引きこもりプラン
これからも引きこもると決意を固めた私は……その日の午後、惰眠を存分に貪った。
直前に起きた騒動で、すっかり疲れ切ってしまったのだ。
ベッドの上でくつろいだ姿のまま、夕食が並べられていくのを眺める。
その間、ルシャード陛下の執務室から戻った侍女たちの報告へ、耳を傾けた。
予想通り、報告の場はなかなかにややこしい事態となったみたい。
王妃の護衛たちの報告を聞くなり、騎士団長が激昂して、彼らの首を刎ねようとしたらしい。
それを調査が終わっていないからと、陛下が止めたのだとか。
これは恩情ではない。
端的に伝えられた情報から導いた、安直な制裁は許さないという考えによるものだろう。
私のことは、希望通りそっとしておいてくれるようだ。
騒動の対処についても私の指示を尊重し、原因たちをブランカが、止められなかった護衛たちは陛下が、それぞれ処罰することになったという。
それ以外の問題を含め、調査は始まったばかり。
終息するまでには、きっと時間がかかるだろう。
私の護衛については緊急措置ということで、陛下の護衛たちが振り分けられた。
だけど……どうせ部屋から出るつもりはないので、誰でも同じよね?
ドアの前に立っているだけの簡単なお仕事だけど、大いに頑張っていただきたい。
侍女たちも容赦なく叱責されたそうで、顔色が悪い。
ルシャード陛下は、威圧感が半端ないのだ。
きっと、恐ろしい尋問のように感じられたことだろう。
王妃の侍女ともなると高位貴族の令嬢や夫人なので、耐性が無いのも無理はない。
いつの間にか、夕食は並び終えていた。
報告も尽きたところで、侍女の一人は我慢できなかったのだろう。
「何故私たちをクビにしないのか?」ということを、遠回しに質問してきた。
それを私は、「辞めたければご自由に」とだけ言って下がらせる。
そして侍女たちは、顔色が優れないまま退室していった。
これも別に、私からの恩情というわけでは決してない。
下手に総入れ替えして、新しく専属の侍女たちを選びなおすのが面倒というだけのこと。
けれど彼女たちに、そこまで教えてあげる義理は無い。
勝手に辞める分には、空いた枠を侍女長が補充するだけのことなので、好きにしたら良いと思う。
席に着いて、鏡を繋ぐ。
鏡の向こう側で、フローラは今も心配そうな表情を浮かべていた。
「ヒルデ、調子はどう? 夕食は食べられそうかしら?」
「お気遣いありがとうございます、フローラ。お昼を抜いたので、お腹ペコペコです」
少しおどけてみせても、フローラの表情は晴れない。
体調が悪いわけではないのに心配されるのは、少しだけ心苦しい。
どうしても昼間を食べる気になれなくて、一食抜いただけのことなのだ。
だけどこうして心配してくれる人がいるというのは、ありがたいことだと思う。
食前の祈りの後、きちんと食事をしている私を見て、フローラはようやく安心したようだった。
「――考えてみたんだけど、しばらく引きこもるっていうのも、案外良い機会かもしれないと思うのよ」
「あら、意外な発言ですね」
仕方ないと理解はしてくれるだろうけど、賛成というわけではないと思っていたので驚いた。
「アタシの今の最大の目標は、アンタを大変身させることでしょ? あえて人前に出ない期間を作って、その間に準備するの。それから大勢の前でお披露目すれば……きっと全員が仰天するに違いないわ!」
サラダの葉っぱを突き刺しながら、今後の計画を語るフローラに脱力してしまった。
美しい顔に、今や影はなく……満面の笑みで眩いばかりに輝いている。
このオネェはあの騒動の後でも、微塵も私の改造計画を撤回するつもりはなかったらしい。
どこまでもブレない人だと思っていると、間髪入れずに質問が飛んでくる。
「それで、次に王宮で開かれるパーティーはいつかしら?」
「えーと……」
つい先月にブランカの誕生日があったから……。
「一か月後に開かれる、ルシャード陛下の誕生日パーティーですね」
「ヤダ、丁度良いじゃない!」
直近過ぎもせず、遠くもない日付だと、フローラの口角が上がる。
私からすると、一か月は短いように思うけれど……。
「引きこもり宣言をした王妃が出席せざるを得ないパーティーだもの。周囲の関心が高まっている、ベストタイミングよ!」
「ナルホドぉー」
関心が薄れる前の、噂話のピークというわけね……。
発想が完全に、目立ちたがり屋さんのそれである。
「ヒルデ、アンタ注目を独り占めよぉ? アタシが付いていて、良かったわね!」
「うっ……!」
不安は大いにあるけれど、楽しそうなフローラを前にすると、不思議と気持ちが軽くなっていく。
本当、私って流されやすいなぁ……。
「期限が決まれば、あとは突き進むのみ! やることはたくさんあるんだから、アンタもしっかりついてくるのよ!」
「が、ガンバリマスぅ」
新しいスキンケア用品も届いたところだと伝えると、早速今夜から使い始めることになった。
「食事改善に、お肌のお手入れ。ドレスのデザインを考えて、飾りも準備して……王家御用達の仕立屋なら、二週間もあれば十分よね? 宝石商と職人に……そうそう、新しい化粧品も揃えなさい! 昼間のアレは一体何!? 王妃にあんなメイクをする連中なんて、信用できないわ! アタシがアンタに直々に指導するから、覚悟なさい!」
「あっ、私が自分でやるんですね……」
メイク道具なんて手に持ったことすらないのに、大丈夫だろうか?
前世の知識が役に立つかどうかも……うーん、怪しいところ。
「他の人間に任せるにしろ、どの道アタシの考えたメイクを伝えられるのはアンタだけなんだから、最低限はこなして頂戴。アタシがシュヴァルツの王宮に行くわけにはいかないもの」
「それは……確かに。フローラがいたら、色んな意味でマズいですね」
「でしょう? いくらアタシでも、そんな真似はできないわ」
そう言って、ふぅと息を吐いたフローラだけど――行動云々よりも、こんなにキャラの濃いオネェが王宮にいたら、大騒ぎである。
堅物仕事人間のルシャード陛下とは水と油だろうし、ブランカとは……どうだろう?
一つだけ言えることは、絶対にややこしいだろうから、私はその場にいたくないということだけだ。
「ちょっと、何か失礼なコト考えてなぁい?」
「いえ、全然!」
ジト目で見られて、慌てて首を振る。
考えただけで耳が痛いなんて思ってないんだからね!
「ドレスや装飾品を作る期間も考慮すると、イメージは早めに決めてしまった方が良いわね。細かい部分はアタシが考えておくから、ひとまずアンタの好みを教えて頂戴」
「私の、好み……?」
「まさかあのケバい恰好を気に入ってるワケじゃないんでしょ? 好きな色とか、デザインとか……。そりゃ、全部その通りにはできないけど、アンタの格好なんだから、本人の好みをある程度取り入れてあげたいじゃない」
「好み……」
ごく普通の質問のはずなのに、思わず考え込んでしまう。
そういえば――私の好きな色って、何だろう?
「うーん……明るいパステルカラーは似合わないです。原色系は目がチカチカするので、あまり好きではなくて……。深い、落ち着いた色味が良いですね。昼間着ていた深紅と黒のドレスも、色自体は嫌いじゃないです」
「確かに、全く似合っていなかったわけじゃないけど……。ふむ」
私の回答に、フローラも悩ましげな表情を浮かべる。
しばらく唸っていたけれど、何か思いついたのか、パチンと指を鳴らす音が軽快に響いた。
「そうだわ! 新しく生まれ変わるといっても、元はヒルデなんだから。大胆な変更を加えても、これまでに近い雰囲気も残しましょう。そういうのも挑戦的で良いわね!」
方向性が定まったようで、明日早速ドレス用生地のサンプルを取り寄せることになったのだった。




