駄目鳥
街の外に出ると、小山を一つ越えた先にある高原に向かう。
野生の生物が多数居るが、その中に一際大きい存在が映る。
「あいつだな」
駄目鳥。
普段は高い山の方に住んでいるが、稀に街の近くに現れるという。
その度に討伐依頼が舞い込んできて傭兵達の餌食になっているそうだ。
「確かに駄目そうな顔だ」
とぼけた様な顔をしてフラフラとしている。
「だが何をするか分からない奴は対処に苦心するぞ」
宙を舞うと言うが、飛ぶのではなく跳ねると聞いた。
降りてくるのならば其処を斬ればいい。
「すぐに仕留めてやる」
「逸るな。劣化魔術は使えるか?」
「問題ない」
集中すると自身の体に纏わりつく劣化魔術の感覚が広がる。
「纏ったまま戦え、それも修行だ」
「ふん」
私は返事をすると剣を構える。
「駄目鳥の索敵能力だと気付かれずに近づくのは無理だ」
「なら、最短で行く!!」
真っ直ぐに駄目鳥に向かっていく。
劣化魔術の効果で風の様に、高原を突っ切る。
意識する様になって分かった、速度と思考の関係。
低速の中で思考を巡らせる事と、高速の中で思考する事の差異。
速さに慣れる事は、そのまま”思考の加速”にも繋がる。
私はまだまだ強くなれると確信する。
足音すら置き去りにして突き進む。
風圧で草木が騒めき、駄目鳥がこちらに気付いた。
「くわぁああっ!!」
甲高い声で叫ぶ、耳をつんざく様な衝撃を感じた。
「……!」
後ろのガオリスが何かを言っているが上手く聞き取れない。
聴覚に対する遠距離攻撃、駄目鳥も無能では無い様だ。
私に与えられた選択肢は三つ。
距離を取る。
制止して迎撃。
加速して近づく。
「実質一つだな」
歩を緩めずに神速で近づく。
音の発生源を潰す。
そう思って駆ける私の世界に、既に音は無い。
集中力が高まっていき、不要な情報は一方的に遮断していく。
無駄が無くなり、ただ獣を殺す為だけの獣と化す。
「ししししっ」
口元から歪な笑みが漏れていた。
殺したくて仕方がない。
人に仇なす全ての物が憎くて仕方なかった。
瞬足。
刻む事への執着があらゆる物を凌駕していく。
感情すら燃やし尽くして、鳥類を狩ろうとした。
瞬間。
駄目鳥は、羽を広げて威嚇してきた。
――それは、あの赤き竜の面影を宿していて。
途端、視界が赤く染まる。
燃やし尽くしていたはずの感情が鮮血に滲んだ。
「あぁああああっ!!!」
目の前が赤くて見えない。
「ふざけるなぁ!!!」
関係ない、ただ剣を振るう。
「オマエが村を父さんを母さんを……!? 殺してやる! 殺してやるぞぉお!!!!」
その羽を斬り飛ばしてやる!
その足を斬り飛ばしてやる!!
その頭を斬り飛ばしてやる!!!!
剣を振るい続ける。
だが、思いとは裏腹に何の手ごたえも感じられない。
赤くて暗くて何も分からない。
「こけぇえええっっ!!!」
不意に聴覚が帰ってくる。
聞こえたのは上方だった。
駄目鳥は宙を舞う。
跳躍した駄目鳥が降下する音が響いてきた。
私は剣を天に突き上げて迎え撃つ覚悟だった。
「馬鹿野郎が!!」
「がはっ!?」
横からはね飛ばされて草むらを転がっていく。
衝撃でむせてしまった。
「一旦体勢を立て直せ!!」
「ガオリスか……?」
立て直す?
私は別に何もおかしく……。
あれ……?
何も見えない、視界が赤黒く染まってしまっている。
服で拭うと少しマシになってきた。
「血……?」
目元を拭った服に血が付いている。
理由が分からない、怪我をした訳では無いのに目から血が流れていた。
「お前さんがどんな気持ちで戦っているのかは知らん」
ガオリスの声が聞こえる。
駄目鳥の攻撃をいなしながら私に声を掛けてきていた。
「だが、”冷静に”最短を貫くのが劣化魔術の奥義だ」
「冷静に……」
「少なくとも、目の前のコイツはお前さんの仇じゃないだろう」
怒りで見失っていた思考が戻ってくる。
私は駄目鳥に”赤い竜”の面影を感じてしまった。
その憤りがこの血の涙を呼んだとするのならば。
「……それは不要だな」
目元を何度か拭うと、視界を確保できた。
「もう大丈夫だ、ガオリス」
「もう少し休んでても良いんだぞ」
「何を言う」
私は立ち上がると、立ち直ると言った。
「そいつを刻みたくて仕方ないんだ!!!」
二度は失敗しまいと、剣を構えるのだった。
元々一話であっさり倒す駄目鳥戦でしたが、興が乗ってしまい狂戦士となってしまいました。
興だけに!




