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第25話

「長らくお休みをいただいてしまい申し訳ありませんでした」


 週明け、長いズル休みを得て私はようやく出勤して上司であるユーリ殿下に頭を下げる。前世で脊髄にまで染み込んだ最敬礼だ。


「いや。体調のほうはもう良いのか」

「はい。バッチリです」

「そうか。なら良かった」


 前世の会社なら糞上司にみんなの前で怒鳴られてグチグチと説教を何時間も聞かされるのに、殿下は気遣ってくれて目尻に涙が滲みそうになった。ああ、好きだな。


「騎士団長もお前が休んでいることに心配していた。顔を見せてやってくれ」

「はい。分かりました」


 本当に私の周りには優しい人ばかりで嬉しくなる。とりあえず通常運転に早く戻して溜まっている仕事をこなさなくては、と息混んでいるとクリス様がやってきた。


「クリス様」


 もうノックもなしに入ってきて彼に驚いていると、クリス様はユーリ殿下のほうを見ると何故か口角を上げた。私も殿下を見てみたけど何も変わらず淡々と仕事をしておかしいところなどなかった。


「どうかされましたか」

「君が復帰していると聞いて顔を見に来たんだ。顔色は悪くないな」

「わざわざわありがとうございます。クリス様がお見舞いに来てくださったおかげです」

「気にしなくていい。用事はそれだけじゃないんだ」

「え?」


 首を傾げるとクリス様はまた微笑む。今日はどうもすこぶる機嫌が良いらしい。復帰早々珍しいものを見た。


「アニエス、今度のクリスマスパーティーに私のパートナーとして参加してくれないか」

「えっ!」


 突然のお誘いに驚いてしまう。今までそんな素振りもなかったけど、知らずうちにクリス様の好感度が上がってしまっているのだろうか不安になる。


「父に参加しろと言われたのだが私には婚約者がいないんだ。頼める女性がアニエスだけなんだ」


 なんだとほっと胸を撫で下ろす。確かに変に声をかけて妃候補と噂になってしまっては大変だろう。……あれ、それって私もそういう目で見られることになるんじゃ。


 変にイベントを起こしたくないけれど、友人が困っているのは見過ごせない。王族がパートナーも連れずに参加しては面目もないものね。


「そういうことでしたら私で良ければ」

「ありがとう。では家に迎えにいく」

「あ、はい……」


 用事は済んだと部屋を出て行くクリス様を見送る。王太子のお迎えと聞いたら今度こそ父は倒れるかもしれない。ただでさえこの間のお見舞いのときに頭を抱えていたし。


 何か体に良いものをクリスマスプレゼントで贈ろう。侍女に相談してみようか、と考えていると「アニエス」とユーリ殿下に呼ばれる。


「はい。お使いですか?」

「あ、いや……すまない。なんでもないんだ」

「? 分かりました」


 珍しく歯切れの悪い殿下に首を傾げながら、とりあえず仕事をしなくてはと腕をまくった。




 ◇◇◇




 クリスマス当日。クリス様にクリスマスパーティーに誘われたと伝えると侍女たちはものすごく張り切って私を着飾りまくった。


 上手くいけば妃候補になれるかもしれないからね。でも私たちにその気はないのだけど。


 鏡の前にはちょっと可愛すぎるのではないか?と思うようなピンクのドレスを身に纏った私が立っている。精神年齢は三十は超えているのでちょっとキツイが、かわいい顔のヒロインには合っていてさすが侍女たちだなっと思った。


 ドレスに合わせてメイクと装飾品も選んでもらい、用意された紅茶を飲みながらゆっくり過ごしていると侍女がクリス様が迎えに来たと教えにきたので部屋を出る。


「クリス様、お待たせしました」


 エントランスホールに行くとクリス様は何故か私を見て目を丸くしていた。珍しい彼の顔に「何か変ですか?」と自分の格好を確認していると、彼は照れたように頬を掻いて「いや……綺麗だから驚いた」と言ってきて頬が熱くなる。


 確実にユーリ殿下と同じ血が流れているなと思いながらお礼を述べた。




 それから馬車で王城に着いて、クリス様のエスコートで会場に入る。すると一気に貴族たちに視線が集まり居心地が悪い。これは絶対しばらく噂になるだろう。


 さりげなくクリス様から距離を少し取ったのだがすぐに詰められて「真ん中で踊るか?」と言われ首を横に振る。彼は楽しそうに笑い、揶揄われたのだと気づいて本当に性格悪いなと心の中で叩いておいた。


 クリス様に部屋の隅に連れて行ってもらい、私たちは料理を楽しんだ。


 令嬢たちがチラチラと見てきていたので踊ってきて良いですよって言ったら「私は君のパートナーだ。側を離れるわけないだろう」と言われて否応なしに心臓が反応してしまって悔しくなる。



 皆が好きに過ごしてゆったりとした時間が流れていた時だった。窓の外に見える中庭のイルミネーションをクリス様と並んで眺めていると、ざわっと会場が騒つく。


 何事かと思っている隣から「……叔父上」と聞こえて驚いて振り返ると、そこには確かにユーリ殿下がいてこちらへと歩いてくる。


 殿下は私たちの前で止まると、徐に私の手を掴んだ。


「え、」

「クリス。彼女を借りるぞ」

「……貸しですからね」

「悪いな」

「え、ちょっと」


 借りられるらしい当人を省いて会話をしないでほしい。クリス様の承諾を得た殿下は私に何も言わずに私の手を引いて会場を出ていく。後ろから女性陣の悲鳴が聞こえた気がした。



 力強い手に引かれるまま歩いていると、私たちは中庭に着いて殿下の足がその先にある四阿のほうへと向かおうとしているのが分かった。


 私の脳裏に去年の楽しかったクリスマスの出来事が蘇り息を飲む。


「殿下!」


 私は出来る限りの力で足を踏ん張ると、遅れて殿下も足を止めて振り返る。掴む手が緩んだので思い切り振り払って距離を取る。私を見つめるその瞳からは何を考えているのか分からなくて怖い。


「……なぜこんなことをするのですか」

「……ここじゃあれだから、あそこに行こう」


 殿下の顔が四阿に向いたので私は首を横に振る。


「いいえ、私はクリス様のところに戻ります。失礼します」


 これ以上ユーリ殿下とここに居たくなくて踵を返して来た道を戻ろうとすると、後ろからまた腕を掴まれて気づいたら殿下に抱きしめられていた。


 背中に感じる大好きな人の体温に心臓がバクバクと騒ぎ出して体が熱くなる。


「ゆ、ユーリ」

「――好きなんだ」

「!!」

「クリスの元には帰したくない」


 抱きしめる腕が強くなり逃げられない。隙間なくくっ付いて、そこから殿下の気持ちが伝わってくるような気がした。


 静粛な時間が流れ、体を殿下のほうに向かされ頬にユーリ殿下の指が拭うように触れた。そこで自分泣いているのだとようやく気づいた。


 顔を上げると一年前と変わらない慈しむように微笑むんでくれる彼の表情に、ずっと押さえつけていた気持ちが溢れてくる。


「わ、私も…」

「……ん?」

「私も、ユーリ殿下のことが、好きです」


 気づいたら私はまた殿下の腕の中にいた。もう逃さないというように力強く抱きしめられる。


 もう気持ちは伝えないって決めていたのに。大好きな人がまた私のことを好きになってくれたことが嬉しくて幸せで。


 殿下の背中に腕を回して、胸の中で体の水分が枯れてしまうのではないかと思うぐらい泣き続けた。


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