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パート4〜6

 頭がぼーっとしている。

 あれからどのぐらい倒れているのだろうか。

 仰向けに倒れている体を起こそうとして、力が上手く入らない事に気がついた。

 別にいいやと思った俺は、まだしばらくは倒れている事にした。

 とりあえず状況だけでも確認しようとしたが、目が、開かない。

 まるで、恐ろしく疲れている時みたいだ。

 仕方が無いから、まだ倒れている事にした。

 俺は何処で倒れているのだろうか。まぶたに映る影は、真っ暗だ。

 まだ祭壇の上で倒れているのだとふと思ったが、それは考え直した。祭壇は俺が大の字で寝れるほど大きくなかったし、何より全然寒くない。

 少なくともここは屋内だろう。風を感じない。

 そこでふと、もしかして帰りが遅くなった俺を心配した香織が遺跡に来て、倒れている俺を見て助けてくれたのだろうか。だとしたら、ここはホテルか?

 だけど、それも違うだろう。もしホテルだとしたら、悪くてもオーナーがソファーに寝かせてくれるだろう。だけど、今俺が横になっているのは床だ。

 状況をつかみたい。

 そう思った俺は、何故かひどく疲労している全身を動かして腹ばいになり、目を開いた。

 驚いた事に、そこはどこかの屋根裏部屋だった。何故かホコリは溜まっていない。

 うめきながら「ここ、どこだ…」と呟くと、近くで誰かが動き「父に連絡だ、急げ!!」という若い女性の凛々しい声が響いた。すると横にいたと思われる人物が一人、軽やかに走っていった。

 それとほぼ同時に、「調子はどうだ?」という声が聞こえた。

 どう考えてもこれは俺に対して言われた言葉だから、俺はとりあえず「全身がだるい」と応えておいた。

 すると、「まぁ、無理も無い。ところで、お前の元の名前は何だ?」と聞かれた。

 ふと、違和感があった。

 元の名前?

 って、どういう事だ?と俺は訊いてみようとして、その時嫌な予感がした。思わず

「なぁ、俺は今どうなっているんだ?」と聞くと、女性は

「自分で見たほうがいいだろう。おい、鏡をもってこい」と言った。

 また、軽やかな足音がどこかへ走り去って、今度は割とすぐに帰ってきた。

 俺は待っている間中、多少でも疲労を回復させようと目を閉じていた目を開くとそこには……


 大きな鏡の破片を加えている猫と、鏡に映る真っ白の猫が見えた。


「っはぁ!?」

 俺が叫ぶと、鏡の中の白猫も叫んだ。つまりこれは……

「俺、猫っ!?何故か知らないがめっちゃ猫!?」

「落ち着け」女性の声。振り返ると、そこには予想通り猫が。

「うわーっ!!猫、猫と会話している俺は猫だから猫なんですね猫だったり猫かもね!?」

「ちょっと一旦落ち着け!!」

 無理だった。

 その後、数匹の猫に押さえつけられて俺はやっと落ち着いた。

「すまなかった。俺としたことが」

「いや、別にいい。話によると、人間から猫になった者はほとんど混乱しているらしいからな。これも予想の内だ」

「……って事は、俺の他にも猫になった奴がいるのか?」

「ああ、いる。私の父がそうだ」

 え。

「それって……」

 とその時、屋根裏用の通風孔から年をとった猫が一匹現れた。模様は、オレンジ色の体に茶色のストライプ。

「やあ、やあ。起きたんだね」

「あ、あなたは今日駅にいた」

「ああ、あの猫だよ。正確には、昨日だがね。初めまして、プロフェッサー高橋の助手君。私はトーマスだよ」

「まさか……と、トーマス教授なんですか!?」

 トーマス(元)教授は、楽しそうに「そうだよ。驚いたかね」と言った。

「そりゃ、驚きますよ。まさか猫になっていたなんて……しかも子供までいるし!!」

「ユキという名だよ。ほら、プラチナブロンドの毛並みが雪のようだろう。だから、日本語で雪と言う意味の『ユキ』。いい名だろう?」

 そういう問題じゃない気が。

 俺は『あの、残念ながら全部日本語で聞こえるんで後半は変な感じなんですが』と言おうとして、気がついた。

「あれ、俺もしかして英語を話してる?」

 何が言いたいのかを悟ったらしいトーマス(元)教授は、「いや違うよ。正確には、猫になった瞬間、どんな人間だろうと『猫語』を喋るようになるのだ。だから、私は英語を話しているつもりで、君は日本語を話しているつもりで、猫語を話しているんだ」と言った。

 猫語。ネーミングセンスがまんまだ。

 そう思いながら、俺はとりあえず一旦落ち着こうと深呼吸してから、思いつく限り質問を重ねる事にした。

「そういえば教授。俺の服はどうなったんですか?」

「もう教授じゃないから、トーマスと素直に呼んでくれ。で、あー。私も謎なんだが、服は全然転がって無かったよ。私が思うに、服は毛皮に変化しているのではないか、と考えている」

「なるほど。服のほかには、何か落ちていませんでしたか?」

「近くにボロボロになった紙が落ちていたよ。さっき復元を終えた所だったんだが、あれはタロットカードだった。あれは君の持ち物なのかい?」

「はい。高橋教授に言われて、覚えました」

「はっはっは。あの男、まだそんな事を言っていたのか」

 そこでわははと笑う。

 表情を見て俺は、猫の表情がここまで豊かだった事を知った。そして、俺が猫になっているせいか、もはや猫を猫としてではなく人としてみていることに内心驚いた。

 猫に順応しているのか?

 だとしたら、とんでもない魔法である。

「ところで、君は確か一人じゃなかったはずだが……」

「あ、香織の事すっかり忘れてた!!」

 俺は慌てて立とうとして、転んだ。

 すっかり忘れていた。俺って今、猫なんだっけ。

 また歩き出すと、不思議と自然に四足で歩けた。恐るべし、魔法文化。

 俺は出来るだけ急いで通風孔に向かって、止まった。

「道が分からねぇ…」

 結構間抜けである。

 そんな俺を見かねたトーマスは「ユキに案内させよう。ユキ、案内してあげなさい」と、案内人(案内猫?)をつけてくれた。ありがとうトーマスさん。

 ユキは静かに俺に近づくと、頭を少し下げながら言った。

「改めて名乗ろう。私の名は、ユキだ。よろしく」

 俺も頭を下げながら、「俺は冬樹。よろしく」と言った。

 お互い同時に顔を上げて、

「「あっ」」

 思わず視線が合った。

 か、かわいい…。

 何故か素直にそう思った。どうやら、心の中まで猫になったらしい。

 ユキもユキで何かを思っているようで、動かない。

 気まずい沈黙。

 そして何故か俺に注がれる殺気!?

 どうやらユキはここの猫達のアイドルのようである。…って事は、こっち(猫サイド)でも結局ファンクラブに追いまわされるの!?

 そんなぁ〜、濡れ衣だよ〜…。

 俺は殺されないうちに早く行こうと思った。が、体が動かない。視線が、ユキから離れないっ!?(やべぇ、ユキってかなりの美人だ。猫としては)

 それを見かねたトーマスは、「ほら、いつまでも見詰め合ってると日が昇るぞ!!」と茶化して言ってくれた。

 ユキは恥ずかしそうに目を背けると、「お前が『猫の肉球』で泊まっている事は調べてある。そこまで案内するからついて来い」と言ってさっさと行ってしまった。

 少しの間ぽかーんとした後俺は、「ま、待って!!」と叫んで外に出た。

 ちなみに俺はそれからしばらくの間、慣れない猫の体で一生懸命ユキを追いかける事になった。


 香織は悩む時、あごを摩りながら歩き回る癖がある。

 香織は困ると、頭を抱えながら歩き回る癖がある。

 香織はイライラすると、腰に手を当てながら歩き回る癖がある。

 でも、こんな姿は初めてだ。

 香織は階段に腰掛けて、今にも泣き出しそうな表情でうつむいていた。時々思い出したように肩を摩り、その手に息を吹きかけていた。右手で何かを握り締めているらしく、手をずっと握っている。

 俺はそんな香織を見て、胸が苦しくなった。

「どうした?」

 ちなみに、隣にはユキがいる。

「いや、何ていうか……」

 言葉が見つからない。とりあえず、「意外で、さ」と言っておいた。

 俺たちは今、『猫の足跡』のすぐ近くにいる。入口前の階段で香織が座っているのを見かけて、思わず止まってしまったのだ。

 ユキは、そんな俺を見て

「どうした」

 と簡潔に聞いた。

 俺は、どうすればいいのか迷っている。今にも泣きそうな香織に、俺が猫だと知れたら……。

 そんな事はしたくない。

「どうしよう…」

 俺は思わずユキを見て言った。きっと情け無い顔だったと思う。

 ユキは静かに俺を見て、こう言った。

「知らん。そういう事は自分で決めろ」

 まぁ、そーだろーね。

「でも、しいて何かを言うなら、」

 え、何?

 ユキは俺の目を見て言った(俺、ちょっと照れる)。

「今のお前を見て、『フブキ』だとすぐに思うのは無理だと思うぞ」

 俺はそれを聞いて、何か解決策を思いついたような気がした。だけど、まずは

「いや、俺は『冬樹』だ」突っこんでおく。

 ユキはちょっと目をそらして、

「東洋人の名前は言いにくい。だから、お前はこれからフブキだ」

「え、そんな勝手に名前を変えるなよ」

 するとユキは突然、「この村で一番偉い猫は誰か知っているか」と聞いてきた。

 俺は当然分からないから

「知らない」

 と応えると、ユキは

「この村で最年長の猫は私の父だ。だから、私の父が一番偉い」

 と言った。そしてそこでにやりと笑って、

「私の父が一番という事は、私はこの村ではニ番目に偉いのだ。だから、私がお前は『フブキ』だと言ったらお前は父が何か言わない限り『フブキ』だ」

 と言った。そのあまりの論理に俺は呆然とした。でも本人は真面目そうだから、とりあえず渋々頷いておく。

「それで、フブキはこれからどうするんだ?」

「…んー、どうしよう」

 俺はタロットカードを出そうとして…粉砕したのを思い出した。

 たまには自分で考えろって事か。

 俺は少しの間考えた後、ユキにこう言った。

「とりあえず、何もしないのもアレだから何かしてくる」

「何かって、何だ」

「分かんない。でも、何かをしてくる。何かしなきゃ」

 そう言って、俺は香織の足元に駆け寄った。そして一言「香織」と言った。多分、「にゃあ」と聞こえただろう。

 香織は静かに俺の方を見ると、静かに、どこか辛そうに微笑んだ。

「あ……猫さん、こんにちは」

 良かった。こっちは何を言っているのか分かる。俺はこちらの言葉が届いているのか確かめているために、あえて「香織、今日の晩御飯は何だった?」と訊いてみた。

 香織は静かに微笑んで、「うん、大丈夫だよ。ちょっとね、ある人を待っているの」と言った。会話が噛み合っていないから、どうやらこちらの言葉は分からないらしい。

 まぁ、予想の範囲内だな。

 俺は香織の後ろに回って背中を爪でカリカリした。すると香織は「え、どうしたの?」と言って振り返った。急いで俺はドアの前に立って言った。

 「風邪ひくぞ、早く中に入れ」

 聞こえてないだろうけど。でも香織は何が言いたいのか分かったらしい。静かに笑うと、

「うん、でも、もう少しだけ。きっともうすぐ帰ってくるから……」と言ってまた階段に座った。

 その背中の、なんと寂しげな事か。

 俺はまたカリカリしようと思ったが、やめた。香織はきっと言う事を聞かないだろう。

 俺は急いで香織の膝の上に乗って、通路を見るようにして寝転がった。

「猫さん、君も待ってくれるの?」

「いや」

 って言ったけど、とりあえず動かないでおいた。どうせ「にゃん」としか聞こえていないのなら、『もちろん』という意味で捉えてもらえるように寝ていたほうがいいかな〜と思って。

 それにこの膝の上は、ひどく調子がいい。

 俺が少しの間膝を堪能してから、ふとさっき出てきた通路を見た。

 ユキの姿は見えなかった。きっと帰ったのだろう。

 と、香織が「くしゅん」とくしゃみをした。俺はそれを見上げてから、急いでドアの前に走った。

「…へへ、もうそろそろ中に入ったほうがいいよね……」

 そう言ってから香織はもう一度大通りの方を見て、ドアをくぐった。

 俺も、帰るに帰れないので(ユキいないし)とりあえず中に入る事にした。

 香織はその俺の姿を見て、今度は楽しそうに微笑みながら「私の部屋に来る?」と言った。

 俺はとりあえず「にゃん(おう)!!」と鳴いた。

 香織は廊下を歩きながら、笑って「おいで」と言った。

 俺は香織の後ろを歩きながら、ホテルの暖かさを堪能した。


 どうやら、外を歩いているうちにかなり冷えてしまったらしい。手足がしびれて上手く動けない。

 猫にもそういうことがあるんだなー、と変な所で感心してしまう俺。

 ホテルの部屋の中は、おれが出た時とあまり変わっていなかった。変わったと言えば、香織ベッドの上に広がったレポートの数々か。

 俺が何のレポートか見ようとベッドの上に乗ると、香織は「ああ、駄目だよ。汚れちゃう」と言って俺を床に降ろした。そういえば俺、足を洗ってないんだっけ。

 足を洗おうかと思って周囲を見渡してみたが、良さそうなものは何もなかった。

 しょうがない、洗面台で洗うかな。そう思って洗面所に入ろうとすると、後ろから「あ、猫さん。足洗うから、そこで待っててー」という声が聞こえた。

 ま、いっか。よく考えたら蛇口回せるかわかんねーし。

 ふと蛇口はどんなタイプなのか気になって、洗面台に飛び乗ってみた。

 蛇口は、三つの取っ手があってまわすタイプ。こりゃあ、猫じゃ無理だ。手でも足でも尻尾でも。

 俺はとりあえず体勢を直そうとして足元を見て……絶句。

 茶色い猫の足跡がくっきりと残っていた。ホテル『猫の足跡』に残る猫の足跡。

 あはははー、笑えねー。

 仕方が無いから洗面台で動かず待機する事に。

 やる事がないから、周囲を見渡してみる。

 部屋の形はおおよそ正四角形。そのうち半分はバスルーム(湯船+シャワー。ホテルの定番)になっていて、防水用のプラスチックのカーテンで区切られていた。そして残りの半分に向かい合うように洗面所とトイレ。何ていうか、少ないスペースで無茶して作ったって感じだ。

 そうやって渋々バスルームを見ていると、香織の

「ごめんね猫さん、待ったー?」の声。

 結構待ったと言おうとして、絶句(絶句してばっかりだな俺)。

 香織は全裸+タオル巻き!?

 急いで逃げようとしたけど香織が胴体をキャッちりがっチ!!

 もといがっちりキャッチ!!

 じたばたする俺を連れて湯船へ。俺はもう目をつぶっているほか無く、タオルが投げ落とされる音を聞いて完全に思考は真っ白。あぁ〜れぇ〜。

 メーデーメーデー、本船はただいま暴風に襲われております!!うわ、お湯が頭から!!あ、あったけぇ〜……あ、そこは、くすぐったい!!ちょ、や、めーっ!!

「あははっ、ほら、くすぐったいから暴れないで♪」

 うおおおおおッ!!ちょっと、ちょっとぐらいなら…?うが!!めが、目がしみる!!こ、この匂いはシャンプー!?

「あれ、蛇口どこだっけ?」

 ぎゃー、早く流して!!もう見ようとか思いませんから流してー!!目に、目に染みるー!!

 <ぷにゅ☆>

「きゃっ♪もう、暴れないでっ」

 今俺にどこに触ったの!?まさか、マサカッ!?


 略。


 ひとしきり暴れた後空腹のせいでダウンした俺は、今お湯の張った湯船に香織のなすがままになって浸かっている。状況を説明すると、それほど大きくもない湯船に、香織が横になって浸かり、お腹の部分に俺が仰向けになって抱きしめられている状況だ。

 いや、程よく暖かい。そして、この程よい枕がいい気分ハイにしてくれる。

「ばばんばばんばんばん♪」

 香織が歌い始めたあの歌に合わせて、俺も合わせて歌った。

「「あばばんばばんばんばん(にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃん)♪」」

 香織は少し驚いて、「頭いいねー、君」と言って頭をぽんぽん叩いた。

「そうだ、君に名前を付けてあげよう」

 突然何がしたいんだ……って、よく考えたら香織が何かをする時はいつも突然だったな。

「そうだな〜、真っ白な毛並みだから……」

 ユキは使用済みだぞ。

 と、ちょっと俺の体を探って……っつあぁぁあ!?

「オスかぁ〜、それじゃあユキちゃんは使えないか」

 香織、後で覚えてろよ!!

「それじゃあ、君の名前は……」

 顔が赤いのはこの、温泉成分がそのまま出てくるお湯のせいだろうか。

「フブキ君!!」

 俺は思わず唖然とした。俺はまたフブキかい!!

 香織は言った。

「フブキ君、私が待ってたのって誰だと思う?」

「俺だろ?(にゃ?)」

「一緒に今日、この村に来た、先輩……先輩って分かる?」

「知ってる(にゃん)」

「えっとね、自分より学年が上の、って学年っていうのは…えーっと、学校が……あうぅー」

「おいおい…(にゃあ…)」

 自爆かよ。

「えっと、とにかく先輩なの。冬樹先輩っていうんだよ」

「やっぱ俺だよな(にゃーん)」

「へへ、フユキとフブキ。似てるでしょ」

 それはついさっきユキに言われた。

「俺は冬樹だ(にゃにゃん)」

「何でそんな名前を付けたのかって?」

 言われてみれば。

「何でだ?(にゃん?)」

「へへー、実はね〜…」

 そう言って、急に真顔になって俺を抱きしめた。

「私、先輩の事好きなんだー」

「何ぃ!!(にゃが!!)」

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