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あの夜の秘密 ー2ー

 関根の隣で柔かに話しをしている女は、その純粋そうな笑顔を向けられたら、どんな男でもたちまち落ちるだろうと思われる、小柄で目鼻立ちのはっきりした綺麗な子だ。表情の端々には強かさも見てとれ、しっかりしてそうな印象を受けた。


「ねーねー、お見合い否定してるってことは、君たちも恋愛派? 彼氏とかいるのー?」

「さあね? 私は、出会いの形はどうであれ、好きな人と一緒になれればそれでいいと思うよ? この子はどうだろ? そもそも興味ないんじゃない?」

「何それ? 彼女、男に興味なし? それとも恋愛そのものに興味ないってこと?」

「あー、この子、今日荒れてるから、相手しない方がいいよ」

「荒れてるって何で?」

「さっきね、親にお見合い話持ち込まれたばっかりだから、それで機嫌悪いのよ」

「へー。こんなに綺麗な子にお見合い? 彼氏いないの?」


 隣に座っている女は、話を振られても能面のような顔をしたまま無言でカクテルを飲んでいるだけで、返事すらしない。関根も旗色が悪いと見るやすぐさま口を閉ざし、再び小柄な女と話を始めた。


「そうだ、君たちの名前、まだ聞いてないや。だめってことないよね?」

「別にーいいわよ。私は青木小夜、この子は河原瑞稀って言うの」

「小夜ちゃんに瑞稀ちゃんかあー、二人とも可愛い名前だね。あ、グラス空になるね、お近づきの印に一杯奢らせてよ」

「いいの? 嬉しい! じゃあ、私はファジーネーブルにしようかな。瑞稀は?」

「……ブルームーン」


 一人はアルコール度数低めのカクテルを選び、一人はブルームーンを選ぶ。つまり、遠回しに俺たちはお呼びではないと言っているのだが、気に入った女相手にこの程度のことで怯む関根ではないのは、俺が一番よく知っている。


 結局、関根の頑張りが身を結んだのか、話題は気まずいお見合い話から趣味へ。二人共、料理が趣味と知り、意気投合。無言で酒を飲み続けているこちらを放置したまま、楽しそうに話し込んでいた。


「亮、ちょっと携帯貸せよ」


 テーブルの上に置いてあった俺の携帯を関根が持っていく。青木さんももう一人のバッグから勝手に携帯を取り出して何やら操作している。どうやら、連絡先を交換しているらしい。お前ら二人のことに俺たちを巻き込むなとは思ったが、河原瑞稀の連絡先を知りたいという本音もないわけではなく、口には出せなかった。


 突然、何を思ったか隣の女がテーブルにグラスを置き、身を乗り出して関根に向かって両手を伸ばし、その髪と眼鏡をするりと取り去った。


 一瞬のできごとに関根は何が起きたのかわからず目を白黒させ、青木さんはその頭を指差し、ハゲを連呼し大笑いしている。

 

「この頭は詐欺。これは、私がもらっておくわ」


 彼女は冷たく言い放つと、その声色以上に冷たい目で関根を一瞥し、カツラと眼鏡を自分のバッグにしまった。これはきっと、遠回しに拒否しても消えない俺たちに対する実力行使なのだろう。なるほど、青木さんの言う荒れているとはこう言うことかと、俺は悟った。


 関根が泣き、青木さんは笑い続ける。ちょっとしたパニックだ。静かなバーでこんな騒ぎを起こしたら追い出されるところだろうが、この時、客は俺たちだけになっていて、店に迷惑をかけずに済んだことだけが幸いだ。


 結局、青木さんが彼女を宥め、関根のカツラと眼鏡は無事彼女のバッグから救出された。そして静寂が戻り、また、こちら二人は蚊帳の外。関根と青木さんだけがコソコソと楽し気に話をしている。


 二人の会話は声が小さ過ぎて聞こえない。人を呼び出しておいて自分だけ勝手なものだと、内心ムッとしながら酒をちびちび舐めていると、今度は、二人が立ち上がった。そのまま、ごちそうさまと楽し気に二人腕を組んで店から出て行く。可愛い女をナンパしてお持ち帰り、その上、勘定まで俺もちか。もうあいつと友達やめようかと本気で思う。


 こうして、ろくに話もせず無表情で酒を飲む河原瑞稀という女と二人、俺は取り残された。



「マンハッタン」


 彼女がまたカクテルを注文する。まだ飲む気か。ダブルのマティーニからここまで、アルコール度数の強いカクテルばかり何杯飲んでいるのだろう。顔色も変わらず、まったく酔った様子もない彼女が少し恐ろしくなった。


「一人でいることはいけないこと?」


 彼女の顔が突然俺に向けられた。無表情なのはそのままだが、その眼光は鋭い。


「別にいけないことではないんじゃないの?」

「そう? じゃあ、なぜいけないことだって叱られなきゃならないの?」

「叱られる? 誰に?」

「決まってるでしょ、親よ。でも、どんなに叱られても、私にはそれがいけないことだとは思えない」

「どこの親でもそうだろう? 子供には幸せになって欲しいと思うから色々言うんだよ」

「へえ、あなた親の肩持つんだ」


 気に入らない。そんな表情をして視線を外し、グラスを口へ運ぶ。


「一般論だよ。別に、俺も必ずしも同意してるわけじゃない。でも、親が色々言うのは、普通、子供に対して愛情があるからだろう?」

「そう? 支配欲じゃなくて?」

「支配欲?」

「愛情は武器。愛情で支配し、それを受け入れられない自分が悪いの」


 真っ直ぐに俺を見つめるそのガラスの瞳には、驚いて目を見開いた俺の顔が映っている。静かな音楽も、遠くでグラスの触れ合う音も、俺の耳にはもう届かず、彼女の声だけが頭に響いた。


「どうせ死ぬまで生きてるだけなんだから、放っといてくれればいいのにね」


 彼女のその言葉は、俺が心の中でずっと思うだけで決して口に出さないものだった。 


 この女は、俺と同じ世界で生きている。


 この女は、鏡の中の俺だ。そう直感した。


 そして、無意識に口をついて出てくる言葉は、俺自身を驚愕させた。


「俺と結婚しないか」

「いいわよ」


 彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔の得も言われぬ美しさに、俺は魅せられた。


 二人でマンションの部屋に戻り、飲み直しと称してブランデーを開けた。ソファーに並んで座り、二人でグラスを合わせ、掌で温めたそれを少しずつ口に含み香を味わいながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。彼女のその声と一言一言に心臓の鼓動が高鳴っていく。


 女と二人きりでこんなに打ち解けて話をするのは初めてだ。会ったばかりでお互いのことは何も知らないはずなのに、まるで生まれた時から一緒にいるような錯覚をも覚えた。


 今日の記念にと、お互いの誓いを携帯で録画した。こういうことをしたがるところは若いんだなと笑うと、可愛い顔をして不貞腐れる。さっきまでの冷淡さはどこへ行ったのか。まるっきり別人だ。


 もし、バーの外で見かけた時のあの一本の電話がなかったら、彼女は機嫌よく友人と酒を飲み、関根が声をかけても無視し、そのまま帰宅してしまったかもしれない。そうしたら、俺たちが話をする機会はまったくなかったのだと考えると、不思議に思うと同時に恐ろしくもある。 


 彼女になぜ俺の申し出を受けたのか問うと、あなたは私と同じだと思ったからと、答えが返ってきた。


 俺と瑞稀は出会った。これから俺たちは、一人で生きるのと同様に二人で生きられる。一生出会うことはないだろうと諦めていた自分の半身と出会えた喜びに俺は震えた。


 彼女の唇は、柔らかい花弁のようだ。唇を啄むと彼女の細い腕が俺の首に回された。お互い相当酔っているはずだが、頭はハッキリしている。ソファーにもたれ、じゃれ合い、笑いながらムードの欠片もないキスを繰り返した。





 寝たのか。



 彼女に覆いかぶさり首筋に顔を埋めて、クスクスと笑った。そう、これでいい。


 気持ち良さそうに寝息を立てる彼女の顔にかかる髪を指で撫で、額、瞼、頬、鼻筋、唇と順にそっとキスをした後、身体を離し隣に横になって、後頭部に腕を回し彼女を抱き寄せた。


 俺の胸に無意識にすり寄ってくる彼女をぎゅっと抱きしめながら呟く。


「ゆっくり眠りなさい。俺たちの時間はこれからたくさんある」





完了

初めて書きました拙い文章をお読みくださりありがとうございました。

「私のいる場所」はこれにて完結となります。


最後までお付き合い、ありがとうございました。

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