87話 二人だけじゃない秘密
翌朝、俺達は無気力にテーブルへ着いていた。
「んー! よく寝たんだわさー! ……あれっ? みんなどうして元気無いんだわさ?」
いや、フォンだけは満足そうな顔をしている。
「思ったより床が硬くて身体中バキバキっす……」
「我輩、翼を寝違えたのである……」
「首が動かん……」
「あー、肩が痛いわ。なんであたしの家なのに、こんな目に遭ってるのかしら……」
仲間達は想像以上の寝心地の悪さによって、目の下に隈を作っていた。
そして俺も例に漏れず背中が痛い……
「フォン、お前だけふかふかのベッドで寝れたからな。ところで何でメルダも隈を作ってんだよ……」
「しょ、しょうがないじゃない。外を眺めてて気付いたら寝ちゃってたんだから……」
メルダが誤魔化すように答えると、フォンが何かを思いついたようだ。
そして意地悪そうに嗤うと、徐に立ち上がった。
「ふっふっふっふ……みんな、外で顔を洗ってくると良いんだわさ!」
そう言うと、フォンの体が黄金色に輝き9本の尻尾が顕現する。
何故か九尾化を発動させたようだ……
「おいフォン、お前何をする気だ?……」
だが、フォンは満面の笑みで返すと、腕を組み仁王立ちした。
そして目が金色に変化すると、俺、ダルス、ドラム、オルガの体が光に包まれて浮き始める。
「うおっ!? やめろフォン!」
「オイラ達をどうする気だ!?」
「うーむ、浮いてるのである……」
「おっ、おおっ!?……」
「じゃっ! いってらっしゃいだわさー!」
俺達は有無を言わさず窓から放り出されると、上空をゆっくりと飛ばされていく。
振り返ると窓から静かに佇むフォンの姿が見えた。
暫くして林を通過すると、海が近くなってきた。
一体俺達を何処へ連れていくつもりなんだ?……
身体の自由を奪われ、されるがままに空中を漂っていたが、突然光が消えて俺達は砂浜へと落下する。
「いっ!?」
「うがっ!」
「ぎゃっ!」
「うおっ!?」
《あちゃー。落とす場所を失敗したんだわさー! でも、みんなそこで顔を洗ってくるんだわさ!》
フォンから思念通話が届く。
そうか、俺達が無気力だから海で顔を洗ってこいってことか?
意図は理解したが、やり方が気に食わないな……
《……おいフォン。後で覚えてろよ!》
《あはは……お、覚えとくんだわさー》
フォンの震えた声が返ってきた。
どうやら反省はしているようだな。
「みんな、フォンの言葉は聞いたな?」
「顔を洗って出直すのである……」
「フォンの奴、生意気っす!」
「顔だけじゃ済まなそうだな……」
仲間達へ目を向けると、身体中が砂だらけになっていた。
これは服も濯がないとダメだな……
「仕方ない、一度海に浸かるぞ! 乾かすのは俺がやってやる」
仲間達は頷くと海へ飛び込んだ。
「んー! 朝の海は気持ちいいっす!」
「海に浸かるのは久しぶりなのである!」
「うぅっ。これは……目が醒めるな!」
三人の顔が生き生きとしてきた。
意外とフォンの案は悪くなかったようだな。
俺も海に浸かると、砂を払うように軽く泳いだ。
※※※
暫くして泳ぎ終えると、俺達は海岸を歩き出す。
「ふうーっ。たまに泳ぐと楽しいっす!」
「うーむ。心に沁みたのである……」
「完全に目が醒めたぞ!」
俺は仲間達の体に炎を纏わせると、微弱な敵意を込めて服に染み込んだ水分を蒸発させた。
「うぅ。泳いだら腹減ってきたっす……」
真っ白な湯気の中から仲間達が現れると、ダルスが腹を抑えて舌を出す。
ドラムとオルガも続いて頷く。
辺りを見回すと、丁度良く海の家が目に入った。
「よし! 朝食はあそこにするぞ!」
海の家に入ると既に何組か先客が居るようで、食欲を掻き立てる香ばしい匂いが漂ってくる。
「うーん! この美味そうな匂い堪らねぇっす!」
「海と言えばこの匂いなのである!」
オルガの喉がゴクリと音を立てた。
早速席に着くと、炭や網と共にアレが運ばれてくる。
「うっ、やっぱりコイツの外見だけはどうしても見慣れないな……」
そう、アレとは半透明なムカデのような海産物の“ぶよぶよ”だ。
悍ましい外見とは裏腹に、噛めば爽やかな磯の香りがする。
「よーし! 早速焼くっす!」
ダルスは躊躇いもなく網にぶよぶよを仰向けに置いた。
ワシャワシャワシャワシャ!!
すると案の定ぶよぶよの脚が蠢く。
ううっ、気持ち悪っ!
「トール様、焼けたのである!」
「おっおう。ありがとう……」
ドラムが俺の皿に焼き上がったぶよぶよを取り分けてくれた。
オルガやダルスへ視線を向けると、丁度二人ともぶよぶよを口に咥えたところだった。
二人の口元はぶよぶよの脚が蠢いている……
ダルスと目が合うと、まるでうどんを噛み切るように、口からブシャッとぶよぶよが切り落とされた。
「トール様、食わねぇっす?」
「あ、ああ。食うぞ……」
俺は恐る恐るぶよぶよを箸で摘むと、一思いに噛み潰した。
「んんっ! 美味え!」
やはり味は最高だ!
磯の香りが鼻を抜け、程よい塩味が口の中へ広がる。
もうここからは箸が止まらない!
気付けば5匹もぶよぶよを食べ終えていた。
三人も満足そうに寛いでいる。
「ふぅ、食ったっすー!」
「満腹なのである!」
「美味かった……」
「よし、みんな食い終わったな! そろそろ戻るぞ!」
三人がゆっくりと頷くと、俺達は海の家を後にしようとする。
だが、何か忘れているような……
あっ。メルダは未だ朝食を食べてないんだよな。
持って帰ってやらないと可哀想だ。
フォンの分は……一応持っていってやるか。
俺は海の家の店員に事情を話し、10匹のぶよぶよが入った袋を受け取った。
※※※
時は暫し遡る。
フォンがトール達を海へと飛ばすと、フォンは元の姿へ戻りメルダに振り返った。
「ふぅ。これで二人きりになれたんだわさ!」
「えっ!? フォン、どうしたのよ急に……」
突然の事態にメルダは困惑し後退る。
だが、フォンはそんなメルダを一歩、また一歩と壁際へ追い詰める。
「メルダ! アンタ、トール様の事をどう思ってるんだわさ!?」
「へっ? ト、トールの事? いや、別に、何とも、思ってないわよ!」
フォンの言葉にメルダは一瞬思考が止まるが、直ぐに意図を理解し顔を背けた。
「ふ〜ん。でもトール様はメルダのことが好きだって言ってたんだわさ!」
「えっ! ちょっと、本当にトールも好きって言ってたの!?」
「あれれ? トール“も”って事は、やっぱりメルダもトール様の事が好きなんだわさ?」
「うぐっ。あたしとした事が……くだらない失敗をしたわ。フォン、この事は絶対にトールには言うんじゃないわよ!」
「って事は、メルダはトール様の事が好きなんだわさ?」
「……ええ。そうよ」
メルダは顔を真っ赤に染め、フォンから視線を逸らしながら呟いた。
するとフォンはメルダの手を勢いよく取ると、何かを決意したように強く頷く。
「うん! 絶対に秘密にするんだわさ! ……メルダ! アタシはメルダを応援してるんだわさ! すっごく、すっごく応援してるんだわさ!!」
「そ、そう。ありがとう……」
メルダは不安を拭えずにいたが、フォンの勢いに押され、ただただ頷く事しか出来なかった。
そして二人はテーブルに着くと、他愛のない会話をしながらトール達の帰りを待つのだった。
その頃トール達は………
※※※
俺達は海の家を出ると、徒歩でメルダの家へ向かっていた。
飛んで帰っても良いのだが、折角の景色を堪能したいというドラムからの申し出があった為だ。
「うーむ。やはり海辺を歩くのは新鮮なのである!」
「そうだな。普段は飛んでばかりだったからな」
「森の中を歩くのは久しぶりだ……」
暫く進んでいると、ダルスが不思議そうにぶよぶよの入った袋を指差す。
「トール様、そのぶよぶよは二人のお土産にするっす?」
「ああ。俺達だけ美味いものを食ってちゃ悪いだろ!」
するとダルスは上を見上げると、何かを思い付きニヤリと嗤う。
「へへっ。トール様! オイラ、フォンに仕返ししたいっす!」
「仕返し? 何をする気だ?」
「フォンの事だから、帰ったら絶対に腹を空かせてるっす! オイラ達が戻った時に腹一杯食ってきた事を話せばアイツは悔しがるっす! そこへメルダの分だけのぶよぶよを渡せば、フォンをギャフンと言わせられるっす!」
「お、おう、そうか……」
俺はダルスの案を却下しようと考えたが、思い返すとフォンの所為で砂浜に叩きつけられたんだったな。
食べ物を奪う事には気が引けるが、一先ずダルスの案に乗ってみる事にした。
袋の中から7匹のぶよぶよに炎を纏わせ『空間収納』へ飲み込んでおく。
残りの3匹はメルダへ渡す事にしよう。
※※※
メルダの家に着くと、俺は扉を開け声を上げる。
「ただいまー!」
「あっ、戻ってきたんだわさ!」
室内ではフォンとメルダがテーブルに着いていた。
フォンが笑顔で手を振りながら俺達を出迎える。
なんだ? フォンの奴やけに機嫌が良いな……
「メルダ! 腹減っただろ? ほら、お前にお土産だ!」
「あら、ぶよぶよじゃない。という事は、みんなもう食事を済ませてきたのね?」
「ああ。俺達だけ食うのは悪いからな、お前も食えよ!」
俺はぶよぶよを皿に盛り付けると、手から炎を放ち一気に焼き上げた。
部屋の中が香ばしい匂いで満たされる。
「ありがとう。早速いただくわ!」
メルダがぶよぶよを食べ始めると、フォンが俺の肩を叩く。
「あっ、えっと、アタシの分は?……」
「ん? 無いぞ!」
するとフォンは目を丸くして涙を浮かべ、俺の肩を揺すりながら訴えかけてきた。
「……ええええ!! トール様ぁ! なんでアタジの分が無いんだわざー!」
「フォン、お前さっき俺達に何をしたか覚えてるよな?」
「うぐっ……覚えてるんだわさ」
「なら、そういう事だ」
メルダは申し訳なさそうにぶよぶよを口に含む。
そして横目でフォンへ視線を向けると、涙目のフォンと目が合った。
「いい匂いだわさ……」
「えっと……フォンも一つどうかしら?」
「メルダ、フォンに分けなくて良いぞ!」
「そ、そう……」
「うう、トール様ひどいんだわさ……」
フォンはテーブルに突っ伏すと、ぺたんと耳を垂らした。
「ダルス、これで満足か?」
「いや、まだ足りねぇっす! フォンは今日一日メシ抜きっす!」
「まさかアタシの分が無いのはダルスの所為だわさ!?」
「へへっ! お前がオイラ達を飛ばすのが悪いっす!」
「何よっ! ダルスの癖に! ダルスの癖にっ……」
「何だよ! オイラに文句があるのかよ!?」
「「むぅーっ!!」」
フォンとダルスは互いに睨み合う。
「……はぁ。今回はアタシが悪かったんだわさ」
「お、おい、フォンらしくないぞ! どうしちまったっす!?」
だが、意外にもフォンが折れたようだ。
ダルスも予想外だったのか困惑の表情を浮かべている。
「アタシだってさっきの事は悪いと思ってるんだわさ。みんな、吹っ飛ばしてごめんなさいだわさ……」
「なんか調子狂うっす……」
フォンは俺達に頭を下げた。
うーん、予想以上に効いてるみたいだな……
仕方ない、そろそろ良いだろう。
俺は全身炎化すると、腹から程よく焼き上がったぶよぶよを取り出す。
「ほら、フォン、お前の分だ!」
「アタシも食べて良いんだわさ!?」
「ああ、本当にお前の分を抜くわけないだろ。食ったら出発するぞ!」
「わーん! トール様大好きだわさー!」
フォンが俺の肩に飛びついた。
「はぁ。お前は本当に現金な奴だな……」
俺は大きく溜息を吐くが、そんな事は露知らず。
フォンは満足そうにぶよぶよを頬張っていく。
ふと目を逸らすと、一瞬メルダの視線を感じた。
「ん? どうしたメルダ。そんな不満そうな顔をして」
「えっ!? べ、別に不満なんて無いわよ……」
「あはは! アタシが悪かったんだわさ! メルダの分は取らないから安心するんだわさ!」
「ちょ、ちょっとフォン! 揶揄わないでよ!!」
メルダはフォンの肩を小突くと、フォンはメルダへ満面の笑みを向けた。
気付けばもうフォンはぶよぶよを平らげている。
まったく、こいつの食う速さには驚かされるな……
「そうだぞフォン。お前の分は多めに用意してやったんだから、メルダのを横取りすんなよ!」
俺はそう言いながら仲間達へ視線を向けると、ダルス、ドラム、オルガもヤレヤレといった表情で俺に目を合わせた。
どうやら三人もフォンの食い意地に呆れているようだ。
「フォンの奴、メルダを揶揄ってるっす……」
「うーむ、やはり道のりは険しいのである」
「オレはトール様を応援してるぞ!」
なんで俺が応援されるんだ?
俺は首を傾げながらメルダが食べ終わるのを待つのだった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
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5章準備のため暫く更新を休止させていただきます。
次回は日程が確定次第こちらへ追記致します。
→大変お待たせ致しました。
次回は12月4日に更新予定です。
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