オネェの食事チェック
「ちょっと、アンタそれ本気!?」
魔法の鏡が繋がるなり、朝の挨拶もなく怒られてしまって肩をすくめる。
詳しく言われなくても、何のことかはわかっている。
「あの……本当、いつもこんな感じなので、気にしないでくださいね」
「気にするわーーー!!! なんなのその、小鳥ちゃんの餌みたいな食事はッ!!!」
おかしいわ……。
そんなに変な内容じゃないのだけど。
鏡の近くに移動させた食事用のテーブルの内訳はこんな感じ。
木の実を練り込んだ丸パンがいくつか入った籠。
新鮮バターとジャム。
ゆで卵の白身と黄身を分けて細かくしたものが散らされた鮮やかな色合いのミモザサラダ。
燻製肉と野菜のスープ。
食後のデザートに数種のベリー。
ミルク入りの紅茶。
「十分では?」
「食事の内容は……まぁ、質素だけど料理人の工夫も垣間見えて良いわ。大して食べないアンタのために努力したのがよくわかる。だけど……何なの、その量!!! 少な過ぎるわよッ!」
もう一度見てみよう。
丸パン→子供のこぶし大のが五つ。
サラダ→手のひらに収まるサイズ。
スープ→お皿の底が透けるくらい。
バターとジャムは小瓶に入ったものだし、ベリーも大きなガラスの器に盛られているので除外されるはず。
紅茶は文句の言われようがない。
「いつも籠に入ったパンは三つなんですが、昨日二つ食べたから増やしてくれたみたいですね」
「これで完食できないっていうの……!?」
愕然とした表情を浮かべるフローラの前には、もっとたくさんのお皿が並んでいる。
えーと、数種類のパンに、バターやら諸々のペースト類、大きなオムレツ、チーズにハム、サラミに酢漬けの魚、大皿のサラダ、各種フルーツ。
パンの中には綺麗な焼き色の手のひらより大きそうなプレッツェルもある。
飲み物はミルクにジュースに紅茶とそれぞれ用意されている。
……美味しそうではあるけれど、見ただけで胸やけしそうな量だ。
果たしてあれは一人で全部食べるのかしら?
「今日はフローラとお話しながらなので、全部食べられるかもしれません」
「頼むから、せめて全部食べてよね……」
そんなことを言いながら、食事前のお祈りを済ませて食べ始める。
私がちまちまと小ぶりのパンにバターを塗っていると、フローラがおもむろに空のグラスを取り出して、野菜やらフルーツを入れ始めた。
「フローラ様特製ドリンクのレシピを教えてあげるから、アンタも明日から飲みなさい」
言うなり、グラスの中に入れられた材料がみるみるうちにすり潰されて液体に変わる。
多分……スムージーよね、あれ。
グラスの中で魔法を使うという、器用だけど魔法の無駄遣いに思えるパフォーマンスをしながら、出来上がった液体を口にするフローラを見つめる。
「くぅ~ッ! 朝はやっぱりコレよね~!」
ゴクゴクと飲むようなことはせず、お上品にゆっくりと飲み下しながらフローラはしみじみと言う。
このオネェ、優秀な魔法使いだけあってかなり時代の先を進んでいるわ……!
「その飲み物、砕いた氷を入れたり凍らせたフルーツを入れたらもっと美味しくなるのでは? グラスを冷やすのも手ですが……」
私の言葉にハッと目を見張ったフローラは、もう一度魔法を使う。
液体に細かな氷の粒が混じり、グラスの表面が汗をかいたところで、ゴクリと一口。
「ヤダぁ……ヒルデ、アンタ天才じゃなぁい!!!」
嬉しそうに破顔するフローラに、私はニッコリと微笑んでパンを口に入れた。
***
「食事の所作はね、問題ないのよ。流石は王妃ね。姿勢もマナーも文句の付けようが無いわ」
「わぁ! フローラに言われると嬉しいですね」
「だけど……如何せん、量が圧倒的に足りていないわ。このままじゃアンタ……枯れ枝みたいにポッキリ折れてしまいそうよ」
食後の紅茶を飲みながら、フローラの評価を聞く。
食事相手がいてくれたからか、『たくさん食べろ』というプレッシャーが大きかったからか、私はとりあえず用意されていた食事を平らげた。
大きな器に盛られたベリーは彩りや飾りも兼ねているので全部は食べられなかったけれど、私にしてはよく食べたと自分で自分を褒めてあげたい。
「これだけ食べて、どう? はち切れそうなほど苦しいかしら?」
「うーん……まだもう少しだけなら、食べられそう、かも?」
ゆで卵一つくらいなら、増やせるかもしれない。
「昼食は、いつもの量より少し増やして、肉と魚もそれぞれ一皿ずつ追加するように言いなさい。肉は二皿でも良いわ。アンタに特に足りていないのは、肉よ肉!!」
「お肉、ですか……」
肉料理、あまり好きじゃないのよね……。
どちらかといえばまだ魚の方が食べられる。
スープに入った燻製肉程度なら問題ないのだけど、肉料理となるとソースがくどくて重たい。
肉自体も臭み消しにハーブが大量に使われるけど、それもあって余計に臭みを感じてしまう。
そう伝えると、フローラはうんうんと悩み始めた。
「肉の臭み、ねぇ……燻製肉なら食べられるんだから、ヴルストも食べられるでしょ? ヴァイス・ブルストはどう?」
「仔牛肉なんて、王妃でもそうそう毎日は食べられませんよ」
ヴルストというのはソーセージのことで、茹でただけのものもあれば燻製したものなど種類は様々。
中でもヴァイス・ヴルストは仔牛肉を使った白いソーセージで、臭みも無くてふわふわとして食べやすい。
確かにあれなら毎日だって食べられるけど、材料が高級過ぎる。
「今まで大して食費がかかっていなかったんだから、しばらく仔牛を食べ続けたって文句を言われる筋合いは無いんじゃない?」
王子様らしい発言だけど、流石にそこまで厚かましくはなれそうにない。
私も食道楽に狂った王妃と呼ばれたくはないし。
「いやいや……でも確かに、塊肉よりはひき肉料理やヴルストの方が食べやすいかもしれませんね」
「それと、もっと臭みが少なくてあっさりした肉料理を出せって言いなさいよ。その辺のことは、プロに任せれば何とでもなるでしょうが」
「うーん……」
多分、どっしりと濃厚な肉料理が出るのは素材や調理法の問題もあるけれど、単純に陛下やブランカが好きだからだろう。
それなのに、真逆の要求をするのは憚られる。
そう言った私に、フローラは立ち上がって怒り出した。
「アンタね、そんなの今更なのよ! 少食な王妃のためにあんなに配慮した食事を用意する人間が、その程度の要求を呑めないわけがないじゃない! 王妃でしょ!? 我儘言って、周囲を振り回して、それで創意工夫を凝らした料理が出てくるなら、それで良いじゃない! 変なところで遠慮なんかしてるんじゃないわよ! 逆に、食事を作ってくれる人に失礼だわ! アンタがそんなに痩せ細っている方が、いい迷惑よ!」
「そう、ね……」
フローラの言うことは、尤もだ。
味付けの濃い凝った派手な料理を好まない私に、質素に見えるけれど栄養を考えたり、彩りを良くして少しでも食欲が湧くようにと工夫してくれているということは、フローラに言われて初めて気が付いた。
言われるがまま量を減らされていただけではなかったことを、今更になって知ることになるなんて。
私は早速、フローラの指示に従って食事の量を増やすようにお願いした。
全体的に少しずつ量を増やして、スープはクリームなどを使ったコッテリとしたものに。
食事ごとに、魚と肉料理を一皿ずつ。
肉料理は臭みの少ないあっさりとした味付けのものが好きだと伝え、ヴルストやひき肉料理も出すように頼んだ。
寝込んだせいで体力が落ちたので、身体の肉を増やして体力を付けたいと言った私に、食事を用意する人間たちは応えてくれた。
そして昼食時には私の好みを知りたいと、たくさんの一口サイズの肉料理の小皿が並ぶことになった。
あまりの行動の早さに目を白黒させた私を見て、フローラ「ほらね」とにんまりと笑みを浮かべたのだった。




