二十九話 本性
仕方なく、あちこちを走り回った。生徒の方は、ゼクスの名前を出した途端に曖昧な態度を取られていなくなる。そのせいで、聞き込みすら満足に出来やしなかった。
自分の足で全部の教室を見ても、あの特徴的なツインテールはどこにもない。
教室にいないなら、他は……
「屋上!!」
転校初日に連れて行かれた、あの場所なら!!
結論。いなかった。
「ああもう!! じゃあ一体どこ、に……?」
踊り場に誰もいないのを確認し、階段を駆け下りようとした時。扉の向こうから、確かに誰かの声が聞こえたのだ。
注意深く屋上へ続く扉のノブを見てみると、微かに引っかいたような跡が残っている。そう言えば、ゼクスはピッキングが出来るってどこかで言ってた気が……
勢いのままノブを捻ろうとして、おかしなことに気付く。もしも扉の向こうにゼクスがいたとして、一人だったのなら声を出す理由はない。
嫌な予感のした僕は、音を立てないようにしてそーっと扉を数センチだけ開く。するとそこにいたのは、ツインテールが片方解けてしまっているゼクスと、恐らく女子が全部で三人。
一人は顔が見えるので知らない女子だと断言出来る。もう一人は後ろ姿、あともう一人に至っては声が聞こえるだけで姿は全く見えない。しかも今日も天気が悪く鈍色の雲が空を覆っているせいで、視界は悪かった。
「いい加減反省した? 男たぶらかして取り入って、どうにかしてもらおうとか考えてたんでしょどーせ。あんたみたいなビッチがやりそうなことだよねー」
「……」
女子の罵声に、ゼクスは何も答えない。ただ仮面でも被っているかのような無表情で、罵声を浴びせている相手を眺めているだけだ。
それがカチンと来たのか、にゅっと手が伸びたかと思うとゼクスに掴みかかった。
「そーやってスカして!! ムカつくんだよ昔っから!! インチキばっかしていい成績取って楽しい? 男にちやほやされて、こっちのこと見下してんだろ!! そんで男に見向きもされなくなったと思ったら、今度は頭おかしいことして気ぃ引こうとして!!」
「……」
がくがくと揺さぶられても、ゼクスは黙ってされるがままだ。
「なんなの? 昔からあたしの邪魔ばっかして!! そんなに鬱陶しい? あー、それともなに? あんたのお気に入りの男に手ぇ出されたから怒ってるとか?」
そこで初めて、ゼクスが反応を示した。かったるそうに、こう言ったのだ。
「別に、そんなんじゃないわよ。ただ、好きでもないのに私への嫌がらせのためだけに付き合うのは、空閑くんが可哀想だからやめてって言っただけ」
え……?
聞き間違いかとも思ったが、そんなことはない。間違いなくゼクスは言った。嫌がらせのためだけに、僕と付き合うのはやめろと。
僕と付き合ってる相手なんて、一人しか……
それに気づいた瞬間、僕は扉を突き飛ばすようにして押し開けていた。
ガシャーン!! と扉が壁に勢いよく当たった凄まじい音に、誰もがこちらを振り返った。
ゼクスと、全く知らない女子、それと僕のクラスの名前を知らない女子。それと。
村上結沙。僕と現在交際中のはずの、女の子。
「今の、ホント?」
自分でも、びっくりするくらい冷たい声が出た。こんな声出たんだ、僕。
時間が止まったみたいに、全員が動きを止めていた。
やっとのことで口を開いたのは、顔に不自然なほど完璧な笑みを貼り付けた村上さんだった。
「そ、そんなわけないじゃん!! 空閑くんはこんなむちゃくちゃやるやつと、彼女のあたし、どっちを信じるの!?」
「少なくとも、寄ってたかって一人を責めるような人達の言うことを、鵜呑みには出来ない」
ひくりと、村上さんの笑みが引きつった。
「ひ、酷くない!? 相手は原だよ? あっちこっちでやらかしたんだよ? どう考えてもあたしの方を信用するでしょ!?」
「昔のことなんて、僕は知らない。それよりも、今村上さん達が何をしているかが重要だよ。もう一回訊くよ? さっきゼクス――原さんが言っていた、僕とは嫌がらせのために付き合ってるってのは、ホント?」
静かな問いかけに、村上さんは数瞬目を泳がせた。まだ言い訳をする気か、と身構えた直後、村上さんの顔に貼り付いていた笑みが、ガラガラと崩れ去った。
「ちっ、まさか聞いてるとか、超ありえないんですけど。どんな偶然? ヒーロー気取りかよ、転校生」
それまで被っていた猫が完全に取り払われ、本性を現した。横の二人はその変化について行けてないのか、さっきからおろおろと僕と村上さんの間で視線を彷徨わせているだけだ。
「と言う事は、全部ホントなんだね?」
「ああそうだよ。なに? 怒ってんの? せっかく彼女が出来たと思ってたのに騙されたーって? そりゃごめんなさいねぇ。てか、あたしがあんたみたいなぼんやりした奴に一目惚れとか、マジないから。あ、もしかして期待させちゃってたぁ? ねー空閑くぅん?」
「そんなことどうでもいいよ。いや、どうでもよくはないか。君達はゼクスへの嫌がらせのために、僕を利用したんだから。それが本当に嫌がらせになったかどうかはともかく」
僕なんかが誰と付き合おうと、ゼクスが気にするわけがない。




