晩餐会の行方 2
本日投稿分の二話目です。(2/2)
ブランカの蔑むような視線に耐えられず、エミールは懇願するように続けた。
「何故あの小瓶が僕の手元にあったのか、全く訳が分からない……! あれはあの女が、他の人に飲ませたのを、ブランカ姫……君のせいにするために、罪を着せるために部屋へ隠そうとしていたんだ。僕はそれを……持ち主の手元に戻した、そのはずなんだ……!!」
「私を守るため……? よくも、そんなことを! 私のために、貴方はヒルデが毒を盛られるのをただ見ていたっていうの!?」
噛みつくようにブランカは言った。
その剣幕にエミールは目を白黒させ、ようやく信じる、信じないの問題などではないと気づいたらしい。
慌てたように私へ視線を移し、襟元の魔法具が発動したらしいことを見て取るや、今度は倒れているロスバーグ公爵夫人を振り仰いだ。
そしてその傍らにも、役目を果たして床に落ちている飾り羽の残骸を発見したのだろう。
理解の色が浮かぶのと同時に、彼はガックリと膝をついた。
「ま、魔法具……? そのせいで、小瓶が僕の手元へ……?」
「そうよ! 貴方が公爵夫人を嵌めようとしたから、その構図がそっくりそのまま入れ替わったの」
「そんな……」
呆然とするエミールに、ブランカは畳みかける。
「なんて卑劣なの……!? 王妃を害して、その罪を私に着せるなんておぞましい計画を立てて……最後には協力者まで裏切るなんて! そうやって、ジョストとマティアスもけしかけたんでしょう!?」
かつて私への不敬がきっかけで処罰された二名の元恋人の名を出され、エミールはムキになったように叫んだ。
「っ君が、すぐに僕を選ばなかったのがいけないんじゃないか! 僕の隣で、僕だけを頼っていてくれたなら……」
「そういうことね! 私を傀儡にしたかったから、消されたり廃嫡されるような事態を防いでたってわけ? それで私を守るだなんて、よく言うわ。結局は自分のためじゃない!」
ハンッと鼻を鳴らして、ブランカはエミールの身勝手な言葉を切り捨てた。
悔しさと絶望に顔を歪め俯いたエミールを見下ろし、話が決着したことを感じ取ったフローラが、スッとルシャード陛下へ歩み寄る。
「今のうちに、彼女からも話を聞いた方がいいのでは? よろしければ、微力ながらお手伝いさせていただければと思うのですが」
「……あぁ、頼む」
フローラが、王宮医に囲まれ解毒剤を口に含まされているロスバーグ公爵夫人を示す。
息を呑んで成り行きを注視していた招待客たちは、他国の王子の助けなど撥ね除けるだろうと思っていた国王があっさりと頷いたのに仰天した。
そんなことはまるで意に介した様子もなく、軽い足取りでフローラは倒れ伏す公爵夫人へ近づいた。
ふと一瞬だけこちらに視線が向けられ、『本当は心底嫌だけど、アンタのためにやるんだからね!』という圧を感じる。
使えるものは何でも使っていることに、私自身、本当に良い性格してるなぁ……と実感せざるを得ない。
このまま公爵夫人を捕らえたら、毒に侵された傷病者として被害者面するのは目に見えている。
今のうちに多少回復させてその機会を取り上げ、この流れで証言させて逃げ道を塞いでしまいたいのだ。
それにもしこのまま彼女が命を落としでもしたら、これまでの罪を認めさせることもできなくなってしまう。
そんなのは、絶対に嫌だった。
公爵夫人の横に膝をついたフローラが手をかざし、何事か呟くと、その手からぼんやりとした光が漏れる。
あれが治癒魔法というものだろうかと、私を含め部屋中の人間がその神秘的な光景に見入った。
少しずつ公爵夫人の顔色が戻り、苦しそうな表情が落ち着いていく。
彼女がゆっくりと目を開け瞬きをするのを、皆が見届けていた。
ロスバーグ公爵夫人は自分を支えていた医師の腕を振り払うと、むくりと起き上がり辺りを見回した。
ピンピンしている私の姿を目にして、大きく顔を歪める。
そして近衛騎士に捕らえられたエミールを発見すると、荒い息のまま叫んだ。
「この役立たずの裏切り者! 私に毒を飲ませるなんて……!」
公爵夫人はゲホゲホと咳込みながら、鋭く射貫くような視線でエミールを睨みつけた。
先ほどまで、周囲の話を聞いていられるような状況ではなかったからだろう。
彼女は自分へ毒を盛ったのが彼だと誤解したままでいる。
生死を彷徨ったことで、たがが外れたらしい。
やつれ、酷い顔をしたまま、公爵夫人は尚もエミールを罵った。
「私を消して、どうしようっていうの!? そんなことで、あのお姫様の気を本当に惹けるとでも? はじめのうちは競争相手なんか居やしなかったのに、アンタじゃ不足だったから次々と恋人たちを増やされたのよ! 今さらこんなことしたって、お姫様は絶対にアンタなんか選ばないわ! それがわからないなんて……私をこんな目に遭わせて……!」
「アンタだって、選ばれなかったくせに! いい年して、みっともなく過去に縋り付いてたのはアンタの方じゃないか!!」
公爵夫人の金切り声に呼応するように、エミールも負けじと叫び返した。
「王妃を消しさえすれば、今度こそ自分を選んでもらえるなんて、叶いもしない夢を今まで引きずって! どんだけおめでたい頭をしてるんだよ!! 姫が後継者じゃなくなれば、自分が跡取りの王子を産めるなんて、今でも信じてるんだからな! 少しは自分の立場と年を考えろよ!!」
「なんですって……!?」
醜い言い争いに発展した二人のやり取りを、近衛騎士が抑え込む。
エミールは大人しくなったが、ロスバーグ公爵夫人は力なく抵抗を繰り返した。
「陛下……! 陛下も本当は、私のことを愛してくださっているのでしょう!? どうしてこのようなことをなさるのですか?」
連行の合図を出したルシャード陛下の方を向き、公爵夫人はなりふり構わず、縋り付くように言った。
酷く惨めな表情を浮かべるその顔には、生来の妖艶な美しさは微塵も感じられない。
彼女のその言葉に、ルシャード陛下は大きく眉を顰めた。
「私は、其方を愛したことなどない」
世の中の普通の男性だったなら、これが心からの真実の言葉だったとしても、過去を邪推し、少しくらいは言い訳がましく聞こえただろう。
けれどそこは、ルシャード陛下。
この部屋の誰もが、この方ってこういう人だよな……と、心の底から納得したに違いない。
そして、余程腹に据えかねたのだろう。
いつもならこれで切り上げるところを、陛下は再び公爵夫人を睥睨して重い口を開いた。
「確かに其方は、かつては妃候補だったかもしれないが……私は後継に関して、異なる意見を持つ者を娶る気ははじめからなかった。前の王妃は……ブランカの母親は、少なくともその点では私の考えを理解してくれていた。生まれた子が……ブランカが、男だろうが女だろうが、立派な後継だ。それを廃嫡して、次の王子だと……!? 子供は跡を継がせるための、替えの利く存在などではない!!」
唸るような怒声に、悲鳴のような泣き声が重なった。
公爵夫人はガックリと項垂れ、啜り泣きながら連れ出されていく。
そして波乱の晩餐会は、幕を閉じた。




