フローラの事情 3
幼いフローラが暴発させた魔力は、魔力耐性を持つ魔獣すら消し飛ばす程の強大なものだった。
それに伴う爆風と身体にかかった負荷のせいで、フローラは意識を失う。
しばらくして起き上がった彼の目に飛び込んできた光景は、大きくえぐれた一帯と――倒れて血を流している妹の姿だった。
幼いフローラは、生き残ったことよりも、目の前の惨状を引き起こしたのが己であったことに、酷くショックを受ける。
自身の身体を見下ろせば、打ち身や擦り傷で酷い有様な上、血を流し大量の魔力を失ったことで視界は霞み、自分の身はおろか、あれほど守りたいと願った妹にまで怪我を負わせてしまったことに、フローラは絶望したという。
そして到着した応援により、彼らは救出された。
幸いなことに残るような傷はなかったものの……幼い兄妹たちは、再び心に深い傷を負っていたのだった。
「アタシのせいで怪我をさせてしまったから、妹はもう近づいてこないし、笑いかけてくれることもないかもしれないと思っていたけれど……むしろあの子は、王宮に戻ってからはそれまで以上にアタシにべったりと張り付いて離れなくなったわ」
幼いシャルロッテ姫の記憶には、恐ろしい状況の中にもかかわらず、必死で守ろうと背後に己を庇った兄の姿が焼き付いていたのだろうか。
しばらく滞在した貴族の別邸に比べ遥かに広大で人の多い王宮は、生々しい襲撃の記憶が残る彼女にとっては慣れ親しんだ家というより、むしろ酷く恐ろしい場所に感じたとしても不思議ではない。
「戻った王宮では『フローラ』でいることはできなかったけれど、もう妹はそれでも大丈夫だった。あの子はアタシの傍にいれば安心したし、アタシも目の届くところに彼女がいれば安心したわ」
久しぶりに顔を合わせた父と兄は、母の死を防げなかったことや幼い兄妹の傍にいられなかったことを詫びたが、それは決して彼らのせいではなかった。
ようやく再開を果たした彼らは、それぞれが愛する妻や母を失った悲しみに触れながら、互いの想いの深さを共有し、苦しさを分かち合うことで家族の絆はより深まった。
「魔力を暴発させたことで、自分へ失望したものだけど……。だけど、その経験があったおかげかしら。王宮に戻ったアタシはメキメキと魔法の才能を開花させたの」
「全く、皮肉なものよね」と、フローラはその美しい口の端を歪ませる。
神秘的な紫の瞳の奥では、昏い炎が揺らめいているようだった。
彼が魔法を自在に操れるようになったころには、既に反乱を起こした者たちは捕えられ、裁かれていた。
幼くして母親譲りの魔法の才能を我がものとしたフロリアンは、けれどその力で反乱の終息に寄与することも、母や反乱に巻き込まれて亡くなった人々の仇を討つこともできず、永遠にその機会を失ったのだ。
その事実に虚しさを覚えたこともあったが……元より、家族と自分の身を守りたいと願って手に入れた力だった。
魔法の力を手に入れ、次こそは上手くやってみせると意気込んだフロリアンは、王宮内の結界魔法を強化し、積極的に魔法具開発にも携わっていった。
時をかけ、反乱に脅かされた王宮内は次第に安定を取り戻していったが――新たなる問題が浮上することになる。
既に優秀な魔法使いであり、生来のこだわりの強さから数々の魔法や魔法具を生み出す第二王子フロリアンは、いつしか周囲の貴族たちにとって、上手く取り入れば利用価値のある人間となっていた。
そして――類まれなる魔法の才能を持つ彼こそが、魔法国家であるクライノートを率いるべきであると考える者たちが現れ始めたのだ。
「第一王子であり立太子を目前に控えた兄よりも、成人も迎えていないアタシを担ぎ上げることで、甘い汁を吸おうとする者たちの思惑が透けて見えるようだったわ」
フローラの顔に、苦渋の表情が広がる。
反乱を起こした王弟も、かつては兄である王とは仲の良い兄弟だったという。
そんな彼にも、長い時間をかけて翻意を唆し、兄と対立させた者たちがいたのだ。
フロリアンには、自分たちは決してそのようにはなるまいという確固たる決意があった。
いずれ父の王位を継ぐのは尊敬する兄であり、自分はそんな兄を傍で支えるのだと。
「だけど……この国で、優秀な魔法使いは特別よ。周囲の反応から、第二王子を推す声が決して小さくないことに気づいてしまった。当人たちの意志に関係無く、熱を帯びた大きなうねりのような動きを感じるようになって、アタシは恐ろしさを感じたの」
何よりも、王弟という前例があった。
あのような状況になるまでには、きっと様々な要因があったのだろう。
自身が望まない限り、そのようなことは起こり得ないはずだと、フロリアンは自らに言い聞かせる。
けれど前例がある以上、何かしらの策を講じる必要があった。
フロリアンは何があろうとも、尊敬する兄の王位を揺るがしたくないのだから。
魔法の才能を、なかったことにはできない。
自分がどれほど拒もうが、勝手に動くものは現れるだろう。
見えないところで担がれて、謀略を巡らされては敵わない。
「第二王子フロリアンは、王位に相応しくない人間である必要があった。優秀な魔法使いとはいえ、国を率いる者として支持するに値しない存在なのだと、そう思わせるため――フロリアンは再び、『フローラ』になった」




