夢の世界の出会いと小さな冒険
「や、久しぶり。五年ぶりだね」
「あの時の声の……」
目が覚めた時、ボクの目の前には一人の少年が立っていた。
部屋の中にいたはずなのに、いつの間にか旅館の瓦屋根の上にいた。
今のボクと同い年ぐらいの少年。黒翠色の瞳と髪は闇夜の中だというのに霞むこともなくボクの目に映る。その姿はただの子供だ。
「君は転生した時にボク達に話しかけた子の一人ってことでいいんだよね? 一番早く異世界転生に理解を示してくれた」
「うんそうだね」
表情も感情も変えることなく淡々と聞いてくる。
淡々と言葉を話す感情の感じられない人は苦手だ。怒りでも喜びでも何かしらの感情を感じられないと何を考えているのか分からないから。
けど、この子は違う。感情も感じられないのに苦手意識は湧かない。
「君はどうしてあの時納得できていたの? 普通なら混乱しそうなものだけど」
歩き出した彼の後ろをゆっくりついていく。
旅館の屋根から飛び降りて、敷地の外に出て森の中に。
「その前に一つ聞いていい? ここは何処なの? さっきまでボクは部屋の中にいたはずだ」
「……ココは僕と君だけの精神世界。君が僕と共鳴したから生まれた秘密の世界だよ」
共鳴、秘密の世界。二人だけのプライベートVR空間みたいな感じなのかな。ま、これ以上考えても分からないし深く考えてもな……。
「なるほど。……話し戻すね、君はわかんないかもしれないけど前の世界の物語の中には異世界転生ジャンルっていうものがあって、事故で無くなった人が……」
~十五分後~
「ちょっと待って待って。そろそろ止まって欲しいかな」
おっと、つい語り過ぎてしまった。引かれたよなぁこれ……。
どうして納得できたのかの説明だけでこんだけ話す必要なかったよなぁ。
機嫌損ねると簡単に殺されそうだし、絶対やらかしたよな……。
転生前のあの時も、この子は簡単に人を殺していた。実際には死んでないと言っていたけど、本当のところは分からないし人を殺せる力は持っているはずだ。
森を進んでいると暗がりの奥に仄かな明かりが灯っていた。足は自然とその光に向かって動く。
湖の畔だった。目の前には青白い幻想的な光が舞っている。蛍だろうか……。手を延ばせば掴めてしまいそうなほどの距離でただよう光に目を離せない。
「要は元々異世界転生という存在を知っていて、君は少し異世界転生に憧れを持っていたってことでいいのかな?」
「まぁそうなりますね。異世界転生は非リアオタクの夢ですから」
「そっか……」
ボクの話に興味を示すでもなく無視するわけでもなく、ただそう返事をするだけだった名前も知らないこの子に対して少し申し訳なくなってしまった。
自己中心的に話続けて困惑させて、会話も続かない。
趣味の合わない人との会話ができなくて苦手、自分語りばかりで相手の事を考えないし、相手の話には理解ができないから空返事。
活舌も悪くて吃音もあって、耳も少し悪くて聞き取れない時もあって、会話のテンポを遅らせる。
そんなことがある度にいつも申し訳なくなってしまう。
今も困らせてしまって、また会話が止まる。
会話しなくても気まずくならない関係性ならまだしもほぼ初対面で互いに無言なんてボクが耐えられない。
「こっちから質問していい? どうして今ボクの前にいるの? そもそも君は何者なの?」
「いきなり色々と聞いてくるね」
「あ、ごめん……」
悪い癖だ。無言に耐え切れず話し出せば相手を困らせる。
本当にボクは成長しないな……。
「いやいいよ。僕が何者かねぇ、僕名前ないんだよね。象徴としての神王って名前はあるけど僕を僕として確立させる名前がない。君に分かりやすく言えば家族や知り合い、知らない人からも係長とか社長って呼ばれる感覚と似てるかな」
「神王……神の王!?」
「そう、神王。この世界の統率者を束ねる女神と魔神。その二人を生み出したのが僕なんだ」
こんな子供が神の王。この世界の頂点?
確かにラノベとかでも世界の頂点が子供みたいな姿ってのはよく見る展開の一つではあるけど……実際に見るとなぁ。
「君ちょっと失礼なこと考えてない? 僕はこう見えて三万歳は超えてるよ? せいかくな年齢は憶えていないけど大体それぐらいなはずだよ」
三万年前となると前世の方じゃまだ氷河期とかなんじゃないか?
そう考えると本当に長い時間だ。
「僕と君じゃあ生きる時間が違う。仕方の無いことだよ。ちなみに君に一つ教えてあげよう」
「あ、あぁうん……何を?」
目の前で起きている事が現実離れしすぎていて理解に苦しむ。
異世界転生は案外すんなり納得できたのに、この目の前の神王の存在はそう簡単に納得できそうにない。
「君たちがこの世界に転生したかについて。まずあの転生は……」
――人為的に起こされた災害なんだよ
「というと?」
表面上は冷静を装う。けれどその中身は怒りで今にでも破裂してしまいそうなぐらいにパンパンだ。
これがトラックに跳ねられそうになったからとか、通り魔に刺されたからとかなら前世で死んだからこっちに転生したって納得できる。
けど、それが人為的に起こされたというのなら話は別だ。
誰かの悪戯でボク達の人生がめちゃくちゃにされたと言って納得できるはずがない。
こんなボクにだって夢があった。その夢はもう果たせるかもわからない。それにこの転生はボクだけが被害に遭ったわけじゃない。
仲の良かった友達も親友もみんな転生の被害者だ。
凶暴な魔物がいる世界で全員が絶対に安全とは明言できない。
ボクは今に至るまでの日々で一度たりともみんなの事を忘れたことはない。一度たりともだ。
ボクはまだ運がよかったけれど、他のみんなはどうなのだろうか時々不安になって寝れない日もある。
みんなの事を想うと苦しくて辛くて、いっそ忘れたいなんて思うこともあった。
「一回落ち着いてミリヤ君。一つづつ説明してあげる、まずこの世界には転生者が他にもいるってのは知っているよね」
「あぁ、神王が話してたし」
「転生者の転生の原因は大きく二つ。世界の座標が時々乱れることがあって、その時に相互の世界にゲートができる、そのゲートを通って異世界にやってくる、世界のバグによる転生。それともう一つが、僕がこの世界に連れてくる方法で、ま、事故で死にそうになってる子を助ける目的で使うことが多いかな」
「で、世界のバグによって転生した場合なら同じくゲートを通れば元の世界に戻れる。僕が連れてくる場合元の世界の体が壊れている可能性が高く基本戻れないと思っていい」
「今回の場合、この世界の誰かが狙って世界のバグを作り出した。君たちの世界とこの世界を繋ぐバグを……そしてその結果君たちが飲み込まれた」
今回の事を引き起こしたのが誰か分からないけど、こんな目に合わせたんだ。絶対タダでは済ませない。こんなことを引き起こした責任を負ってもらう。
それと同時に、元の世界に戻れるというのなら……。
「今回、人為的にバグを引き起こしたことで元の世界に戻れる可能性は生まれた。ただそれを確実にするためにはおそらくもっとたくさんの人が被害に遭うかもしれない」
全員が元の世界に戻るために、他の被害者が生まれるのを静観するしかない……。もし元の世界に戻る可能性が確立したとして、それまでに命を失えば元の世界に戻る事はできないだろう。
トロッコ問題みたいに、どちらも正解でどちらも不正解な問題。
ボクはどうすればいいんだ。
「元の世界に戻る可能性があるかもしれないし、結局失敗に終わるかもしれない」
ただと神王は続けた。その表情はどこか寂しそうにも見えた。
「ただ……このままなら君は近いうちに命を失うことになる」
人の死ですら神王にとってはどうでもいいことのようでその言葉に感情の起伏は感じられない。表情と言葉がかみ合わない。まるでロボットみたいだ。
「死ぬと言うと? 病気か何かで死ぬの? それとも事故とか?」
「人生に試練の連続だよ? 君は最初の試練で命を落とす。ほぼ確実にね、まぁ試練は乗り越える物だから死なない未来も当然ある訳だけどね」
「試練って?」
正直、死ぬかもしれないと知って冷静でいられるわけがない。
心臓がバクバクと音を立てて騒ぎ続ける。それでも冷静でいないといけない。ほんの少しの生存への道に進むために。
「数年後、君は集落を離れる決断をする。約束があるからね」
「約束……」
転生する直前に交わした再会の約束、いつか最東の地で再会しようと。
「約束を果たす為、森に入った時森の結界が破壊され君の試練が始まる。……これ以上は僕からは話せない。僕たち神は未来を変えることは許されないからね」
森の結界、魔石の事か。魔石によって人の集落や道は安全が保障されているが、それが破壊されれば壊れた結界から魔物が外に出ることがあるのは当然か。
試練はおそらくその魔物が襲い掛かってくるからそれをどうにかしろってことか。
「ねぇずっと気になってたんだけどさ、どうしてそんな寂しそうな目をしているの?」
表情が一切変わる事のない神王。ずっと笑顔で人を明るくするようなそんな笑顔。ボクに感情を読むなんて特別な力はないけど、前の人生の二十年とこっちの五年。合わせて二十五年の経験と勘が教えてくれる。神王の感情を。
「人と別れるのは寂しいし悲しいことだよ。誰だって同じさ」
「そんなの寂しがることなくない? 今、会えているんだしまたいつか会えるに決まってるそれが何年後かはわからないけど」
その言葉に、初めて神王の表情が変化する。悲しそうに寂しそうに眉が下がる。
「僕がこうやって人と会えるのは中々無いんだ。契約者か、強い感情を持った人にしか会えない、強い感情が僕の存在と共鳴して初めてこうやって会うことが出来る。今の君はすごい幸せな感情が溢れている。……女湯ってそんなにいいものなの?」
ボクが女湯に入って興奮したから神王に会えたと言うことか。今日はいろんなこともあったしそれも合わさって神王と会えるほどの感情の昂りになったんだろう。ただ、神王は一つ勘違いしている。
「女湯がいいんじゃない、「女湯に入る」という夢が叶った事がうれしいんだ。分かるか? 大体温泉なんていっても年のいったババアかそれ以上の婆さん。それかババアとは真逆の幼女ぐらい。若い十代後半から三十前半の美女が女湯に入るというのは宝くじの一等を当てるぐらい希有なんだよ。……別に若い女の子が温泉に入らないというわけではないが、確率として若い女の子を温泉施設で見ることすら難しいんだ。つまりだな、女湯って言うのは男の求める若い女の子が裸でイチャイチャしているような場所なんかではない、男の楽園とは言うがその実は楽園から最もかけ離れた場所なんだよ。ただ、男はそんなことを知った上で、若い子がいるわずかな可能性を求めてそこに夢を持つんだ。「女湯に入る。覗く」その夢を叶えた先、その先の僅かな賭けに勝った時、初めて女湯はいいものに変わるんだ、分かったか!」
「そんな熱弁されても僕に女湯の魅力は分からないよ。性別とかの概念もないしそもそも種族が違うし、あと、君の言っていること理解しにくいよ」
伝わらないか、仕方ない。僕の心は広いからね性癖の理解を示さなくても怒らないさ。性癖は人それぞれだしな。
「……で、神王とボクは契約関係に無いからまた今日見たいに感情を昂らせないと会えないってこと良い?」
今日以上に感情が昂らせる必要があるってなると一度目の人生で叶えられなかったものが叶った瞬間とかか? 童貞卒業と宝くじ当選が同時に叶うとか。
「理解の速い子は好きだよ。そういうことだね」
「……じゃあ、契約者になる? そっちの方が感情昂らせるより楽でしょ」
「え? 君僕と契約を結ぶことの意味わかってる?」
契約を結ぶことで何かしらの制約が生まれるのだろうか。
「分かんない。けど、目の前で寂しそうな顔してる奴を無視できるような人間じゃないから」
「じゃあ、僕と契約するというのなら君は僕に何を望むの?」
「望む物……無いかな」
「そんなこと言ったら君の命をもらうことになるかもよ?」
「神王が寂しいの嫌そうだから契約するのにボクを殺したら意味ないじゃん」
「例えばの話だよ! 僕は君の精神世界に干渉することを望む。君が僕に何か望まないと契約は進まないよ」
時々、神王は子供っぽい所作をする。三万歳なんて言っても実際の中身は子供なんだろうか。
「えぇ……あ、じゃあ神王名前無いんだよね。ボクは神王の名前とボクと友達になる事を望みます。神王の名付け親になります!」
「それが望みなら……」
「神王の名前だろ? ……ゴッドキング!」
「今回の契約は無かったことにしてもいい? まだ契約を結んでないし」
「ごめんて、真面目に考えるよ」
神王って呼ばれてるしそこから参考にするとして、神王、カミオウ、カオウ……。カオウは駄目か、色々と……
神、シン? シンオウ……
――シオ
「シオ……なんてどうかな」
小学生が考えました見たいな名前だけど、これ以上いい名前も思いつかないし、口に出したときこれだと思ったし、いいよな……。
「いいじゃん。シオ、気に入った」
「こっちから望む物は叶ったし、これで契約を結べるね」
「そうだね。ミリヤ手、出して」
「神王 シオの名の元かの者ミリヤ・ソティアと契約を結ぶ」
シオの手を伝いボクの手に蛍の光のような小さな淡い光の珠が移ってくる。その光がボクの体に消えていき。シオが手を離す。
「これで契約は完了。ボクと契約した副産物として魔力量が多分増えてるからよろしくね……そろそろ時間みたい。朝が来た」
「もう、そんな時間なのか。じゃあシオまたね」
「うん、また」
「ボク達は友達の契約を結んだんだ。これからはかしこまった話し方しなくてもいいんだぞ」
「本来、それ僕のセリフなんだけどな。じゃあね」
シオの言葉で夢は覚め、目を開いた。
***
「おはよう、ミリヤ」
目を覚ませばそこには笑顔の母さんが顔を覗かせていた。




