ヒルデの過去
私の男性嫌いの告白に、フローラは相当驚いたようだった。
視線を彷徨わせる姿から、動揺が伝わってくる。
「ヒルデ? 男性がダメって……アンタ、アタシのことを何だと思っているの?」
そう言われ、動揺しつつも謎の圧を発するフローラを見る。
フローラの外見は見目麗しい男性なので、当然の疑問だろう。
「えぇと……フローラは見た目は男性なんですが、口調がオネェなので大丈夫といいますか……」
「だから、アタシはアンタの姉じゃないわ」
オネェの意味が分かっておらず眉をひそめるフローラに、初めて出会った日のことを思い出す。
そういえば、訂正する機会がなかったのよね。
「その……私の言うオネェは『お姉さん』ということではなくて、フローラのような女性的な喋り方のことです。フローラは背が高いですが細身ですし、顔も中性的ですし……なのでえっと、フローラは見た目男性ですけど大丈夫! です!」
「そ、そうなの……。まぁ、この見た目が役に立っているのなら良かったわ」
そう言って頬を掻くフローラだけど、心中複雑そうだ。
そりゃそうよね。
いくら相手がオネェでも、男の人に『男性らしくないから大丈夫』なんて言って、喜ばれるわけがない。
「というかフローラは美し過ぎるので、あんまり性別とか気にならないです。見て嫌な気持ちになる人なんていませんよ!」
いたって真剣な表情で告げると、フローラからは複雑そうだけど少しだけ照れたような様子が窺える。
「ま、まぁ? アタシの美貌にかかればそのくらい当然! よね!? 特別枠でも全然不思議じゃないわァ!」
「ふふ。そうですね、フローラはやっぱり特別な人ですね」
ちょっとヤケクソっぽいけど、納得してくれたみたいで良かった。
「それに……別に男性だからといって、顔を見たりダンスを踊るくらいは我慢できるんです。ですが、陛下と夫婦として……と考えると、どうしてもダメで」
相手は一人しかいないのだから、男性がダメというよりはもしかすると陛下がダメなのかもしれない。
そう言いなおすと、フローラの顔が苦し気に歪む。
「一体、何故? どうしてヒルデはそこまで……?」
言葉を切ったフローラは、そこでハッとしたように慌てて付け加えた。
「でも、ヒルデが言いたくないなら、無理にとは言わないわ! 話しにくいこともあるでしょうし……」
何かを連想してしまったらしいフローラに向けて、安心させるように笑みを浮かべる。
「乱暴されたわけではありませんので、ご心配なく。父が厳しかったわけでもないんです。それよりも、むしろ……いえ、それはこれからお話しします。私がどうして男性が苦手になり、『年増の変わり者令嬢』と呼ばれるほど結婚を避けるようになったのか……。少し長い話になりますので、座りましょう」
私の言葉に少しだけホッとした表情を浮かべると、促されるままフローラは座りなおした。
いつもなら「ダッサいネーミングね」くらいは言うはずなのに、そんな気分にはなれないのだろう。
「きっと、大した話ではないんです。本当なら、お酒を片手に笑うような、そんな昔話になる類の――」
「だけど、アンタはそんな昔話のせいで、今も苦しんでいるじゃない。過去は変えられないけれど、アタシは今、ヒルデの話を聞いてあげることならできるわ。話して楽になる類のものかは、わからないけど……」
フローラの優しい言葉に、勇気づけられる。
「いつかお話しようと思っていたことです。本当はさっき言うつもりだったのですが、邪魔が入りまして……フローラの言う、私の自信の無さにも……関係しているのでしょうね」
ゆっくり息を吐き出すと、私は昔話を始めた。
***
私は侯爵令嬢だったころに二度、婚約関係の解消――破婚を経験をしている。
一人目の婚約者は、数歳年上の伯爵家の嫡男だった。
幼いころに決められた相手で、家族ぐるみで定期的に会ったり出かけたりするような関係を何年も続けた。
はじめはもう一人の兄のような、幼馴染のような、そんな風に思っていた。
既に家族のような関係だった彼が変わり始めたのは、成長期を迎えてからだった。
背が伸びて、声が低くなり始めると、彼は次第に異性へ興味を示すようになっていった。
婚約者である私を当然大切にしていたけれど、お茶会の席にやってきては他の令嬢にも声をかけて笑い合うようなことが何度もあった。
自分でも驚くほど、嫉妬心のようなものは湧かなかったものの、私は私で、少しずつ増えていく婚約者からのスキンシップに嫌悪感を感じるようになっていた。
今にして思えば、私は元々異性間の関係について、潔癖症のようなところがあったのだろう。
結婚もしていないのに、ベタベタと触れられることが……どうしても嫌だった。
初めての口づけを拒んだ日から、私と彼の仲は徐々に険悪になっていった。
そうして日々が過ぎていく中で、婚約者なのだからこのままではいけないと、私たちの仲を修復するために何ができるのか考え始めた矢先――彼が他の女性との間に、子供を作っていたことが判明した。
相手は、貴族の邸で働く平民の女性だった。
生まれた子を取り上げ、彼女との間には何も無かったことにすることも彼の家には可能だった。
けれど、はじめは遊びだったが次第に惹かれ合い、今は彼女を深く愛しているのだと懇願する息子を、私の婚約者に据えておくことはできなかった。
嫡男として、家の跡を継ぐべく厳しく育てられた男がそこまで言うのだから、本当の愛だったのだろう。
私も、そんな彼らの仲を裂くような真似はしたくなかった。
そうして、私たちの婚約は破婚となった。
彼らは両家の怒りに触れ――二人とも、着の身着のまま放り出されたと聞いている。
王都や領地には、二度と足を踏み入れられないだろう。
貴族として育った男と身重の女が何の伝手もなく、その後平民としてどうやって生きていけるのか、令嬢である私にはまるで想像できなかった。
今も私の瞼には、申し訳ないことをしたと頭を下げた彼らの姿が焼き付いている。
その後、婚約者を失った状態で迎えた私のデビュタントは、年の近い次兄にエスコートされてのものとなった。
次の婚約者は、若くして伯爵となった人だった。
三十歳手前と年は離れていたものの、彼は落ち着いた大人の男性そのもので、領地の他に商団を経営しているやり手の実業家でもあったけれど、仕事で忙しくしながらも合間を縫っては会いに来たり、公園や食事に連れ出してくれた。
私は前の婚約者とのことがあり、男性とのスキンシップに苦痛を感じていたので、エスコート以外でむやみに距離を縮めない彼には好感が持てた。
落ち着いた穏やかな関係は心地良く、優しく気遣ってくれる彼とは夫婦になってもこのような関係が続くものと思っていた。
両親のような、たまに目を逸らしてしまうほどの熱はなくとも、互いを尊重し尊敬し合う、そんな結婚後の姿を思い描いていた。
そうして一年ほどが過ぎ、ようやく前向きな気持ちになれた私に、彼は衝撃の事実を告白した。
彼は――男性しか愛せないのだと、切実に語った。
なるほど、道理で紳士的で、他の女性に目もくれないわけだとその時ようやく合点がいった。
私との間に子供は望めないと言われ、表向きは仲の良い仮面夫婦を演じ、いずれ遠縁の子を育てる事になるのだろうかと考えはじめた私だったけれど……彼の告白は、それだけではなかった。
他に愛する人がいるのだと言われ、あぁ、またか……と思ってしまったのも、仕方のないことだろう。
きっと私は、誰にも選ばれることのない人生なのだと、このとき悟った。
そうして私は、二度目の破婚を迎える。
彼は愛する男と一緒になるべく、国を離れた。
誰も自分たちを知らぬ土地へ行き、新しい生活を始めるのだと言っていた。
爵位は既に家庭を築いていた彼の弟に譲り渡し、経営していた商団は慰謝料としてそっくりそのまま侯爵家のものとなった。
再び婚約者を探そうとする両親に、私はもう結婚する気になれないのだと告げた。
貴族女性の存在価値は結婚して子を産むことである。
元々そうだったのかもしれないし、運が無かったと言ってしまえばそれまでだけど、私には男女の間にある欲も、彼らの言う愛も、何もかもが気持ち悪かった。
私の選択は、貴族令嬢として失格だった。
家の評判や貴族としての体面を考えても、許容されることではない。
だけど……これ以上、夫となる人の身勝手に振り回されるのは御免だったし、それに耐えられないほど、若い心は傷つき壊れかけていた。
二度の破婚で得た慰謝料は、私の一生を養って余りあるものだった。
人生の意味を見出せない私は、修道院に入ることも考えたけれど――両親に強く引き留められて、それは叶わなかった。
彼らの庇護のもと、せめて領地で伸び伸びと暮らしてほしいというのが、傷心の娘に対する両親の願いだった。
領地へ引きこもって数年もすると、そんな私を揶揄して『変わり者の侯爵令嬢』と呼びだす者が出てきたけれど、華やかな社交界には未練もなかったので気にならなかったし、更に数年後には『年増』の称号が追加されたと知っても、何とも思わなかった。
そうして領地でひっそりと暮らしていた私の元へ降って湧いたのが――国王陛下であるルシャード・フォン・シュヴァルツとの婚姻話である。




