二十八話 いまさら
ゼクスと疎遠になってから、一週間後の七月十九日、水曜日。翌日から夏休みということで、学校は浮かれた空気に包まれていた。
ごく、一部を除いて。
「夏休み、か……」
結局、あれからゼクスと何も話していない。体操服も、あの次の日にロッカーに入れられていた。
『ありがとう、助かったわ』
という、メッセージと共に。
助けることなんて、出来なかったのに。
明日から、夏休みになってしまう。そうすれば、ゼクスと話す機会なんてもっとなくなるだろう。このままでは、夏休みを挟むせいで余計に話し辛くなってしまう。
それは、嫌だ。
けど、何を話せばいい?
今更謝る?
謝ってどうするんだよ、何も出来ないことには変わらないのに。
だったら、いじめっ子を見つけて説教でもするか?
してどうする。どうせ、何も変えられない。むしろ、悪化するだけなのに。
「はぁ……」
つい、盛大にため息が零れてしまう。また、幸せが逃げたかもしれない。
「どうした? 明日から夏休みだってのに、浮かない顔して」
「長崎……」
僕のため息を聞きとがめたのか、近くにいた長崎が訊いて来る。黒板の上にかかった時計を見れば、まだ帰りのLHRまで少し時間があった。周りを見ればみんな明日から始まる休みのことで頭がいっぱいで、僕達のことなんて見向きもしてない。これなら、ここで話していても問題はないだろう。
「……長崎はさ、全部知ってたの? ぜ――原さんのこと」
つい癖でゼクスと呼びそうになって、慌てて言い直す。その呼び名は僕しか呼んでいないから、長崎に言っても通じない。
僕がはっきりと言うことが意外だったのか、長崎は目を見開いて固まっていた。
やっぱり、全部知っていたのか。知ったうえで、忠告して来たんだ。
黙り込む長崎に、半ば独り言のように言葉を投げる。
「なんでみんな、あの子の味方をしなかったの?」
これは、僕自身にも向けた言葉だった。
僕も、ゼクスの力にはなれなかった。味方すらしなかった。僕はただ、いたずらにゼクスを期待させただけだ。いや、期待なんて最初からされてなかったかもしれない。
僕の誰にとも知れない問いかけに、長崎は明らかに目を泳がせ動揺していた。だが死んだ魚のような目をしているであろう僕のことを見ると、苦しげな顔で唇を噛み締める。
「……最初は、ただ面倒だなって思っただけだったんだ」
観念したように、長崎はぽつぽつと話し始めた。どうして、誰もゼクスに手を差し伸べなかったのかを。
「女子が言い合いをしているのは、知っていた。三人がかりで、原のことをいじめようって話をしていたのも。女子はあっという間に団結して、原を無視し始めた。男子は面倒だからって、放置してた。そしたらそのうちどんどんエスカレートしてって、小学校の卒業式の少し前に、原が階段から突き飛ばされた」
「なっ……!!」
そこまでされていたの!?
それはもう、いじめなんて言葉に収まり切らない。れっきとした暴力で、殺人未遂だ。
「誰が突き飛ばしたのか、クラス中みんなが知っていた。けど、誰も言うことが出来なかったんだ。『見て見ぬふりしていたあんたらも同罪。あたしらのことチクったら、あんたらもただじゃ済まないよ!!』って言われて、怖くなった。『もし言ったら、今度はあんたらがああなるよ』とも言われたよ。笑いながら、さ。
原は原で、自分が勝手に落ちたと主張したらしい。そのせいで表沙汰にはならなかった。けど、流石にやり過ぎたと思ったのか、それ以来あいつらも大人しくはなっていたんだ。時々ちょっかいをかけてはいたみたいだが」
つまり、相手は相当にずる賢くて卑劣なやつだ。人間として最低のクズ。
……何も出来ずに放っておくことしか出来ない僕と、どっちがマシかな。
自嘲とともにそんな言葉が喉まで出かかったが、口にはしなかった。どう言ったところで、見ていただけの長崎達を責めているように聞こえるだろう。今の僕に、誰かを責める資格なんてない。
ここまで話を聞いて、ふと妙な感覚に囚われる。何かを忘れている……? 違う、何かが足りないような、引っかかる何かが……?
「なんで最近になって、また悪化した?」
そうだ、それだ。二週間前、急にゼクスへのいじめは酷くなって行った。それまでもあったのは間違いないが、なんで急激に酷くなったのだろう。何かしらきっかけがあるはずだけど、一体何が……?
それを考え始めた時には、既に教卓には先生が立っていた。やむなく思考を中断した僕は、一刻も早くLHRが終われと時計を睨みつけたのだった。
LHRが終わってすぐ、隣の教室に駆けて行った。が、すでにゼクスの姿はない。僕のクラスより早く終わったらしく、もう帰ってしまったのか。
大慌てで僕は昇降口まで行くも、ゼクスの靴はまだ下駄箱に置かれたままだった。ということは、学校内にいることだけは間違いない。
一番ゼクスがいそうな場所である図書室に行ってみたが、閉まっていた。職員室に行って先生に訊いてみても、ゼクスはLHRが終わってから姿を見ていないという。




