(にゃ、にゃーっ!!)」

 俺は思わずひっくり返った。お腹に四足で立って、叫んだ。

「香織は魅力的だし、可愛いし。俺だって、俺だって、気にしてない訳じゃないんだ。っていうか、手を出したら間違いなく死の危険がファンクラブから飛んでくるから手を出せないんだけどさ。でも俺だって、気にしてるんだ。格好よく見せようと常々頑張ってるし、っていうか単刀直入に言うなら、俺は香織が好きだ!!」

 風呂場に響く、猫の叫び声。

 うわ、む、むなしー…。

 妙な空白感で突っ立っていると、香織はニコッと笑って言った。

「慰めてくれてるんだ。ありがとう、フブキ」

 俺は一声、「にゃん!!」と叫ぶと、急いでバスタブから出た。

「ふ、フブキ!?」

 香織が驚いている。俺は洗面所に上って思いっきり体を動かして水を飛ばし、落ちているタオルで急いで体を拭いた。そしてロックされていないドアを開いた。

「どうしたの、フブキ!?」

 香織は全裸のまま(何て刺激的な!!)急いで出てきた。

 俺は急いでダッシュ。窓を少し開き、外に飛び出た。そして地面に安定した着地。さっすが我輩は猫だ。

 窓から香織が顔を覗いた。

 俺は見上げて叫んだ。

「俺は戻る!!すぐに戻ってきて見せる!!冬樹で、ここに!!」

 言葉が通じないなんて関係なかった。

 俺は叫ぶと、急いで走り出した。

 外は暗くて寒い。だが、心は妙に熱かった。


 コケコッコー!!

「この村にも鶏、いるのか?」

「東に養鶏所がある。たまに食べる」

 クックドゥルドゥー!!

「食べるって、鶏をか?」

「いや、卵料理をだ。この村では猫は神格化されているらしくてな、猫の姿をしている限り食べる所、寝る所には苦労しないぞ」

「はは、そうなんだ」

 コッケドゥルドゥー!?

 外はまだ暗い。でも、時間的にはもう朝だ。

 俺はあの後必死に記憶を手繰り寄せ、どうにか俺が倒れていた建物に到着。必死でよじ登って部屋に入ると、中にはあろうことか誰もいなかった。

 しばらく唖然としてから急に我に帰り、急いでまた外に出た。とりあえず大通りに出て、そのまま駅のほうに向かって歩いていたら建物の影でユキを発見。今、『うまい朝食をくれる店』に二人で歩いている所だ。

 ユキは俺の事をしげしげと眺め、言った。

「お前、よく歩けるな」

「はい?」

「いや、今までに猫になった人間はお前以外、猫になってすぐは上手く歩けなかったんだ。だが、お前はすでに普通に歩いている」

「え、そうなんだ……。そういえば、トーマスさん以外にこの村に猫になった人はどのくらいいるんだ?」

「私が知っている限り、25人だ」

「25人もいるのか!?」

 素直に驚いた。分かっているだけで25人も猫になっているなんて。

 いや、よく考えたら妥当な数字かもしれない。この村には魔術文化の何かがある事は、特に有名でもない学者の高橋教授でも気がついたんだ。他にも何人もの人が気がついてもおかしくは無いだろう。

 それにしても、今までに25人以上もの学者がみんな猫になったなんて………ん?

「ちなみに、トーマスさんは今いくつだったっけ?」

「父上は今、47だが、それが何か?」

 何かが変だ。この村では猫は神格化されているのだろう?

 だとしたら、丁重に扱われて長生きしてもおかしくは無いはずだ。

 だとしたら、学会でも『若き魔術研究学者』と言われているトーマスさんが、何故最年長なのか?

「ちなみに聞くが、『猫になった人たちは』この村のどこにいるんだ?」

 ユキはちょっと言い方を考えてから、俺の方を見てこう言った。

「村の北の土の下」

「………それって、死んでるって事じゃん!!」

「ああ。約半数は猫になった事に発狂して死んだ。残りの4匹は病死、3匹衰弱死。2匹ほど、変化した事を誰にも気付かれず凍結死」

「はは、そんな死に方しなくて良かった」

 思わず苦笑い。流石に、そんな中途半端な死に方はしたくない。

 ユキもちょっと笑いながら、「私もそう思う」と言った。

 ここで、『32』と書かれた通路を曲がった。

「ただ、8匹ほど、運動神経が足りずに死んだ」

「運動神経って、歩けなかったって事か?」

「いや、正確には……」

 ユキが突然立ち止まった。耳をぴくぴくさせている。

 俺はここで「どうしたの?」と聞く事をせず、とりあえず耳を澄ませてみた。

 家の中で人々の会話する音がかすかに聞こえる。他には何も………ん?

「雪を踏む足音?」

 俺は本当に小さな声で呟いた。

 ユキは俺のことをチラッと見ると、「そのまま続けて言ってみろ」と小さな声で言った。

「足音なんだけど……人の足音じゃない。規則的に、四本足で動いている。でも、猫の足音にしては大きすぎる気がする」

「上出来だ」

 ユキは微笑みながら言った。

「で、どうした方が賢明か、言ってみろ」

 俺は必死に考えた。そして、その特有の呼吸音を聞き取って、一言。

「やっぱり猫って、犬に会ったら逃げた方が得策か?」

 『はっはっはっはっはっはっ』という口で呼吸する犬の声がする。しかも、どう考えてもこれは大型犬の音だ。

「99点満点だぞフブキ。残りの1点は……」

 ユキは足を後ろに少し戻しながら言った。

「疑問系じゃない。逃げないと死ぬぞ!!」

 ユキは後ろに全力疾走を開始。俺も横に並ぶように走る。

 と、後ろから『ばうっばうっばうっ!!』という犬の声が!!

「振り向くなフブキ!!」

 大通りに出て、一気に右折。駅がかすかに前方に見える。

 ユキは全身のばねをフルに使って直角に右折。俺はちょっと大きく曲がって右折。『34』の通りに入る。

 入る寸前に、一瞬だけ犬を見た。

 全身真っ黒で、夜の闇に同化していてよく見えない。瞳は赤く爛々と鈍く光り、白くて鋭い牙が生えていた。

 パッと見、目と牙しか見えない。

 こ、怖えぇーーー!!

 ユキは前に広がるオープンカフェの入り口に迷う事無く飛び込んだ。俺も急いで、入り口に向かってジャーンプ!!

 っと、妙な怖気を感じて尻尾を思いっきり引いた。その空間を犬が横に噛む音。

 うおおおお、し、死ぬ!!

 俺は転がるように店内へ。そして目の前には立ち止まったユキが!?

「だぁーー!!」

「きゃあーっ!!」

 ごろごろ絡まって転がった。そして、俺がユキを押し倒すような形で停止。

「はぁ、はぁ、はぁ、な、な、な?」

「落ち着け、はぁ、もう、大丈夫だ」

 俺は息を切らせながら入り口を振り向いた。

 犬は消えていた。まるで、元々いなかったように。

 はて……?

「どうなってるんだ?」

 そう言ってユキを見た。

 すると何故か、ユキは顔をほんのり赤らめていた。

 そこで気がついた。

 あ、猫だから気がつかなかった。

 俺、今ユキを押し倒している状態なんだ!?

 顔が異常に近いせいか、ユキの瞳は静かに潤んでいる。

「………っ!!」

 何も声に出来ない甘い雰囲気。

 それを破ったのは、ごつい人間の男の声だった。

「おいおい、おちびちゃん。突然店に飛び込んでラブシーンたぁ、ここはホテルじゃねーぞ?」

 男は爆笑し、俺は硬直し、ユキはきょとんとした。


「ほう、よく生き残ったな。今まで奴に襲われて、生き残った元人間は一人もいないぞ?」

「褒められてるんですか?」

「褒めてるんだよ」

 空はほんのり明るくなってきていた。雪がちらほら降り始めて、今以上に村を白く染め上げようとしている。

 俺とユキはあの後、ごつい店主にぬるいミルクを御馳走になり、今度は『3』の通路の建物レストランの2階ロビーでトーマスさんと会った。

 そして、妙なものに襲われたと報告したらこれだ。

 トーマスは目の前にある湯気の出るミルクを眺めながら言った。

「そいつを、我々は『グリム』と呼んでいる」

「グリム……って、まんま死神犬ですね。黒いし犬だし」

「うむ。奴は、満月の夜の前後に活動する習性がある。だから、我々は満月の夜の前後1日は家の中に常にいる」

「家の中に?……そういえば、家の中に入ったらグリムは襲ってこないんですか?」

「うむ。何故かグリムは、『猫しか襲わない』のだ。人間にはもちろんの事、建物にも傷をつけたことは無い」

「え?」

「さらに、奴はどこに生息しているのか分からない。この村の誰もアレを飼っていないし、突然現れて突然消える」

「はぁ?」

 そこでユキが言った。

「全く意味不明な奴だが、奴に八匹殺されている。それだけは判明している」

「……ああ、運動神経って、そういう事か」

「その通りだ」

 なるほど。街を一人で歩いていたら、間違いなくあいつに殺されるな。

 と、そこでちょっとした疑問が。

「あれ?そういえばユキ、俺と会う前は一人で歩いてたよね。確実に逃げ切る自信が?」

 そこで、トーマスが静かに口を開いた。

「今日は、満月の日の三日前だ」

「えっ……」

 ユキは言った。

「私も意外だった。今まで、満月の三日前にグリムが出てきた事は一度も無い」

「え、そうなの?」

「偶然近くに逃げ込むには便利な店があったから良かったが、そうでなかったら間違いなく死んでいた」

「……マジかよ」

 俺が唖然としていると、トーマスさんが器用に爪で湯葉を引っ張りながら言った。

「何かが変わろうとしているのかもしれないな。何なのかは分からないが」

 そう言いながら、湯葉をゆっくり口に運んだ。

「うーむ、ここの湯葉は相変わらずうまいな」

 湯葉、好きなんだ……。

 俺は幸せそうに湯葉を食べているトーマスさんをそのままにして、ユキに尋ねた。

「それじゃあ、もうこの家から出ない方がいいのかな」

「そうだな。死にたくなければ外には出ない方がいいな」

「はぁ〜、参ったなこりゃ」

 とか言いつつ、俺は両手を前に伸ばして大きく伸び&あくびをした。

 するとユキが、

「昨日ほとんどは寝てないのだろう?私が見守っててやるから、安心して少し寝たらどうだ?」

 と言ってくれた。

「んー」

 言われてみれば、眠い。時差ぼけも治ってないし、ここは大人しく寝ているほうがいいのだろう。

「それじゃ、そうするよ」

 そう言って店の隅に言って、ごろんと横になった。すると、ものすごい睡魔が襲ってきた。あー、俺疲れてたんだなぁとか思いながらウトウトしていると、ユキが目の前にやってきた。そして静かに、優しい声で

「おやすみなさい」

 と言った。俺も静かに、ボーっとしながら

「おやすみ」

 と返事をした。

 ユキから、不思議といい香りがした。

 そしてすぐに、何ていうか、ちょっと幸せを感じながら眠りに着いた。


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