~無理ゲーにもほどがある!4~
結人は暗闇の中、白く浮かび上がった歯に飲み込まれた。
今こうして生きていられるのは、多分丸呑みされたのが功を奏したのだろう。飲み込まれた瞬間、身体を逸らし、閉じゆく歯をよけることに奇跡的に成功したため、少し急な滑り台を滑り降りるような形で、柔らかい肉の上に足がついたのだった。
それよりも臭い。なんともいいがたい鼻をツーんとつくような臭いに思わず袖で鼻を覆う。それとさっきから、足の裏がぴりぴりとするような痛みに襲われているのだが、これはいったい。
そこまで考えてあることに気がついた。ここが何かの腹の中と仮定したとすると、そこにあるのは胃酸だ。その考えを裏付けるかのように、その痛みは徐々に徐々に増していき、焼けるような痛みに襲われる。それはそうだろう。寝ていたのだから靴など履いているわけがないのだ。
その場を転がりまわりたいほどの激痛に襲われていたが、そんなことすれば身体全体が胃酸に溶かされることになる。つまり自分から溶かしてくださいとやりにいくようなものなのだ。言い表すことのできないほどの激痛に動くことすらままならず、ただただその痛みに悲鳴を上げそうになりながらも、耐えるしかなかった。
どれくらい我慢したのだろう。気がつくと、足の裏の痛覚がだんだんと麻痺してきて、痛みを感じなくなってきた。嫌な汗が全身から噴出し、着ている服は汗でびしょびしょになり、息もかなり乱れていた。
結人は息を整えながら、改めて辺りを見回そうとしてみたが相変わらず真っ暗で何も見えない。痛みに全集中していた脳をどうにか使い、壁に手を着きながらなら進むことが出来るかもしれないという考えに至る。痛む体をやっとのことで動かし、恐る恐る手を伸ばしてみた。すると腕を伸ばしきる前に柔らかいぬるっとした温かい肉の感触に触れる。
これならまだ進むことは出来そうだ。とほっとしたのも束の間、掌に焼けるような痛みが走り、その皮がヌルッと溶ける感触。肉壁からも胃酸が出ているらしく、手で伝いながら進むというようなことはとてもではないが出来そうに無かった。
今、パニックに陥り、冷静に考える事が出来なくなったら終わりだ。ただでさえ恐怖と痛みで発狂しそうになるというのに、周囲は暗闇と来ているからなおさらタチが悪い。闇は人の恐怖心をかきたてる。
結人は嫌なこと全て振り払うかのようにひとつ頭を振り、どうにか平常心でいられるように努めるようにした。夢なら覚めてほしいという思いに何度も捕らわれたが、この痛みは紛れも無く現実だ。ここから抜け出すことが出来なければ待っているのは確実な死だ。
しかし、いったいどうすればいいのか。せめてナイフの一本でもあれば肉を切り裂き、抜け出すこともあるいは可能だったかもしれない。
「無い物ねだりしてても仕方ないよな」
という掛け声とともに感覚が無くなった足で思いっきり肉壁を蹴り上げたりもしてみたが、弾力に押し負けて蹴り破るなんて話ではない。
「ぜんぜん歯が立たない」
ただここで痛みに耐えながら消化されるのを待つ! という、そんな選択肢は絶対に避けたい。こんな訳の分からない死に方は誰しもしたくないだろう。
しかしこれと言った打開策が都合よく閃いたりするわけもなく、その場にしゃがみこんだその時、硬い何かが足の小指に当たる感触があった。手探りでその硬い何かに触れる。
たしかに先がとがった何かがある。体の中で硬い部分と言えば“骨”だ。もしこいつが何らかの病気や奇形などにより骨が突き出しているのだとしたら、何かしらの突破口が開けるかもしれない。結人は藁にもすがる思いで、足に当たる硬いそれを掴んだのだった。





