第四十二話 最終作戦
26世紀人の施設に来て一夜が過ぎた。
全員は前に集められた部屋へ招かれていた。
各々席に着き、会議を行う準備は整っていた。だが、肝心の老人が姿を現さない。老人が映っていたディスプレイは黒を示すだけだった。
「ふぁーあ、眠てぇ……やっぱり、馴れないところで寝るのはよくねぇな」
「以外だな。君はどんなところでも眠れると思っていたのですが……」
「ここは気が抜けねぇ。妙に神経に刺さりやがる。こんな変なとことで眠れる奴の気が知れねぇな」
ぐっすりと眠った宗二は口を閉ざした。隣にいたファルも同じだったのか、気まずそうに口を閉ざしている。
「そんなことより、あの老人、遅くないか? 変な声で集められたというのに、主催がいない。騙された可能性も考えるべきではないか?」
ドッドも神経を尖らせているのか、珍しく落ち着きがない。
「よし、こうなったら斬るしかねぇ!」
「待ちたまえ、施設は壊さないで欲しい」
レンの行動を制止するように、ディスプレイが点灯すると以前と同じ老人が映し出された。その顔は昨日よりやつれて見えた。
「遅れてしまってすまない。守護者の改修で徹夜をしてしまった。この歳になると徹夜は堪えるな」
老人は改めてこちらを真剣な面持ちで見る。
これから決戦が近いと、誰もが感じていた。
「これから、マザー1を倒す最終作戦を行いたい」
「ちょっと待って欲しい。私達はあなたを信じているわけではありません。その作戦というのを実行するかどうかは私達で決める。それでいいですね」
老人の言葉にキシリエが問う。
現状を最も理解しているのは老人で間違いないだろうが、それが信頼に置けるかどうかいえば、全くそうではない。むしろ、警戒すべき案件である。
「勿論、それで構わない。この世界の命運は諸君に委ねてある。私はその道を示すだけ」
レンは胡散臭そうに老人を見ていたが、キシリエはそうではなく真剣な面持ちであった。
「それでは最終作戦を提案しよう」
老人を映し出していたディスプレイの表示が変わる。それは地図のようなもので、宗二もそれを見た事があった。
以前、会議室で見た世界地図、その最南端である汚染地域。その一帯の地図である。
前に見た地図は何が書いてあるかが不明瞭だったが、この地図は精巧であり宗二でも汚染地帯がどのようになっているか理解できた。
「この施設からマザー1までの距離はさほど遠くはない。元々は同じ施設だったためだ。守護者が全速力で向かえば2、3時間というところだ」
その言葉に皆が狼狽していた。本来なら汚染地帯へ踏み込んですぐくらいの距離だったはずだ。だが、この地図では最南端は目と鼻の先。旅が相当に前倒しされていたことを知る。
「作戦とは言ったが、結局は決死隊だ。アディバイス、ゲッセン、リタットディスターの3機でマザー1を攻め、破壊する」
「はっ! そりゃいい。分かりやすくていい。下手な小細工よりよっぽどいいぜ」
レンは簡単に手のひらを返す。ただ敵を殲滅するだけというシンプルさがよかったのだろう。
それに比べると、キシリエと宗二は渋い顔を作る他なかった。
「老人、本当にそれだけなのか? もっと、手段があるのでは?」
「申し訳ない。前に語ったが、26世紀人は去り、残った守護者は全て配った。今あるこの施設など、ただの残滓に過ぎない。改修には施設を守るバリアさえも使っている。もう、何も残っていない」
都合がよすぎると感じていた宗二にはその可能性も持っていた。戦力は自分達しかいない。
「ここはお爺さんの言葉を信じましょう。元々、僕達で本拠地を壊す予定でした。道を短縮できただけでもいいじゃないですか」
最初と比べれば考えられないペースで本拠地まで着いたのだ。それだけでも悪い話じゃない。
「無責任かも知れないが、俺はこの作戦に賛成だ。罠であれなんであれ進むしかない」
ここにいる事は既に手中にあると、ドッドは言い加える。
ファルも何か言いたそうにもぞもぞしているが、口を開くことはなかった。
「確かに後戻りなど許されていないか」
この施設からどうやって抜け出すか誰も知らない。頼みの守護者も預けている。
「意見が一致したのなら助かる。無理強いをするつもりはなかったが、この上では言い逃れができないようだ」
老人は仕切りなおすと言葉を続ける。
「ここのカメラからの映像では、数体の巨兵がこの辺にいるようだ。奴らを倒せばマザー1へはすぐに到達できる。以前のような生産力はない、勝ち目はあるだろう」
今度はディスプレイに巨兵が映し出されている。
ポーン、ナイト、ルーク、ビショップと様々だが、最大の問題はクイーン型がいることだった。
カメラ越しにでもその異様なポーズはいやでも目に付く。
「ここに改修した守護者がある」
老人の言葉と共に、銀のテーブルに三色のカードが表れる。
各々が自分の色のカードを手に取る。
様々な角度でカードを調べても、何が変わったの分からない。呼び出した時にしか分からないのだろう。
「改修した守護者には新たな機能を増設しておいた。これで、全ての巨兵に対処出来るだろう」
画面に守護者の映像が出て、武装の説明のようなものが表示されている。
「私が出来るのはこのくらいだ。全く役に立たずに申し訳ない」
これで最終作戦というものが終わったらしかった。
終わってみれば作戦も何もない。ただ、最後の戦いへの準備程度のものだ。
「それじゃあ、みんな行きましょう」
宗二は気合を入れて立ち上がるが、ファルとドッドは立ち上がらない。
「彼らにはもう役目はない。ここで待機していてもらう」
老人の声に宗二はすぐファルへ目をやると、彼女は力なく笑っていた。
恐らく、昨日の時点でわかっていたのだろう。
「絶対勝って返ってくるよ」
そう言う宗二の姿を見ながら、レンとキシリエは少し表情を緩めた。
「では、出口に案内しよう」
施設全体から聞こえる老人の声にしたがって、宗二達は出口に向かう。
これから最終作戦が始まる。