お散歩報告会
間に合った……!
明日以降はマジでわからないです(滝汗)
不定期予定ですが、ちょこちょこ覗いていただけましたら嬉しいです。
ようやく戻ってきた自室で、侍女たちを追い出して一人になる。
日傘を放り投げ、よろよろとした足取りで寝室へ向かうと、大きくため息を吐きながら朝食時に使っていた椅子に腰を下ろす。
今あったことは、とてもたった二時間足らずの間に起きた出来事とは思えない……。
「――――『接続』」
魔法の鏡を使うための合言葉は、疲れ切った声でも無事に繋がった。
すぐさま鏡面が揺らぐと、何かの書類を読んでいたらしいフローラの姿が映し出される。
フローラは私の様子を見るなり、手に持った羊皮紙を脇に除けると驚愕と恐れの入り混じった表情を浮かべて絶叫した。
「ヤダ、何なのそのおぞましい厚化粧は!!! 誰よ、王妃にこんなメイクして、よくクビにならないわね! ドレスも何よソレ!? ゴテゴテで色も……あぁもう! 言いたいことが追いつかないわ。どうすればいいの?」
「あー……」
そうか、着替えずに戻ってきたから、メイクもドレスもそのままだったのね。
フローラと顔を合わせるときは常にスッピン&ガウン姿だったから、驚くのも無理はない。
日傘もドレスと同じ系統とカラーリングだと伝えたら、一体どうなってしまうのだろうか?
気にはなるけれど……せっかく鏡を繋いだというのに、口を開くのも億劫に感じてしまう。
遠い目をして黙り込んでしまった私を見て、フローラがらしくもなくオロオロし始めた。
「ヒルデ? あの……どうしたの? やけに元気がないじゃない。アタシ、ちょっと言い過ぎちゃったかしら? でも、その恰好は……言わずにはいられなくて。傷つけてしまったのなら、謝るわ」
椅子から立ち上がって鏡を近くから覗き込む姿に、心が痛む。
「フローラ、違う……違うのです。フローラが謝る必要はありません。この格好が酷いものであることは、私が一番よく知っていますから」
「そうは言っても……」
心配そうに覗き込むフローラを身振りで再び座らせると、私は散歩に出てからこれまでに起きたことを、ポツポツと話し始めた。
人の出入りが少ない庭園を選んだこと。
ちゃんと散歩をしたこと。
帰り際にブランカ一行がやってきたこと。
そして……騒動が起きたこと。
しばらくは大人しく話を聞いていたフローラだけど、次第に青筋を立ててブルブルと拳を戦慄かせ……最終的には爆発した。
「なっ、何よソレ!? ただ散歩に行っただけで、どうしてそんなことになるのよ!? 躾のなっていないガキを傍に置いているアンタの義娘も大概だけど……そもそも、護衛が機能していないじゃない!」
「そうなんですよねぇ」
私の気のない返事に、フローラの眉が吊り上がる。
「他人事みたいに言ってるけど、ヒルデ、アンタ自身のことよ!? 散歩に行きたがらないのも道理だわ! 命を預けられない人間に囲まれて、仲の悪い義娘もいて……自分の身が危険だからと言ってくれたら、アタシだって無理矢理外に出そうとは思わなかったわよっ!」
一息にそう言うと、フローラは肩を落とした。
「だけど、今回のことはアタシが悪かったわ。あんなに嫌がっていたのに、もう少し、ヒルデの置かれている状況を考えるべきだった。キツい言い方をして、無理強いして本当にごめんなさい。アタシが強引に散歩に行かせなければ、こんなことにはならなかったかもしれないのに……」
出会った当初と変わらずキラキラと輝かんばかりの美貌が翳るのを見て、慌ててしまう。
「たられば話は、フローラらしくないですよ。フローラの言葉は尤もでしたし、最終的に散歩に行くと決めたのは私自身であり、これがお飾り王妃の現実というだけです。……まぁ、ここまで愚かな連中を相手にしたのは、流石に初めてですが」
すっかりしおらしくなってしまったフローラにフォローを入れるけれど、表情は優れないままだ。
精彩を欠いてもなお美しいその顔に、世の中の不平等を感じてしまう自分が情けない。
「せっかく部屋から出るように言ってくれたのに、私こそごめんなさい。だけど……やっぱり私には、ここを出たくない理由の方が大きいのです」
ブランカに会う度に倒れたり、騒動が起きるなんてたまらない。
これだけ次々に問題が起きているのだから、私が引きこもっても文句は言われないだろう。
仕事は部屋ですれば良い。
「ヒルデがそう言うなら……仕方ないわね。聞いている感じ、確かにアンタは部屋に籠っていた方が安全でしょうし」
諦めたような表情を浮かべるフローラだけど、こちらの問題なのであまり気にしないでほしい。
「今回のことは、性懲りもなく信用ならない護衛を配した側が悪いのです。姫の恋人たちがどれほど無礼だろうが、フローラの言う通り護衛が機能しなかったのがそもそもの問題。なので――彼らはきっと、存分に罰を受けるでしょう」
つい最近交代したばかりの王妃の護衛。
彼らは精鋭揃いの近衛騎士の中から選ばれ、騎士団長が任命し、ルシャード陛下が承認したはず……となれば。
「最終的な責任は陛下に行き着きます。政にかまけてばかりの国王が犯した判断ミス――これからどうなるものか、見ものですね」
護衛と侍女たちには、直接ルシャード陛下の元へ今回の騒動について説明に向かうように命令した。
きっと今頃、執務室には冷え冷えと張り詰めた空気が漂っているに違いない。
侍女の進退は王妃の管轄だけど……護衛に関しては言うまでもない。
問題は王妃の護衛のみならず近衛騎士、ひいては騎士団全体にまで波及するだろう。
今まで放置していたことが今回の騒動で表面化しただけで、王妃がナメられているというのは本来それだけで大問題だもの。
大いに揉めるだろうけれど……私は全て陛下にお任せして、結果さえ知らせてもらえれば良いと伝えてある。
その間は、安心安全な引きこもりライフを堪能すると決めたのだ。
「アンタって……案外、良い性格してるのね」
少しだけ見直したようなフローラの表情に、思わず笑みがこぼれた。
「だって――私は『意地悪な王妃』ですもの。面倒なことは全部押し付けて、高みの見物をしてやります」
ルシャード陛下は仕事人間だもの。
大好きなお仕事を増やしてあげたのだから、咽び泣いて感謝すれば良い。
やっぱり私には悪役としての素質があるのかもしれないと、少しだけ複雑な気持ちになったのだった。