Rain
――ある日の朝、雨が憂鬱を誘う。御影は先に用事を済ませるため、事務所を出ていた。その間、事務所を旭に任せるとの連絡が入り、旭は急いで家を出た。
旭は事務所に向かう途中、イヤホンを耳につけながら歩いていると、前方から車が通り、タイヤが水溜まりの水を巻き上げた。
旭は考え事をしていたため、それに気が付かず、水が体にかかってしまった――
「うわ!……最悪〜……。どうしよ……一回帰るか?いや……でもな〜……。あ、そういえば今日ってみかちゃん出掛けてるんだっけ……?じゃあ、いっかそのままで。一応、事務所に替えの服は置いてたし」
少し立ち止まり考えた後、家に戻るのも面倒に感じた旭は、そのまま事務所に向かった。
事務所に到着し、濡れた上着を脱ぎソファの上に置いた。
「うわぁ……シャツまで濡れてる……。どうしよ……」
シャツとズボンも脱ぎ、事務所に置いておいた上着とズボンを引っ張り出してきた。
タオルで体を拭きズボンを履きた旭は、濡れた物をどうするかを悩んでいた。
「う〜ん……とりあえず袋に入れて、持って帰るか」
旭は事務所にあったビニール袋に濡れた服を入れた。
そして上着を着ようとした瞬間、事務所の扉が開き、御影が入って来た。
「悪い、旭。忘れ物し……た」
御影が目線を扉から旭に移す。その姿を見た瞬間、御影は目を疑うと同時に血の気が引くのを感じた。そして、御影の手から鞄が滑り落ちた。
御影が目にした光景は、あまりにも信じ難いものだった。旭の上半身には多くの傷跡があり、そして腰辺りには銃痕らしきものがあったのだ。
旭が声に気がつき振り向く。御影に気がづいた瞬間、体が硬直してしまう。今まで隠していたものが、御影の目に映ってしまった。
そして御影は、震える声を絞り出す。
「……お……おま……え……!」
御影は旭の腹部を震える手で指さした。
御影の脳内に過去の忌々しい記憶が、フラッシュバックする。銃を握り、初めて人間に向けて撃ったあの時のことを。
旭はただ黙り込み、御影から目線を逸らすとゆっくりとTシャツを着た。
御影は怒りで震える拳を押させ、ドスドスと足音を立てながら旭に近づいた。そして、御影はものすごい剣幕で、旭の胸ぐらを掴み詰め寄る。
「お前……!その体の傷は何だ!それに……!その傷は……!」
旭は御影から目線を逸らしたまま、口を閉ざした。
その態度に御影は怒りが込み上げてくる。
「何故黙ってる!……その銃痕は……お……俺が……!あの時……!犯人に……!お前は……臥龍蛇の人間なのか……!」
言いたいことが山のようにありすぎて、言葉が上手く出てこない。
「……話を……聞いて……」
旭は御影を宥めようと口を開くが、御影はすごい剣幕でそれを遮った。
「俺の質問だけに答えろ!……何で……お前が……!あの時の犯人なのか……!……今までどんな気持ちで……!どんな思いで俺と一緒に居たんだ!……俺を……嘲笑ってたのか……?……お前人間じゃねぇよ……!!」
御影は、旭の胸ぐらを握る手が一段と強くなる。心の底で煮えたぎる思いを大声で旭にぶつける。
それでも旭は、何も答えなかった。それに業を煮やした御影はら旭の胸ぐらを掴んでいた手を思いっきり突き放し、叫ぶ。
「何とか言えよ!!」
旭は反動でよろめきながら、一歩後ろに下がった。
少しの沈黙の後、俯いていた旭は御影の方をゆっくりと見つめ、口を開く。
「……もしそうなら……貴方は、僕を殺してくれる」
旭は抑揚のない声で、そう問いかけた。
御影はヒュっと細かく息を吸った。旭の言葉の意味が、どうゆう意味なのか、御影には分からなかった。
視界が揺らぐ。今まで恨みを募らせ、探し求めていた相手が、目の前に居る。だが、そいつは心を許した相棒だった。絶望で御影は膝から崩れ落ち、震える手で顔を覆いながら言う。
「……訳分かんねぇ……!……分かんねぇよ……!」
そんな御影を見つめながら、旭は膝を付いた。そして旭は無言で、御影の両手首を掴み、ゆっくりと自分の首にかけた。
その行動に驚いた御影は、旭に掴まれた手を振り払った。
「や……!やめろ……!!」
「どうして」
まるで人形の様な覇気のない表情と声色に、御影は目を逸らすことが出来なかった。
「……今すぐ……今すぐ失せろ……事務所から出ていけ!今すぐ!!」
御影は大声でそう言いながら、扉の方を指さした。
旭は黙って服を着直し、荷物を持って扉に向かった。
すると旭は、扉の前で立ち止まった。
「……真実を……見つけて」
旭はそう呟くと、扉を開け事務所を後にした。
御影は扉に背を向けたまま、小さく蹲った。
頭が熱く煮えたぎるのを感じる。旭が放った言葉の意味。そして辛い過去の記憶。様々な感情が御影を襲う。
「どうして……どうして……あいつを信じてしまったんだ……」
そして事務所を後にした旭は、大粒の雨が降り注ぐ空を見上げた。空を覆う雨雲は、旭の心を表すように黒く澱んでいた。着替えた服が、無惨にも雨で濡れる。だが、そんな事を気にする余裕は、旭にはもう無い。
「……最初から……全てを話していれば……傷つかせずに……済んだのだろうか。でも……きっと……これで良い」
雨が当たる度に顔が痛む。だが、それ以上に胸の奥底が痛んで仕方ない。旭は重い足取りで歩き出した。
――その後御影は、依頼者が居るカフェに向かった。カフェに入ると、その中に依頼者を見つける――
「……お待たせして、すみません」
御影はゆっくりと席に座った。先程の出来事が、まだ御影の脳裏から離れず、表情が暗い。
依頼者と言うのは白石心菜だった。
「いえ!わざわざ忙しいのにすみません!……あれ、旭さんは居ないんですか?」
白石は旭を探して、キョロキョロと周りを見る。
御影はその言葉に一瞬、言葉が詰まったが、すぐに切り替え、話し始める。
「……旭は今……休みを取っています」
「あ、そうなんですね……」
白石は旭に会えると思い期待していたが、読みが外れて少し残念そうにした。
そんな白石を見て御影は、旭の何かを知っているのではないかと思い、質問を投げかける。
「……そういえば白石さんは、旭とは知り合いなんですよね。どういった経緯で?」
「まぁ、知り合いと言うか……この前、六年振りくらいに偶然会ったばっかりなんですよ。通りかかった公園に旭さんが居て……その時に馬酔木さんの探偵事務所の連絡先を教えて貰ったんです」
「……六年振り……?その前はどこで……?」
「えっと〜……うち、元は父子家庭で、父は私に暴力を振るってくるような最悪な毒親でした。でも、私が十歳くらいの頃に旭さんが助けてくれたんです!父を連れてってくれて、施設に連絡してくれたんです!」
白石は嬉しそうに旭との出会いを話した。
だが御影は、白石の話に違和感を覚えた。何故、その場に旭が居たのか。その時、旭は一体何をしていたのか。
「……どうして……旭は、そこに居たんですか……?」
「う〜ん……何でですかね……?私もあんまり覚えていないんです」
「……そう……ですよね……」
そう言うと御影は少し考え込んだ。
すると白石が、今回呼び出した訳を切り出す。
「……あの〜……それで相談なんですけど」
「あ、すみません。話が逸れてしまって。それで、相談というのは?」
「えっと、実は私の学校で良くない噂があるんですよ」
「良くない……噂?」
白石は少し体を前のめりにして、周りに聞かせないようにこっそりと話をする。
「はい……あまり大きな声では言えないんですが……。うちの学校の先輩に、モデルとか地下アイドルをやってる人が、三人居るんです。その中の一人が……パパ活してるみたいなんですよ……!なんかおじさんと腕組んでる所を同級生が目撃したみたいなんです……!」
「パパ活……。最近何かと問題になってますよね。それを先輩でやっていると……」
「はい……そうみたいなんです……。その先輩、中学校が一緒だったんですけど……。最近学校休みがちで……連絡もほとんどないんですよ……。どうしたんですかね……やっぱり危ない目に遭ってるんじゃ」
「それも考えられますが……他の原因で不登校になっているのでは?例えば、いじめとか……その人の家には行きました?」
「それが……家、分かんないんですよね……」
「そうですか……では、その先輩の名前と顔写真教えてください。それと……もし良かったら、その現場を目撃した同級生に詳しく話を聞いて欲しいです」
「は、はい!分かりました……!」
白石はスマホを取り出し、先輩の顔写真を御影に渡した。
「あの……相談だけなのに、良いんですか?もし、依頼するってなると……どれくらいかかるんですか?」
「今回は相談と言われて来たので、お金は結構です。……依頼となると、内容にもよりますが普段貰ってる依頼料は、十から五十万前後ですね」
「へぇ……結構かかるんですね……」
「まぁ、そうですね。とりあえず、この件は頭に入れておきます。何かまた気になる事があれば、ご連絡下さい」
「はい!ありがとうございます!」
「……すみません、この後に用事があるので、ここで失礼します」
御影はテーブルに置かれていた珈琲を飲み干し、財布から千円札二枚をテーブルに置いた。そして、早々に荷物をまとめ立ち上がる。
「これ、お会計です。お支払い、お願いしますね。お釣りは、白石さんが受け取って大丈夫ですから」
「あ、ありがとうございます!すみません、お忙しいのにお時間取らせてしまって……それにお金まで……」
「子供に払わせる訳にはいきませんから。では、失礼します」
御影は白石に背を向け帰ろうとする。すると白石に呼び止められる。
「あの!……旭さんによろしくお伝えください……!今度、旭さんと三人でお茶しましょうって……!」
御影は足を止め、白石の方を振り返り、軽く会釈をしてカフェを後にした。
――次回へ続く――




