23.泣いてる場合じゃない事態
ドオォォン……!!
また大音響が響き、地面が揺れる。
「この音は!?」
イオの肩越しに、城の尖塔が火を噴きながら崩れ落ちていくのが見えた。
『キャー!!』
妖精ちゃんたちが私にしがみついた。
轟音の余韻に被って、空気の中をヒュルヒュルと何かが落ちてくる音がする。
「チカ、隠れろ!」
イオが咄嗟に片腕だけをドラゴンの翼に変え、私の上に翳した。
今度は近くの地面が大きく陥没した。弾けた土の破片がバラバラと音をたてて降りそそぐ。
(爆弾!?)
どこかから誰かが城に向けて大砲を放っているのだ。
私の生きていた世界の兵器に比べたら、かなり原始的に思えたけれど、明確な敵意を秘めた攻撃に違いなかった。
「くそっ、アスダール王国の軍隊だ。こんな武器、はじめて見たぞ……!」
「アスダールの軍隊!?」
「そうだ。あいつらがまた攻めてきやがったんだ。生贄を囮に使ったな。ちくしょう、油断した……!」
イオが歯ぎしりする。
「でも、イオは王国の人たちに悪いことなんてしてないでしょう? なのに、どうしていつもあの人たちはイオを攻撃するの?」
「人間てやつは、憎しみの対象が必要なんじゃねえの。偽の聖女とか、邪竜とかな」
「そんな……」
話している間にも、城に向かって新たな砲弾が撃ち込まれた。城壁に命中した爆弾の轟音が、また空気を揺らす。
「俺の体につかまれ」
言われるまま彼の肩に手をまわす。
両腕だけを器用に翼に変化させ、低空飛行で近くの丘の陰に移動したあと、彼は私を地面に降ろした。
それから深呼吸をひとつ。背中を向けて歩き出す。
「イオ! 何する気!?」
「これまでと同じだ。戦って奴らを追い返す。チカはここで待ってろ」
「駄目だよ、戦わないで! もう終わりにしよう。イオは邪竜なんかじゃないって、私からみんなに話す。だから一緒につれてって」
「はあ? お前やっぱり馬鹿だろ、お人好しもここまでくると命取りだぞ」
「そうだけど……馬鹿かもしれないけど、やってみる前から諦めたくない。ねえ、一度でもちゃんと話し合ったことあった? あの人たちは誤解してる。本当のあなたを知れば、こんなことやめるはずよ」
「話し合いなんか無駄だ」
イオの口調は頑なだった。
「いい加減わかっただろう。やっぱり、人間と仲良くなんて無理なんだよ。あいつら俺が憎いんだ。今までもずっとそうだった」
彼の視線は、丘の向こう側に注がれている。
美しかった城が、私たちが大切に暮らしてきた日常が、無惨に焼かれ、煙と炎に包まれつつあった。
「チカだって殺されるかもしれない。俺と一緒にいたんだから。……俺の母親も、周りの人間全員から無視されて、嫌われてた。俺みたいなバケモノを生んだから」
「……」
「俺はチカを守る。そのためなら何でもする。邪竜って呼ばれるくらい痛くも痒くもねえんだ」
「イオ……」
「俺が信じてる人間は、チカ、お前ひとりだ。本当の俺なんて……お前が知っててくれれば、それでいい」
瞬く間に彼は巨大な竜へと姿を変えた。自らを鼓舞するように、黒い翼を大きく広げる。
「ここで待ってろ。動くなよ」
そう言って、イオは空へと舞い上がった。
「イオ!!」
私のいる丘から攻撃を遠ざけるように、城の向こうへと飛んでいく黒い翼。王国軍の砲弾が追いかける。
『人間と仲良くなんて無理なんだよ』
『あいつら、俺が憎いんだ』
『本当の俺なんて、お前が知っててくれればいい』
胸が痛い。
締めつけられるように痛い。
過去の苦い経験の積み重ねが、イオにあんなことを言わせているんだ。
捨てられ、誤解され、傷つけられた記憶が。
そして、とても怯えてる。その気持ち、私にもよくわかる。
(だけど……)
たぶん、それはアスダール王国の人たちも一緒だ。
彼らはイオを知らない。この戦いの虚しさも知らない。イオを攻撃する理由なんて、本当は何もないってことも。
だけど、戦闘は始まってしまった。イオは私を守ろうとしてくれてる。
戦いのなかで彼が誰かを傷つけてしまったら、その誰かはイオを恨み、憎むだろう。そしてまた憎しみの連鎖が続く――
そんなの、我慢できない。
城の周辺で炸裂する爆弾が、また足元を揺らし、思わず膝をついた。
涙がこみ上げそうになるのを必死で抑える。
(今は泣いてる場合じゃない!)
震える足で立ち上がった。
地響きのなか丘を登り始めた私を見て、びっくりした妖精ちゃんたちが宙を飛んでついてくる。
『チカ、ドコ行クノー!?』
「戦いをやめてもらいに行くの。こんなの間違ってる、私がイオを守るわ!」
『エェー!?』
『危ナイヨ、チカー!』
『イオニ叱ラレルヨー!』
「大丈夫、あとで私が代表して叱られるから!」
『ダイジョーブジャナイッテバー!!』
髪や腕にしがみついて止める妖精ちゃんたち。
小さな体を普段イオがやっているみたいに引き剥がし、私は丘を駆け降りた。




