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巻き込み事故で異世界召喚された私が、なぜか邪竜サマの最愛の番になった話  作者: 天希莉緒


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10/28

10.森への侵入者

 その朝。

 いつものように私とイオは、森の中を歩いていた。


「あんまり俺から離れるなよ」


「はあい」


 一緒に暮らすうちに、わかってきたことがある。

 イオはとても過保護だ。

 慣れない異世界での生活で、私が危険な目に遭わないか、いつも心配しているみたい。

 今日は普段あまり選ばないコースだから、余計に声をかけてくる。


(あ。あのお花、かわいい)


 少し離れた緑の間に、珍しい花が咲いているのが見えた。

 今まで見たことのない種類だ。

 小さな薔薇みたいな形。深くて綺麗な紫色の花びらが風に揺れている。


「おい、どこへ行く?」


 道を逸れて歩きだした私に、イオが声をかける。


「ちょっと待ってて。向こうに咲いてるお花、持って帰りたいの」


「またかよ。そんな場所まで採りに行かなくたって、花なんかどれも同じだろ」


「同じじゃないよ。あのお花、イオの目と同じ色だよ? 綺麗な紫」


「……あっそ。じゃあ好きにしろ」


 呆れたように笑うイオ。


『見テー! メズラシイ蝶々ガイルヨー』

『イオー、来テー』

『ハーヤークー!』


 道の脇の樹上で妖精ちゃんたちがイオを呼んだ。可愛いものを見つけたらしい。


「お前ら、チカに似てきたな」


 苦笑しながら、イオが器用に両腕だけを翼に変えて妖精ちゃんたちのもとへと向かう。

 にぎやかな声を背中に聞いて、私はひとり、花の咲くほうへと小走りに急いだ。


 花の群れの先は、ゆるい斜面になっていた。

 そこそこ角度があることで、かえって日当たりがよくなっている。 

 緑の絨毯の上には、オレンジみたいな実をつけた低い木々が密生していた。

 爽やかで甘い香りが周囲に漂う。

 

(こんな場所があったのね)


 葉が風にそよぐ音。空では鳥が歌っている。

 オレンジ色の果実はみずみずしく艶めいて、美味しそう。


(はじめてここに来たときは何もない森だったのに、変われば変わるものだなー)


 森の変化は、そのまま私がイオに抱く印象の変遷と同じだ。

 最初は怖くて荒々しいドラゴンだった彼。

 今は穏やかで、あいかわらず口は悪いけど優しくて、一緒にいても毎日ちがう発見がある。本当に、この森みたいに。

 そんなことを考えながら、深呼吸をしたとき。


 少し先の木陰で、小さな影が動いた。

 狐でもいるのかな、と思った瞬間。

 ビシッ、と小さな音をたてて、額に固いものが当たった。


「痛たっ!」


 思わず声を漏らした私の足もとに、小さな石が転がる。

 痛む部分に手をやると、指先に少し血がついた。石が額にぶつかって切れたらしい。

 

「誰か、いるの!?」


 呼びかけると、木の後ろの陰が動いた。

 現れたのは、


「え……子ども?」」


 幹の向こうから、小さな顔が覗いている。赤い巻毛の少年だった。


「お……お姉さん、普通の人? 魔物じゃないの?」


 少年が小声で尋ねた。

 目をまん丸に見ひらき、怯えた表情でこちらを凝視している。

 固く握った右手がほどけ、小石が落ちた。

 石を投げたのは、この子だ。


「そうよ、普通の人。……あなたも、よね?」

 

 もう攻撃してくる様子はない。

 そう判断して問いかけると、男の子は青い顔で頷いた。

 

「ゆ、ゆるして。まさか人がいるなんて……魔物が出たと思ったんだよ。ここは邪竜様の森だから」


 答える声が震えている。

 恐怖と、おそらくは人を傷つけてしまった罪悪感からか、少年は涙を浮かべていた。うん、悪い子じゃない。


 十歳か、十一歳くらいだろうか。

 まだあどけなさの残る顔立ちに粗末な服装。抱えた麻袋の上部から、いっぱいに詰めたオレンジ色の果実が見えるわ


 ぶるぶる震える手で、少年は麻袋をこちらへと差し出した。


「ごめん……怪我させて、ごめんなさい。あと、果物を盗んでごめんなさい。ぜんぶ返します。ここ、お姉さんの土地だよね」


「いいよ、大丈夫。その実も持って帰って。ここ、別に私の土地でもないし」


 そう声をかけると、少年の目に涙が溢れた。


「ありがとう……ありがとう! これ、父ちゃんと母ちゃんに食べさせてあげるんだ。うちにはもう、何にも食べ物がないから」


「そうなの?」


「うん。村のみんなが、邪竜様の森にだけ緑が見えるっていうから入ってみたんだよ。ここなら何か食べられるものがあるかもって……」


「食べ物を探して、森に入り込んだってこと?」


 彼にとって、ここは危険な邪竜の住処。

 自分以外の人間はいないと思っているところへ急に何かが現れたら、それは驚いて石も投げたくなっちゃうよね。


「勇気あるね、きみ」


 思わず言うと、少年は驚いた表情になった。

 そして、


「お姉さん、名前は何ていうの」


「私? 私はチカ。あなたは?」


「……ぼくは、ロニー」


「そう。よろしくね、ロニー」


 私が差し出した手を、ロニーと名乗った少年は、おずおずと握る。こわばっていた幼い顔が、ようやくゆるんだ。


(よかった、笑ってくれた)


 心の距離が近づいた。

 名前を伝えあう。それは相手を認めて、向き合う姿勢を示す行為だから。


 今になって、本当に理解できた気がする。

 名前を欲しがったイオの気持ち。

 悪くねえ名前だ、と笑ったときの、彼の喜びを――


「チカ、血が出てる。ごめんね、怪我させちゃった」


 ロニーが心配そうに見上げてくる。

 やっぱり、悪い子じゃないんだ。


「大丈夫、気にしないで」


「そんなの無理だよ。でもごめん、ぼく、きれいな布とか薬とか何も持ってなくてさ……」

 

 よく見ると、彼、ひどく痩せている。

 髪の毛も肌も傷んでいて、栄養状態が悪そうだ。


「……森の外の暮らしは、大変?」


 私の質問に、ロニーは意外そうな表情をつくる。そして逆に訊き返してきた。


「知らないの? みんな腹を空かせて泣いてるよ。畑の麦も全滅だもん。ずっと日照りが続いてて……」


「ずっと……!?」


 愕然とした。


 私は、アスダールの国は豊かに変わったと信じ切っていた。

 だって、王宮には袴田さんがいる。

 彼女は『聖女』なんでしょ?

 聖女が祈れば、国は豊かになるんじゃなかったの? 

 そのために、わざわざ彼女を異世界から呼び寄せたんだよね? 私を巻き添えにしてまで。


「ねえ、袴田はかまださ……ええと、聖女様はどうしてるの? アスダールが豊かになるために祈りを捧げているはずでしょう?」


 ロニーの顔が、ふたたび曇った。


「聖女様? ああ、王妃ミリア様のことだね。父ちゃんが言ってたよ、今回の聖女様もダメだったなって」


「今回の聖女様も、って……それ、どういう……」


「チカ? 何してる?」


 背後から声がした。


『チカー?』

『ドウシタノー?』


 私がなかなか戻らないことを訝しんで、イオと妖精ちゃんたちが近づいてきたのだ。


「あっ、イオ。あのね」 


 ――このときの私はまだ、次に何が起こるかを予想できていなくて。

 ただ無防備に振り向いてしまった。

 自分が額に傷をつくってることを、すっかり忘れて。


 私を見たイオが、顔色を変えた。


「チカ! どうした、その傷!?」


「え? 平気よ、こんなの。それより……」


 私の声を掻き消して、ひきつったような悲鳴が空気を裂く。

 しまった、と思った時には、もう遅かった。

 

「ば……化け物!!」


 ロニーが、イオを指さして叫んでいた。


 無理もない。イオの容姿は確かに異形だ。

 頭には角、腕には鱗。私はとっくに見慣れたけど、初対面の子供が怯える要素は充分だ。


「お、おまえ、邪竜の手先だろ!」


 幼い手が地面の石を掴む。


「あっち行け、化け物!!」


 ロニーが石礫を握った腕を振りかぶった。

 いけない、恐怖のあまり攻撃しようとしてる!


「この、ガキ……!」


 イオの双眸がギラリと紅く光った。


「やめてイオ、違うの!」


 両者のあいだに誤解が生じていると気づいたときには、もう遅かった。

 イオが怒りの表情で右手を高く振り上げる。その掌の先に、一瞬で炎の球が出現した。


「ロニー、逃げて!」


 叫んだけど、ロニーの方は恐怖で固まってしまってる。


「おまえ、チカを傷つけやがったな! 許さねえ、死ね!!」


 イオが右手を振り下ろした。

 巨大な炎の塊がロニーめがけて放たれる。


「だめ!!」


 止める間なんかない。

 私はロニーにしがみついた。倒れる彼の上に覆いかぶさる。

 同時に、ゴウッと風が渦を巻く音が全身を包んだ。


(熱い……!!)


 がくりと視界が揺れた。

 体が沈む感覚と、全身を焼かれる痛み。


「チカ!!」


 イオが悲痛な声で私の名を呼ぶ。


『キャー!!』

『チカー!!』


 妖精ちゃんたちの悲鳴。

 ロニーの体を抱いて、斜面を転がり落ちながら。

 すべての音が急激に遠くなり、すぐに何も聞こえなくなった。



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