18.聖女の末路
「せ……センパイ? なんで……なんで生きてるの!?」
両手両足を縄で縛られた袴田さんが呆然と呟く。
しばらく会わない間に、彼女の容貌は激変していた。
痩せ細り、肌は荒れ、艶々だった巻き髪は枯れ草みたいに傷んでいる。元いた世界で職場のお姫様として鳴らしていたときのキラキラ感は微塵も残ってない。
そもそも、異世界召喚された直後に生贄として捨てられた私と違って、袴田さんは救国の聖女に認定されていた。
そのうえ、アスダール王国の王様……ラスティンだっけ? あの人と結婚して、悠々自適の生活を送っていたはず。
そんな彼女が、なぜ、ここに?
「袴田さんこそ、何があったの? どうしてこんなところに……王妃様になったんじゃなかったの?」
助け起こしながら問いかける。
窪んだ目に悔しさを滲ませ、袴田さんは唸るように言葉を絞りだした。
「そう、みりあ、王妃になったの。みりあは可愛い、ありがたい聖女様だって言われて。みりあは居るだけで王国に加護をもたらす宝物だからって。なのに……」
「なのに?」
前屈みで地面に頭をこすりつけるようにして、袴田さんは叫んだ。
「あいつら、あとになってコロッと態度を変えやがったの! 飢饉も天候不良もおさまらないって、だからみりあは聖女じゃない、偽物だって。みんなを騙した罪で死刑だって!」
聞けば、袴田さんが王妃としてチヤホヤされたのは最初だけだったという。
神殿で祈ることが聖女兼王妃の唯一の仕事だったけど、彼女が祈っても何も効果がないことは、すぐに露呈した。
考えてみれば当たり前の話だ。
違う世界からやってきたというだけで、袴田さんは普通の女性。聖女なんて、アスダールの人々が勝手に押し付けた役割にすぎないんだから。
「王様は助けてくれなかったの? 夫婦になったんでしょう?」
「助けてくれるも何も、みりあを生贄にするって言い出したのはラスティンよ!」
国民からの風当たりが強くなると、ラスティン国王は掌を返したように妻に冷たく当たるようになったというのだ。
宮殿の中に袴田さんを守ってくれる人は一人もいない。異世界から来た王妃には、誰の、どんな後ろ盾もない。庇っても得はないと、みんなわかっているからだった。
ともあれ偽の聖女と断定された袴田さんは、ラスティン国王にあっさり離縁されてしまった。
あげくに投獄され、生贄としてこの森に運ばれることになったという。
「ひどい……」
森に入り込んできた赤毛の少年・ロニーが言っていた言葉を思い出す。
『今度の聖女様もダメだった』。
それが、こんな事態を意味していたなんて!
「あのクソ国王、最期くらい役に立てって、邪竜に喰われて怒りを鎮めろってみりあに言ったの! 意味わかんない! みりあ、なーんにも悪くないのに、どうして死ななきゃならないのー!?」
叫ぶようにかきくどいて、袴田さんは声をあげて泣きだした。
「意味わかんない」
「どうして死ななきゃならないの」
それ、数か月前に私も思ったっけ。
あの時、袴田さんは笑ってたけど。
しかも彼女の嘘も手伝って私は生贄コース直行だったわけだけど……そのあたりは綺麗さっぱり忘れちゃったかな?
(……なんか、もう、どうでもいいか)
目の前で号泣する姿を見るうちに、可哀想になってきた。
二人同時にこの世界に召喚された袴田さんと私。
たとえ私が聖女に認定されていても、彼女と同じ運命を辿っていたはずだ。ぜんぜん他人事じゃない。
竜の姿のイオが溜息をつく。枯れ枝だけの周囲の木々が風圧で大きく揺れた。
「あいかわらず迷惑なこった。生贄なんぞ要らねえっての」
イオが大きく翼を広げる。
そのシルエットが見る間に縮小してゆき、ものの数秒で彼は人間の姿になった。
「え……え……なに?」
初の変身シーンに目を剥く袴田さん。
彼女に近づき、イオが右手を軽く上げる。
細い手足を戒めていた縄が、ひとりでに解けて地面に落ちた。
「ええ!? 何なの、誰なの、この人……!」
「俺の名前はアイオライトだ」
混乱する袴田さんを見下ろし、やたら自慢げに彼は名乗った。
「アイオライト……?」
「チカの知り合いなら、『イオ』って呼んでも許してやるぞ。お前ら人間からは『邪竜』って呼ばれてるみたいだけど失礼な話だぜ。俺、ヒトは喰わねえから」
「ほ……ほんとに? 人間は食べない? みりあのこと食べない?」
袴田さんが私のほうを見る。
「セ、センパイ。この人の言ってること本当? だって、邪竜でしょ?」
「大丈夫、人喰い邪竜なんて大嘘よ。彼、優しいから安心して。私のことも助けてくれたの」
「そうなの!? じゃあみりあ、死ななくていい? やったー! しかも邪竜サマ、すっっっごい、イケメン!!」
袴田さんの顔に、たちまち生気が戻った。
このへんの切り替えの早さとポジティブシンキングは流石だ。私も見習わなくちゃいけない。無理か。
「イケメン? どういう意味だ?」
きゃあきゃあ騒ぐ袴田さんに呆れ気味の視線を向けながらも、イオは再び竜の姿になる。
「チカ、とりあえず、こいつを連れて家に帰るぞ。王国の奴らがまだ近くにいたら面倒だ」
「そうね、そうしよう。袴田さん、一緒に来て」
「はーい! すごーい、みりあ、竜に乗るのなんか初めてー!!」
袴田さん、まるでテーマパークのアトラクションに向かうみたいなはしゃぎようだ。
ともかく、ハイテンションの後輩と私を背中に乗せ、イオは大きな翼で空へと舞い上がった。




