表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巻き込み事故で異世界召喚された私が、なぜか邪竜サマの最愛の番になった話  作者: 天希莉緒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/28

22.傍にいたいから

 袴田はかまださんをのみこんだ光の渦の表面には、東京の景色がまだ消えずに映っている。


『サヨナラー』

『モウ来ナイデネー』

『アー、コワカッター』


 渦に向かって、やけに嬉しそうに妖精ちゃんたちが手を振っている。

 ゆらゆら揺れる水面を見下ろし、ひとまず私も胸を撫でおろした。


「よかった……ちゃんと帰れたよね、袴田さん」


 そう呟いた、私の耳に。

 ぽつりと、イオが問いかける声が聞こえた。


「お前も帰るか?」 


「……いま、なんて言ったの?」


 聞き間違い。あるいは、冗談。

 でも、イオは真剣な瞳で見つめ、もう一度、私に向かって尋ねてきた。


「だから。帰るか? 元いた世界に」


「どうして……そんなこと言うの、イオ」


 思いがけない彼の言葉に、思いがけないほど動揺している自分に気づく。


『エエー! イオ、ナニ言ッテンノ!?』

『頭オカシクナッチャッタノ!?』

『行ッチャヤダヨ、チカー!』


 妖精ちゃんたちがイオの髪の毛を引っ張って喚く。

 うるせえな、と呟きながら妖精ちゃんたちをやんわり引き剥がし、イオは無表情で言葉を継いだ。


「チカも帰りたくなったんじゃないかと思ってさ。トーキョーは便利で清潔で刺激的で楽園みたいな世界、なんだよな。たしかに、やたら楽しそうな景色だ。明るすぎて昼か夜かもわかんねえ」


 そう言って、光の渦へ視線を向ける。


 水面に揺れる映像は、クリスマスが近づく東京の夜の風景を映し出していた。

 まるで太陽みたいに眩い光を放つ百貨店のショーウインドー。

 ホテルの窓やファッションビルのネオンの輝き。

 着飾って楽しそうに行き交う人々。

 街路樹を彩るイルミネーション。キラキラときらめく、幻のように美しい街。


「ねえ、聞いて」


「あの小娘は、いろいろ言ってたけど」


 イオが私の言葉を遮った。淡々と続ける。

 

「俺から見たチカは冴えない女なんかじゃねえよ。賢くて優しくて、勇気もある。そのぶん強情だけど、それでいい。他人がどう言おうと気にするな。お前なら、どんな場所でだってやっていける。自信持って生きろ」

 

「イオ……」


「お前といて楽しかったよ、チカ。もう充分だ。お前は充分、俺を幸せにしてくれた。今ならトーキョーに帰れる。ちょっとめんどくさそうな感じの世界だけどな、あの小娘は喜んで帰って行ったし、良いところなんじゃねえの。ま、俺みたいなのといるよりはマシだろ」


『イオー』

『我慢シテル……!』

『イッショニ、イタイクセニ……』


 妖精ちゃんたちが泣いている。 

 どこか苦しそうにも見える表情で、イオは続けた。


「俺に悪いとか思うな。頼むから、幸せになってくれ。それが俺の一番の望みだ」


「……ありがとう。イオは優しいね」


「気づくの遅えよ」


 イオが苦笑いを浮かべた。

 

 光の渦の淵に立ち、水面を見下ろしてみる。

 映しだされる都会の景色は、次第に薄くなりつつあった。


 自分の気持ちを整理するように、言葉を口に出してみる。

 

「……東京は。私の生まれ育った日本はね、便利で清潔で刺激的な楽園。それは本当のことだよ。楽しい場所がたくさんあって、美味しい食べ物も溢れてるの」


「へえ。だから、お前のつくる飯は美味かったんだな」


 腕を組み、唇の片端を上げてイオが言う。美味かった。過去形だ。


「あの世界で私、前は上手に生きられなかった。袴田さんが言ってた通りよ。でも、今なら何とかなりそうな気がする。イオと出会って、自信をもらったから」


「そうか。そりゃ、よかった」

 

 イオが頷いた。手をひらりと振って、城のほうへと歩き出そうとする。


「じゃあな。早く行け、門が閉じちまう」


「私、帰らない」


 今度は私が、イオの言葉を遮っていた。

 驚いたように目を開き、イオが私を見る。

 

 自分の心臓の音が太鼓のように響いてる。

 深呼吸をして、ぎゅっと拳を握った。


「ここにいたい。残りたい。理由が、あるの」


「何だよ、理由って」


 続きを語るには、勇気が必要だった。


「一緒に、いたいから。イオと」


 イオが息を呑む気配がした。

 彼が何かを言う前に、続ける。

 

「もう会えないなんて嫌。どんなに便利な世界でも、自信を持って生きられたとしても――イオがいないと意味ないの。私、あなたみたいに長生きじゃないから迷惑かけるかもしれないけど……でも、お願い。そばにいさせて」


 振り絞るように、言い切った。


「チカ……」

 

 私の名前を呼んだきり、イオは黙ってしまう。

 顔を見て、また目を逸らし、眉間に皺を寄せて。

 

『チカ、ココニイテ!』

『ナンカ言エー、イオー!』


 イオの足もとで妖精ちゃんたちが騒ぐ。


「うるせえって、静かにしてろよ」

 

 照れ隠しのように妖精ちゃんたちに言い、イオはもう一度、私を正面から見つめた。


「自分がなにを言ってるか、わかってるか?」


「うん。わかってる」


「……後悔するぞ。俺はバケモノだ」


「バケモノなんかじゃないよ。イオはイオだよ」


 強く言い返す。

 イオの唇が歪んだ。


「それだけじゃない。俺は口が悪い」


「知ってるってば」


「あと、めちゃくちゃ執念深い。今を逃したら、お前は永遠に元の世界に帰れないし、俺から離れられないぞ。それでもいいのか」


 澄んだ紫色の瞳を見つめかえし、頷く。


「いい。後悔なんて、一生しない」


 振り向いて、光の渦を見た。

 水面には、もう何も映っていない。小さくなって消えていく。


(そう、後悔なんてしない)


 私は、ここに残る。

 一緒にいたい人がいる世界こそが、私の楽園。やっとたどり着いた、「帰りたい場所」なんだ。まさかそれが、こんな異世界だとは思ってなかったけど。


 イオが呆れたように息を吐いた。


「さっき賢いって言ったけど、あれ撤回するわ。バカだな、お前」


「なっ……ちょっと、何よそれ!?」


「可愛いって意味だ、バーカ!」


 憎まれ口を重ねて、イオが顔を歪める。泣き出す直前の小さな子供みたいに。

 それから満面の笑顔になって――いきなり私を抱きしめた。


「い、イオ!?」


 慌てる私の耳元でイオが囁く。


「充分なんて嘘だ。俺、もっと幸せになりたい。もっともっと……ずっと、お前と一緒にいたい。チカ、俺の……に、なってくれ」


「え……イオ、何て言ったの?」


 突然の抱擁にビックリして、彼の言葉の一部が聞き取れなかった。


「だから、俺の」


 イオが繰り返そうとした台詞は、次もやっぱり聞くことができなかった。

 彼の声を掻き消して、大音響が轟いたのだ。

 まるで爆弾が炸裂したみたいな、激しい轟音が。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ