幕間 フローラの変化の理由
ヒルデの感じていた通り、フローラは焦燥感に駆られていた。
……まさかその原因がヒルデだとは、まるで想定外だっただろうが。
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彼女のこれまで置かれていた環境などを鑑みて、家族間での交流を増やすことはフローラ自身も推奨したことだった。
ヒルデも、思うところはそれこそいろいろとあったのだろうが……彼女自身も変わるための努力を決意し、そして実際に行動に移してみせた。
当然、心配する気持ちも強い。
けれどこれからのヒルデには、どうしても越えなければいけない壁であることに変わりはない。
だからこそフローラは、全力で応援する姿勢を貫いた。
それで良かった……はず、なのに――。
頼られることは嬉しかった。
これまで通り、美容から始まり服装やメイクなどの外見に関することはもとより、時には王族としての心構えのようなものまで尋ねられることもあった。
けれどフローラにできるのは、アドバイスまでだ。
どれほど手を差し伸べたくても、遠く離れた場所からでは、実際に傍で支えてやることはできない。
そのことが、ひどくもどかしかった。
けれどフローラは、そのもどかしさに耐えるほかなかった。
互いの考え方に違いはあれど、ヒルデはフローラの言ったことを素直に受け入れ、忠実にこなしていった。
既にヒルデは、かつての姿から驚くほど見違えた。
そして謹慎中のブランカに代わり業務をこなすうち、城内での存在感も取り戻しつつある。
――ヒルデ曰く、元々無かったものなので、取り戻すというのはおかしな話らしいのだが。
かつては険悪だった継母と継子という関係を脱し、ヒルデとブランカの仲も順調に深まっている。
ヒルデの行動をきっかけに、その後発覚した様々な出来事を乗り越えつつあるブランカ。
これまでの意地悪な態度とは打って変わり、ヒルデに対する姿勢はまるで憑き物が落ちたようにも感じられる。
互いに名前で呼び合うようになってからは、やり取りに気安さが混じるようになった。
最近では相談してくれることもあると、ヒルデは嬉しそうに言う。
フローラの言うことに対しては、おおむね聞き分けの良いヒルデだが……彼女は本来、ひねくれた性格をしている。
それだけに、打って変わったブランカの素直な態度に、眩しさや好感を覚えているであろうことは想像に難くない。
元より可愛らしく魅力的な少女であることは知っていたものの……これまでのことを考えると、いくらなんでも急激に仲良くなりすぎなんじゃなかろうかと、フローラは思ってしまう。
内心面白くない気持ちを抱きつつも、やはりヒルデとブランカの関係改善は良いことなのだからと、フローラは自分に言い聞かせていた。
ブランカはまだ大人とは呼べない年ごろにもかかわらず、頼れる人間が周囲からごっそりといなくなってしまったのだ。
それでもかつての殺伐とした家族関係を経た中で、信じられる相手としてヒルデがいたことは幸いだったのだろう。
それ以上にフローラの心を波立たせるのは、やはりルシャード陛下の存在だった。
形式上のヒルデの夫であり、彼女を今の立場に縛り付けた張本人。
当然、ヒルデは彼に対して、良い感情を抱いてはいない。
というよりも――いっそ憎んでいると言える程度には、嫌っていたように思う。
それでも与えられた役割を全うしようとしているのは、彼がしたのは為政者としての選択だったからだ。
政治的な混乱を避けるため、お飾りとして娶った後妻。
白羽の矢が立てられたのが、たまたまヒルデだっただけ。
その事実があるからこそ、これまで耐えてきたのだ。
共に過ごす時間が増えたことにより、彼との間に流れる気まずさも、日に日に薄れ始めているようだった。
向こうも多少気を許し始めたのか、時折、人間らしい面が覗くこともあるらしい。
そんな彼の様子に、ヒルデは混乱しているようだった。
ルシャード・フォン・シュヴァルツという男は、一人の人間、夫や父親である以前に、国王である。
家庭を顧みない、冷徹で、堅物な仕事人間。
そんな彼へのレッテルは、ヒルデにとっては心を守る砦の一部でもあったのだろう。
それが崩れつつあることに、戸惑いを抱くのも仕方ない。
接する機会が増えるほど、相手が冷酷な悪人ではないのだと……否応なしに気づかされていく。
慣れによって、これまで抱いてきた気持ちが変わってしまうことを恐れているようでもあった。
交流を重ねるにつれ夫への印象が変わりつつあることも、本当は喜ぶべきことだ。
……けれど実際のところ、フローラの内心は大荒れであった。
ヒルデは、フローラの家族仲の良さを心底羨ましく思っているようだった。
彼女にとってブランカたちとの交流は、まだ家族ごっこの域を出ないのだろう。
けれどルシャード陛下とブランカ、ヒルデの三人が集まる光景を想像する度、フローラはどうしようもなく胸がざわついた。
はじめは、ブランカに対する対抗心のようなものだと思っていた。
ヒルデはフローラを頼りにしてくれているが、どうしたって女性同士という面で、フローラはブランカには敵わない。
けれど、ヒルデの苦手意識が薄れていけば……夫であるルシャード陛下こそが、彼女の最も頼りになる存在であるという事実は、耐え難かった。
わだかまりが消え、彼女たちが『本当の家族』になった光景を、フローラは想像できない。
想像――したくない。
そうなればきっと、ヒルデとはこれまでのように、頼り頼られる関係ではいられないだろう。
遠く離れた友人という立場では、元よりしてあげられることなど、そう多くない。
ヒルデの幸せを願いながらも……フローラにとって、それは受け入れ難い事実であった。




