継母の食事事情
どうなることかと思っていたけれど、イケメンオネェことフローラは、約束通り二日後の夜に鏡を繋いでくれた。
今日も麗しい姿をしたフローラだけど、この時間はもうオフなのだろう。
袖口の膨らんだフリフリしたブラウスにパンツという、ラフな格好をしている。
かくいう私も食事とお風呂を済ませてきたので、湯上りしっとり状態である。
二人とも、今日は椅子を用意して既に着席済みだ。
私は傍にある鏡台の椅子を引っ張ってきただけなのだけど。
早速フローラは、鏡に映る私を見て眉をひそめた。
「ちょっと、まだ髪が濡れているようだけど? 湯冷めしないでしょうね?」
髪はお風呂上りに、侍女がしっかりと拭いてくれた。
だけどタオルドライしかないので、乾ききっていないのは仕方ない。
フローラは魔法使いなので、もしかするとドライヤーのように髪を乾かす魔法もあるのかも?
私の体調は、この二日間ですっかり戻っていた。
医師の言う、『しばらく安静』がいつまでかは知らない。
しかしまだ復帰はさせてもらえそうにないので、仕事もせずに食べては寝て休んでの、悠々自適なニート生活を満喫していたのだった。
「もう元気ですし、いつもお風呂上りはこんな感じなのでご心配なく。ガウンも厚手のものを着ていますし」
「そう……。顔色は、この間よりは良さそうね」
今はお風呂上りなので、ほんのり赤みがある顔色は確かに健康感アップである。
しばらくすれば、またいつもの青白い状態に戻るだろうけど。
「体調が良いなら、それでいいのよ。――そうそう、鏡のこと調べてきたわよ」
フローラは真面目な表情を浮かべると、鏡を解析してわかったことと、鏡にまつわる悲しい兄妹の物語をかいつまんで話してくれた。
「そんなことが……。とても仲の良い兄妹だったのですね」
「そうねぇ。それで、こちらの事情で申し訳ないけれど、この鏡のことは周囲に黙っていてもらえるかしら?」
「わかっていますよ。大変なことになるのは目に見えていますからね」
今まで発覚しなかったということは、歴代王妃の中で鏡に話しかける変人は私だけだったということだろう。
そう思うと、いけないことをしてしまった罪悪感が、少しだけ首をもたげるけれど……今更よね。
元々、誰かに話すつもりなんてなかった。
百年も昔のことを掘り返しても、誰も得をしない。
最悪のパターンを考えるなら、私は他国の王族と密通したという理由で罪人扱いだ。
別にそれでも構わないと、思わなくもない。
けれど……この人の良いオネェを巻き込むのは、いくらなんでも申し訳ない。
「私は構いませんが、フローラの気持ちはどうですか? まだ指導を続けると仰るのでしょうか?」
私の問いかけに、フローラは堂々と胸を叩いた。
「当たり前でしょう!! アタシがやるって言ったんだから、二言は無いわ! アンタを徹底的に生まれ変わらせてみせるわよ!」
頼もしく胸を張る様子に、安心する。
安心……?
どうして私は、このオネェがやる気に満ちている様子に、安心しているのかしら?
「もう止める」と言われた方が、お互い何事も無い筈なのに。
自分の気持ちがわからなくなって首を傾げていると、フローラが次々と質問を投げつけてくるので、それどころではなくなってしまった。
「早速だけど、普段の食事は? ヒルデ、アンタ痩せ過ぎよ。美しさ以前に不健康なままではどうしようもないわ」
「えぇと……、基本的に丸パンとサラダ、スープですね。食後にフルーツもありますが、食欲の無いときはフルーツだけ食べます」
「……それだけ?」
現実離れした美貌から、恐ろしい声が発せられた。
誤解させてしまったと、慌てて否定する。
「夕食には一切れ魚かお肉をいただきます。今夜は白身魚のムニエルに、レモンをかけて食べました。丸パンも二つ食べたので、お腹いっぱいです!」
「ちなみに、その魚料理の大きさは?」
「これくらい……」
親指と人差し指で、掌の半分くらいの大きさを示す。
王宮に来たばかりのころは、この三倍以上大きいものが何種類も出されて苦しかったことを思い出す。
そんなに食べられないと訴え続けて、一皿に減ったメイン料理が、気づけばどんどん小さくなっていった。
いつもはパン一つだけど、今日はパンを二つ食べたので、侍女に「食欲が出てきたようで良かったです」と褒められたほど。
「あっ、チーズもありますよ! サラダに木の実が混ぜてある日もありますし……」
「バランスは悪くないけれど、少食過ぎるわ! だから骨と皮だけなのよ!」
「ちょっと、骨と皮だけは酷くないですか……?」
いくらなんでももう少しはある! ……はず。
「そんなに細っこい腕して、何言ってるの! 今どき、囚人でももっと食べてるわよ!」
「で、でも……一人で食べる食事は、味気なくて」
「はぁ!?」
私の言葉に驚いたようで、フローラはギョッとしたように仰け反った。
「夫も義理の娘もいるのに、なんで一人で食事してるのよ! 集まって食堂で食べるんじゃないの!?」
「いやー、そういうご家庭じゃないんですよ、この王室。陛下は執務室で食べているでしょうし、姫は恋人たちに囲まれて私室で食べていると思います。元々集まって食事する習慣が無いようで、結婚当初は私一人食堂で食べていたんですけれど、だだっ広い静まり返った空間に耐えきれず……私も部屋で食事するようにしたんです。一人の方が気楽ですし」
「な、なによそれ……!」
信じられないものを見たようなフローラの表情に、少し心が痛む。
「ほら、あのベッド横のテーブルに運んでもらって、大体はそこで食べますね。仕事が立て込んだときは仕事部屋で食べることもありますけれど」
「軟禁されているわけでもないのに、完全に閉じ込められた人間の生活じゃない……!」
「まぁ……、部屋から出ない方が良い場合もありますからね」
うっかりブランカに突進されることも無いし。
一人頷く私に、フローラがビックリするようなことを言い出した。
「なら――アタシが、一緒に食べてあげるわ! お喋りしながらだったら、もう少し食べる気になるんでしょう?」
「えぇっ!?」
「アタシも、しばらく部屋で食事することにしたの。だから、アンタの食事スタイルもチェックできて一石二鳥だわ!」
名案とばかりに顔を輝かせるフローラに、二の句が告げずに口をパクパクとさせてしまう。
だけど……食事相手ができるのは正直、嬉しいかもしれない。
口角が緩んでいくのを感じて、そっと頬を押さえる。
「あの……フローラさえよろしければ、どうぞお願いします」
そう言って頭を下げたのだった。
***
次は明日の朝食どきに鏡を繋ごうという話になって、そういえばと訊ねてみた。
「鏡を繋ぐときは『鏡よ鏡』で、切るときは『またね、お兄様』で良いんですか?」
「その設定は変えたわ」
「え……兄妹愛溢れる合言葉、変えちゃったんですか!?」
当然の事のように即答されてしまったことにギョッとするけれど、「むしろなんでそのままにしておくのよ」と睨まれてしまった。
「憐憫に浸っていたってしょうがないでしょうが! いいのよ、あの合言葉はアンネマリー姫とウィルフリード王子のためのものなんだから。私たちは私たちのための合言葉を使った方が、精神衛生上にも良いでしょう?」
「まぁ……そう言われてみれば、そうかもしれませんね」
「そうよ! 新しい合言葉は『接続』と『切断』にしておいたわ」
「……随分とあっさりとした合言葉ですね」
味気なさ過ぎて、逆にビックリだ。
私の言葉に、フローラは美しく整った片眉を上げる。
「何か文句でも?」
「いえ、フローラはなんというか……そういう合言葉に凄くこだわって、飾った言葉を使いそうな印象だったので」
詩の一節とか、とっても似合いそうなのに。
「あのね、魔法具の起動はスピードが命なの。『シンプルなものこそ美しい』という場合もあるのよ」
「な、成程……!」
魔法使い同士なら、お互いが魔力を流すだけで繋げられるそうだけど、私のために合言葉仕様にしてくれたらしい。
フローラは指パッチンで動かせるようで、ちょっとカッコ良くて羨ましい。
「これ、フローラ側から一方的に見えたりしないですよね?」
疑いたくはない。
だけど大切なことなので、念のために確認させてもらった。
怒られるかと思ったけれど、フローラは専門家として丁寧に説明してくれた。
「その心配は当然よね。安心して頂戴。こういう相互の魔法は、お互いを受け入れる気持ちがないと使えないの。少なくとも、『見られたら嫌だ』という気持ちがあれば、繋がることは無いわ。そもそも私だって、勝手に繋げたいとも思わないもの。設定を変える時に、相互に認証しないと繋がらないようにしたから、心配しているようなことにはならないわ」
「そうなんですね……」
フローラのほうでも、ちゃんと考えてくれていたらしい。
「例えばこの魔法を、他の鏡に繋ぎ変えるようなことはできませんよね?」
「アタシ側の鏡はできるけど……行ったこともないシュヴァルツの王宮にある鏡に、こっちから魔法はかけられないわ」
抜け道なんかもあるのかもしれないけれど、監視カメラのような使い方はできないと知れて良かった。
「片方が繋ごうとしていたら、鏡が少し曇って見えるはずよ。わかりやすい合図を出すわけにはいかないから、これくらいで手を打ったわ」
「ほぉぉぉ」
こういう場合、ピカピカ主張させそうなのに、あえて逆にしてカモフラージュするわけね。
相手が応じない場合は、鏡に何も映らないそうだ。
……これは、明日使ってみるのが楽しみで仕方ない。
フローラとおやすみなさいの挨拶をして、『切断』と呟く。
鏡が元の状態に戻るのを確認して、眠りについたのだった。




