第四十一話 前夜
「もう一度お願いしたい。マザー1を破壊し、友を止めて欲しい」
彼の話が終わる頃、皆は口を閉ざし沈黙が支配していた。
ことの大きさより、スケールが良く分からず困惑していることすらある。何もかもが突然のことすぎた。
「君達の守護者は私が改修しておく。最新型の巨兵に対抗するべく武装の追加を行う」
「! あの巨兵に対抗できるのか!」
老人の言葉にレンが真っ先に反応する。斬ることができずに苛立っていたのだろう。
「そのためにカードをテーブルの上に置いて欲しい。私を信じるか信じないかは君たちに任せよう」
その言葉に皆の動きが止まる。今までが嘘でこれが本当の目的なら、巨兵への対抗手段の一切を失ってしまう。
「僕は貴方を信じます。いえ、信じなければ先には進めません」
宗二だけでなく、皆が思っていたこと。それでも、守護者を手放すのが躊躇われたのは、ここへ送り出してくれた人々の為を思えばこそ。
宗二は白いカードをテーブルに置く。それに続いてキシリエが、最後にレンが不承不承にカードをテーブルに置いた。
「協力に感謝する。改修が終わるのは朝になるだろう。寝床は用意しよう、ゆっくりと疲れを癒して欲しい」
老人から部屋の場所を聞くと、各々に部屋から出て行った。
宗二も部屋を出ようとすると老人に呼び止められた。
「アディバイスのパイロットよ、守護者が左腕をやられたようだな。腕を治してやろう」
宗二の左腕が青く光ると、今まで動かなかったのが嘘のように軽く動くようになった。老人が言うには共有した痛覚を解除したとのこと。怪我はなく痛みだけが残るのはこのせいだったようだ。
「ありがとうございます」
「この痛覚も弱くしておくとしよう。君がここに来てくれたことは幸運だった。だが、君にとって幸運ではないかも知れないが」
老人の意味ありげな言葉を聞き、部屋を去った。
老人からあてがわれた寝床はカプセルではなくごく普通のベッドだった。宗二はもっと未来的なものを想像していたので、若干残念だった。
「ソージくん、ちょっといい?」
「ファル? 駄目じゃないか早く寝ないと、疲れてるだろ」
「うん。だけど大丈夫、ちょっと話がしたくて」
宗二にはファルが言った大丈夫の意味が分からなかったが、彼女がそうしたいというのなら無理に断ることも無い。宗二は話に付き合うことにした。
場所を移そうかとした宗二をファルが制し、強引に座らせる。
「明日は最後のボスとの対決になるのかな? これで、世界は救われるのかな?」
「分からないけど、終わるといいですね」
宗二にもどうなるか分からない。ここに来て予想もできない展開で、これから何が起こるのか予想ができない。老人が言った通りに『マザー1』という巨兵製造工場を壊せば終わるのだろうか。それとも、また別の何かが世界の脅威になるのか、老人の言葉が全て嘘なのか。
「この戦いが終わったら何かしたいことってある?」
「そ、その話は終わってからにしようか。先ずは勝たないとね」
もう少しで死亡フラグが立つところだった。そんな言葉で人の生死が変わるとはないが、宗二は未だにそんなことを信じていた。
「ほ、他に話は無いですか? 本当は別の話があるんですよね」
「うん。ソージくんは怖くない? 倒せない巨兵が出てきて、ボスが出てきて、本当に勝てるのか、とか、考えない?」
目の前に立つ壁が大きいからだろうか、俯いたファルはいつもより弱気になっているように見える。それを悟った宗二はなるべく笑顔で明るく装う。
「大丈夫だよ、僕は勝つよ」
「どうして、そこまで言えるの?」
「僕は世界を救うために、ここにいるから」
宗二は自分が思っているより、不安を感じていないことを不思議に思う。逆に胸が熱くなって力が湧いてくるような気すらした。
「世界を救うかぁ……やっぱり、スケールがちがうなぁ。呼び出されただけなのに、どうしてここまで頑張れるのかな?」
「ははは、少し恥ずかしい話だけど、読んでいた本に影響されたみたいだ」
宗二は自分を振り返る。こちらに呼ばれて半年になるが、未だに元の世界に引きずられている。今になっても、この世界に馴染めないでいた。
「物語の主人公はさ、僕と同じように呼び出されたのに、世界を救っているんだ。凄い力を持っていて、どんな苦難も乗り越えて、最後には世界を救うんだ。だからさ、僕も同じになりたかった」
宗二は昔を思い出す。召喚されてすぐのこと、彼らの失望した様子、何もできずに逃げ出したこと。自分は物語の主人公とはかけ離れた無様な様子だった。
「僕はこの世界を救うために呼び出されたんだ。だから、それに応えないとね。随分と情けなくて、何度も挫けそうになったけど、ここまでこれたんだ。世界を救うよ」
「そうなんだ。私はそんな物語の主人公にはなれないなぁ……あ、でも恋愛小説とかの主人公にはなってみたいかな。読んだことないけど」
最後のオチに宗二は肩を透かした。彼女が無理に話に付き合ってくれているように見えた。
「物語の主人公なんて言ってはいるけど、色々な人と出会って、助けてもらって、期待してもらったら、頑張るしかないですよね」
「その中には、私も入っているの?」
ファルを乗り出しながら聞いてくる。こんな展開を待っていたのではないかと、宗二は邪推してしまう。それでも、期待した目を見ると答えないわけにはいかない。
「入ってるよ。もしかしたら、一番助けてくれたんじゃないかな。いつも一緒にいてくれたし、どんな時も見捨てないでくれたしね」
宗二は今までを振り返る。いつも隣にはファルがいた。励ましてくれたり、世話をしてくれたし、どんなことも付き合ってくれた。感謝してもしきれない。
「へへへ……よかった。実は鬱陶しい奴だって思われてるんじゃないかと」
「そんなことは絶対にないよ。いつも見てたから、分かってる」
少し俯いていたファルの顔が急に正面を向いた。突然のことで、宗二と目が合ってしまう。
「じゃあ、最初に会ってから私に変わったところがあるけど、わかる?」
「逞しくなったかな」
「そうじゃない! 外見、外見だから!」
宗二は外見で答えたつもりだったが、ダメだったらしい。
言われたとおりに宗二はファルを見つめる。
何が変わったか分からない。衣類がいつもの厚手の布の服でなく、こちらで支給された薄い寝間着になっている。だが、そこではないと宗二は思う。
いつも見ているからか、やはり分からない。同じ手足、同じ胸、同じ顔、同じ瞳、同じ……。
「そうか、髪だ。最初に会ったときは短かった」
「そう、正解! これ、伸ばしてたんだ」
「? どうして?」
「これは乙女の秘密です」
なら聞かないで欲しいと宗二は思ったが、口を開かなかった。髪の話なら、宗二は少し短くなった。学生だった頃のように怠けて伸ばすようなことは止めた。動くことが多くなったから、邪魔にならないようにした。
ファルとは真逆である。何故、真逆か、あまり動かなくなったからとは思えない。
「んー、これでいいかな。聞きたいことは聞けたし」
「そうなの? こんなことでよかった?」
「ばっちりかな。じゃあ、おやすみなさ~い」
ファルは上機嫌で手を振ると、さっさと部屋を出て行った。
よくわからないが、こちらの緊張を解してくれたのかもしれない。
宗二は自分の落ち着いた様子に、彼女へ感謝した。この話が無ければ、明日のことを深く考えてしまっていただろう。
これなら、夜はぐっすりと眠れるだろう。