86話 最後の一夜
片付けが一段落する頃には陽が暮れ始めていた。
窓から見える景色には、月明かりに照らされた海が輝いている。
夜もなかなか良い眺めだな……
「みんな、ありがとう。おかげで早く片付いたわ。疲れたでしょう? 今日はここで休んでいきなさいよ!」
「良いのか? 折角の新居なんだぞ!」
「新居だからこそよ。今は部屋が空いているけど、研究の設備が整ったら人なんて呼べなくなるわ!」
「なるほど……確かにそうだな!」
思い返すとメルダの前の家は、研究資料などで溢れかえっていた。
この家もいずれそうなるのかと想像すると、思わず苦笑する。
「ちょっとトール! 今何か失礼な事を考えてなかった?」
「うっ!? か、考えてないぞ。よしみんな! 今日はここに泊まらせてもらうぞ!」
仲間達が大きく頷いた。
「じゃ、メルダ。悪いが今夜もよろしくな!」
「ちっ。上手く誤魔化したわね……まあ良いわ。みんな、その部屋を使ってちょうだい!」
メルダは恨めしそうに俺を一瞥すると、未だ何も無い部屋を指差した。
残念ながら寝具が無い分、宿屋より快適さに欠けるが、この景色と新築の香りを堪能したら、それもチャラになるだろう。
「「ぐぅ〜……」」
話しを終えたところでフォンとダルスの腹が揃って鳴った。
「オイラ、もう腹ペコっす!」
「アタシもそろそろ限界だわさー!」
ドラムとオルガも口には出さないが、熱い視線を俺に向けている……
「よし! 今日の宿が決まった事だし、夕飯にするぞ!」
「「わーい!」」
「くぅ。ふふっ。二人とも喜び方がまるで子供じゃない!」
フォンとダルスがハイタッチを決めると、メルダがヤレヤレと肩を竦めた。
だがメルダ、お前もくぅって腹が鳴ってたぞ……
まぁ、今回は聞かなかったことにしてやろう。
というわけで、夕飯の準備に取り掛かる。
今回は簡単なものにしよう。
そうだな、メニューは……シンプルなカレーライスだ!
全身炎化すると、腹から材料の入った袋を取り出す。
やはり『空間収納』の野菜や生鮮食品は鮮度が落ちていなかった。
すかさず必要分の材料を取り分けると、袋ごと再び腹の中へ放り込む。
今度は木で作った鍋や皿を取り出すと、テーブルに並べた。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎをそのまま鍋の中へ置くと、それらを炎で包み込む。
そして炎で揉むように皮を剥くと、不要な部分は蒸発させ、残りは炎で一口大に焼き切った。
続いて体内に漂うナゾのブロック肉を炎で包み込むと、小分けに焼き切った後に圧力鍋の要領で炎に圧を掛け、弱火程度の敵意を込めて炎を肉の内部まで浸透させる。
すると、舌で押せば崩れる程に柔らかくなったナゾ肉が完成した。
鍋の上に左手を翳すと、手のひらからナゾ肉を鍋へ放出する。
ふと視線が気になり横を向くと、ダルスが不思議そうに鍋を凝視している。
「トール様の手から肉が噴き出してるっす!」
確かに……側から見たらこの光景はシュールだな。
俺は苦笑しながらナゾ肉を投入し終えると、今度はテーブルに置いたカレールーを手に取った。
「異世界の文字が書かれてるんだわさ!」
「これは調味料みたいなもんだ。こうして鍋にいくつか入れるだけで、早く出来上がるんだよ!」
「ふーん。なんだか不思議な石だわさー」
フォンは怪訝な表情でカレールーが鍋に投入される様子を眺めていた。
次は鍋へ水を入れようとするが……
「メルダ、水って未だ用意してないんだよな?」
「ええ。悪いけど水は無いわよ。ちょっと飛んで汲んでくるわ!」
この世界の水は汲み置きしておくのが一般的だ。
だが、ここに来たばかりの俺達に水の用意は無かった。
「いや、たぶん大丈夫だ。俺に考えがある!」
「窓を開けて何するつもりなの?」
メルダが首を傾げるのを余所に、窓から炎の竜巻を海へと飛ばす。
『空間収納』は離れていても使えるのか気になったからだ。
試しに少量の海水を『空間収納』へ飲み込もうとする。
目を凝らして窓から海を眺めていると、海面がギュルルルルと渦を巻いているのが見える。
それと同時に体内に海水が流れてきたのを感じる。
こんなに離れていても『空間収納』が使えるんだな……
新たな発見をした。
ある程度の海水を飲み込んだところで炎の竜巻を消すと『空間収納』に流れ込んだ海水を炎で包み込み、一気に蒸発させた。
すると体内では水蒸気爆発が起きるが、海水を包む炎を筋肉のように伸縮させ抑え込む。
こうして海水が塩と蒸留水に分かれると、体内では鍋に米を入れ、蒸留水を注ぎ、炎を纏わせ一気に炊き上げる。
一方、左手からは蒸留水を鍋へと注いだ。
「今度は水が出てきたっす!」
「トール、まさかあんた海水を?……」
「おう。今注いだのは塩を抜いた海水だ!」
「そ、そう。本当にあんたは何でもアリね……」
顔を引き攣らせるメルダを横目に、最後は鍋の内側に炎を纏わせ、鍋の中には拳大の炎の竜巻を放り込んだ。
鍋の内面の炎に中火程度の敵意を込めながら蠢かせ、炎の竜巻も中火程度に敵意を込めて加熱する。
鍋の内側と竜巻の両面から程よく掻き混ぜられると、シンプルだが口当たりの良いカレーが完成した。
そして腹に手を突っ込み米を炊いた鍋を取り出すと人型に戻る。
「えっ、もしかしてあんた一緒に米も炊いてたの?……」
「ああ。こっちも海水を蒸発させた水で炊いてみたんだ!」
最近は炎の使い方に慣れてきたおかげか、調理時間が短くなってきたな。
メルダがプルプルと肩を震わせて何かを言いたそうだが、特に何も言い出さなかったのでスルーしておく。
「はぁ。もういいわ……」
するとメルダは諦めたように溜息を吐いた。
わかるよメルダ、俺だって非常識な事をしてる自覚はあるぞ。
だが出来ちゃうんだから仕方ないだろ。
「よし、出来たぞ! みんな食え!!」
「「「「いっただっきまーす!!」」」」
「……いただきます」
各々にカレーライスが行き渡ると、全員が一斉にカレーを口へと運ぶ……
「「「「うっまぁ〜……」」」」
仲間達は蕩けそうな顔をしながら次々にカレーを頬張っている。
よしよし、今回も評判は上々だ。
だが、メルダだけは浮かない顔をした。
「どうしたメルダ? 美味くなかったか?」
「……違うわよ。料理はいつものように美味しいわ! でも……もうトールの料理が食べられないって思うとちょっと寂しいのよ」
「そうか! なら俺達」
「行かないわよ!!」
言い終える前に釘を刺されてしまった……
「あたしはここで研究を進める。それは覆らないわ!」
「そうだよな……わかった。変な事を言ってすまなかった」
「ふふっ。でも、もう会えないわけじゃないわ。どうせあんた達の事だから、困った時は訪ねて来るんでしょう? いいわ、いつでも来なさい! あたしはここで、待っててあげるから!」
俺達は静かに頷くと、黙々とカレーを食べ続ける。
その様子をメルダは微笑みながら見守っていた。
だが、その表情はどこか歪に見えるものだった……
※※※
片付けを終えて寝る準備を整えると、各々が床に寝転がった。
仲間達は慣れたもので、こんな硬い床でもぐっすりと眠っている。
因みにフォンはメルダと一緒にベッドで寝ているようだ。
俺は一人で壁にもたれながら座り、窓から夜景を眺めていた。
上空や宇宙から見る景色とは一味違う美しさに見惚れてしまったのだ。
「はぁ。こんな景色が毎日見られるなんて、メルダが羨ましいな……」
そんな事を呟いていると、誰かがゆっくりと近づいてくる気配を感じた。
振り返るとメルダが立っている。
「あら、眠れないの?」
「メルダか。お前も寝れないのか?」
メルダは俺の隣に座ると、仲間達の様子をゆっくりと見回しながら答えた。
「ちょっと違うわ。最後にみんなの顔を見て眠りたいって思っただけよ……」
「そっか……メルダ、この家は良いな。夜景も最高だよ」
「ふふっ。そうね、あたしも気に入ったわ。でも、この良さも慣れちゃって美しく感じなくなるのかしらね……」
「毎日ここで籠っていたら、いずれそうなっちまうかもな……」
「はぁ。そうなったら悲しいわね。でもそれなら……もうちょっとだけ、この景色をあんたと観ていたいの」
メルダの頭が俺の肩にぶつかる。
あれっ? このシチュエーションは……
思い返すと昨日のメルダは珍しく酔い潰れていた。
もしかして、こいつ俺に気があるのか?……
俺は恐る恐るメルダの方に視線を向ける。
すると……
「すー。すー……」
メルダは寝息を立てて俺の肩で眠っていた。
どうやら見当違いだったようだ……
そもそもメルダの容姿は未だ子供のように小さい。
精神年齢は俺達と大差無いように感じるが、実際の歳を聞いてはいない。
だが、メルダと幼馴染のハワードは、俺達と然程歳が離れていないように感じた。
しかし、外見通りの年齢なら、俺は渡ってはならない橋を……
「ダメだダメだ! 俺は何を考えてんだ!」
俺は頭を振って邪念を飛ばすと、メルダを起こさない様に姿勢を変え、意識を手放した。
いつもお読みくださりありがとうございます。
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28日に更新致します。
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