52話 孤独の魔導師
フォンは無言で頷いた。
※ ※ ※
暫くすると、兵士達がメルダの家へ駆けつける。
その中にはフェスタの姿もあった。
「すまないな、フェスタ。騒がせてしまって」
「何があったんだべか?」
俺達の会話を聞いたハワードはガタガタと震え始める。
「おっ……お前何者なんだ!? な、何故フェスタ様と対等に話している?……」
「何故って、俺も一応魔王だからな」
「なっ!?……う、嘘を言うな! お前のような奴が……はっ! 最近妙な噂を聞いたぞ。イフリートが魔王になったと……まさかっ!」
「ほぉ〜。もう噂になってるのか。広まるのは意外と早そうだな」
「お前の纏っているその炎、魔法の質ではない……ということは本当に……」
「ああ。俺はイフリートのトール。数日前に魔王になった」
「……クソッ! なんでメルダの周りには、こんな奴等ばかりが集まるんだ!」
「なぁハワード。俺だって最初から魔王だったわけじゃない。メルダと出会った時はただのイフリートだった。だがな、メルダや仲間達と助け合う事でここまで来れたんだ。ハワード、お前に足りないものが何かわかるか?」
「何って、実績だろ!?」
「いや違う。この前メルダも言ってただろ? お前に足りないものは相手を思う気持ちだってな。仲間の為に頑張る。仲間が居たから乗り越えられた。実績ってのは目指すものじゃない。進んできた結果として残る副産物なんだよ……」
「足りないものは……相手を思う、気持ち?……そんなもの、何の役に立つ?……」
ハワードは静かに呟いた。
すると、フォンがハワードを睨みつける。
「コイツは……人の痛みなんて感じないんだわさ!!」
フォンはハワードに指差し、啜り泣きながら叫んだ。
「フォン、それは違うわ!!」
だが、メルダはそれを否定する。
俺とフォンがメルダへと視線を向けると、メルダは涙を流しながらフォンの肩に手を伸ばす。
「ハワードはね、本当はとても優しいのよ。でも、あの事件から変わってしまったの……」
メルダがハワードについて語り始める。
※ ※ ※
ハワードとあたしは子供の頃から同じ街に住む幼馴染だった。
あたしはまだ魔女に成り立てで、薬草の採集なんて一人で満足に出来なかったわ。
そんな時、ハワードはあたしの研究を手伝ってくれた。
「ハワード! 大丈夫よ、そんな危ない所に登らなくても……」
「だってこれ、必要なんだろ? 父さんはお前の才能を認めてるんだぜ! お前は将来、世界を担う魔女になるだろうってな!」
ハワードの父親は有名な魔導師であり、あたしの先生でもあったの。
そんな人から認められて、あたしは嬉しかった。
「……ほら、採れたぞ!」
「ありがとう……」
この頃から、復讐の為の研究から人の為の研究を目指すようになったの。
その後もハワードとあたしは危険な森の中を一緒に歩いた。
あたしが転びそうになった時はハワードが支えてくれたわ。
ハワードが居なければ、あたしはこうして研究を続けられなかったかもしれない。
そのくらいハワードに助けられたの。
そんなある日、事件が起きる。
街の人々が、関節が痒いと言い出したの。
「最近、関節が妙に痒いんだ……」
「俺もそうなんだよ。でも、どうせ虫刺されだろ? そのうち治るさ……」
街に謎の病が発生した。
最初はみんな虫刺されだと勘違いし、特に気にも留めなかった。
でも、次第に病魔が牙を剥くようになる。
「おい、お前顔色悪いぞ……」
「お前だって……待て! お前、目が……」
ある一定の症状を超えると、病の進行が著しく早くなり、一時間も経たずに最悪の事態へ陥る。
「目? う、うおぉ! なんで俺の目が地面に落ちてんだ!?……」
「うわぁ! お前、体が……ドシャッ!」
痒みを伴いながら体を蝕み、関節から順に腐敗していく。
そして最期は体が崩れ落ち、死に至るという恐ろしい病よ。
ハワードの父親は、その病の原因を探る研究をしていたの。
でも、病は瞬く間に街中へ広がり、人々は病の恐怖に怯えていく。
免疫力の低い子供や老人を中心に、街の人の3割がこの病で命を落としたわ。
そんな中、突如仮面を付けた男が現れ、街の人達にこう言ったの。
「この病は人災だ。犯人は研究者を装ったあの夫婦。奴等が“研究”をしている限り、この病が収まることはない……」
平時なら、こんな男の言葉なんて誰も信用しない。
ただ、この時は違っていた。
人々は遣り場の無い不安や憤りが溜まり、限界を超えていたの。
それが男の一言で爆発してしまった。
「犯人はあの魔導師だ!」
「殺せ! 災厄の種である魔導師を殺せ!」
『『魔導師を殺せ! 魔導師を殺せ!!』』
当時の事は鮮明に覚えているわ。
街のみんながハワードの家に押しかけた。
ハワードの父親は、誤解を解こうと必死に説得を試みたけど、人々の心にそれは届かなかった。
やがてハワード父親は人々によって引きずり出され、殴る蹴るの暴行を受けた後、首を切り落とされ殺された。
母親は意を決してハワードを裏口から逃がした後、逃げ遅れて殺されたの。
遠目から両親が殺されるのを目の当たりにしたハワードの顔は、絶望の一色に染まっていた。
あの時のあたしは非力で、その様子を眺めることしか出来なかった。
その事を今も後悔しているわ。
もっとあたしに力があれば、二人を助けることが出来たかもしれないって……
それ以降、ハワードは人を見下すようになり、心を閉ざしてしまったのよ……
※ ※ ※
メルダは説明を終えるとハワードの手を取った。
「ハワード、あんたの居場所はあたしが作ってあげる。だからあんたは罪を償って。あたしはいつまでも、あんたを待っててあげるから……」
「なんで……お前はそんな事が言えるんだ……ボクはお前の家を燃やしたんだぞ? 何故恨まない? 何故見捨てない? お前の生き甲斐の研究を潰してやったのに……」
「そんなもの、あんたが味わった苦しみに比べたら大した事無いわ。それよりも、あんたが人を殺してしまう前に、こうして止める事が出来て良かった。もしも誰かを殺してしまったら、あんたも街の人達と同じになってしまうのよ。そうなってしまったら、もうあんたの心を助ける事は出来ないの。そうならなくて本当に良かった……」
メルダは涙を流しながらハワードの手を強く握る。
ハワードも涙を流し俯いた。
「クソッ! メルダ……お前って奴は……本当に……本当に……大嫌いだっ!……」
ハワードは叫ぶと、メルダの手を強く握り返した。
そして顔を上げると、鋭い眼差しで空を睨む。
その顔は、何かを決意したようだった。
ハワードが兵士の元に歩み寄り、両腕を差し出す。
「頼む……」
すると兵士はハワードを拘束し連行した。
俺は連行されていくハワードの後ろ姿を一瞥し、メルダに視線を向ける。
「メルダ、やっぱりお前は優しいな……」
「あたしはハワードに沢山助けられた。今度はそれをあたしが返す番なの。それだけよ……」
「そうか……」
「そうよ……」
メルダは小さくなっていくハワードを見つめ、静かに溜息を吐いた。
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