二十七話 失望
何か言ったところで、この状況は変わらない。僕が口を出した程度で収まるような根の浅いものではないし、仮に僕から先生に何か言ったところで、むしろゼクスを取り巻く状況は悪化するだろう。すでにその前例がある。
じゃあ、どうすればいい? 僕に、何が出来る?
いくら自問しても、答えは出ない。
僕は、自分がただの中学生だってことを自覚している。何も出来ない、無力な子供だ。そんな僕に、人の心を変えるような大それたことが出来ると思うのか?
ゼクスの身に起こったことに気付いた時の威勢のよさなんて、どこに行ってしまっていた。
「……ごめんなさい。別にあなたを困らせるつもりなんてなかったのよ。ただ、話せば少しは楽になるかなって思って、あなたのことを利用しただけ」
そう言ったゼクスは、どこか空虚な瞳をしていた。
「そんな、利用だなんて!! 僕はそんなこと思ってない!!」
身を乗り出して言う僕にまともに目もくれず、ゼクスは淡々と言葉を紡ぐ。
「どっちにしろ、あなたが気に病む必要はどこにもないわ。今聞いたことは、忘れてくれて構わないわよ」
「そ、そんなの無理だ!! 忘れられるわけないだろ!!」
「じゃあ、どうにかしてくれるの?」
「っ……」
ゼクスの無機質な目を見れば、わかった。彼女は僕に、期待なんてこれっぽっちだってしていないことに。
それでも僕は、何かを言うべきだった。目を泳がせて黙り込むことだけは、絶対にすべきじゃなかった。
後悔した時には、何もかもが手遅れだった。
僕の反応を見たゼクスの目は、もはや僕を見ることをやめていたのだ。視線は僕に合っているのに、僕のことを認識していない。
「わかったでしょ。話を聞いたところでどうにもならないのよ。まあ、多少とは言えスッキリはしたかな。それについてはお礼を言うわ。ありがとう」
「ゼクス、僕は」
「ああ、まだ飲んでないそのドクぺ、持って帰っていいわよ。話を聞いてくれたお礼だとでも思っておいて。しょぼくて申し訳ないけど、他に渡せるもの思いつかないから」
「ゼクス、まだはな」
「そろそろ雨が降って来そうよ。帰った方がいいんじゃない? あ、一人じゃ帰れないわよね。何なら、送りましょうか?」
「待って、話を」
「って、いくらなんでも失礼だったわね。いくら空閑くんでも、一本道は迷わないか」
「っ――」
ゼクスが、僕のことを空閑くんと、呼んだ。それは、言外にこう告げているのだ。
『もう、関わらないで』
ゼクスは明確に、僕のことを突き放した。話を聞くだけ聞いて、思い出したくなかっただろう昔のことまでほじくり返して。勇気を出して僕に助けを求めてくれたのに、何も出来ないからってその手を取らなかった。
だからゼクスは、僕に失望した。
気が付けば僕は、自室のベッドで寝っ転がりぼうっと天井を眺めていた。時計を見ると、なんともう十時半になっている。いつもだったら、寝ていてもおかしくない時間だ。
最後にゼクスとなんて話したのかも、どこを歩いてどうやって家に帰って来たのか覚えていなかった。家に帰って来て、何を食べていつお風呂に入って部屋に戻って来たはずなのに、それも全く記憶にない。
「何やってんだろうな、僕……」
ゼクスの心に土足で立ち入っておきながら、何も出来なかった。いや、違う。それどころか、なんにもしようともしなかったのだ。
「なんにも出来ないなら、無闇に首を突っ込むなよ……」
きっと、ゼクスはそう思っていることだろう。散々話を聞くだけ聞いておいて、自分はただの子供なんでどうすることも出来ません? ふざけるなよ。そんな奴がいたら、僕ならぶん殴っていたっておかしくない。
自分で自分のことが、嫌になる。どうしてこうも僕は馬鹿なんだろう。何も出来なくて流されて、なんとなく深く考えずに行動した結果がこれだ。
最初に長崎に『関わるな』と言われた時にその通りにしようとして。
ゼクスに絡まれたって理由で、なし崩しに話すようになって。
村上さんに告白されて断る理由がないから、と軽い気持ちでOKをして。
たまたまいじめられているのを見つけて、半端な正義感で話を聞いて。
流されっぱなしじゃないか、僕。それっぽい理由を付けてはいるけど、結局のところそれだって後づけだったり『断るのもなー』とか、そんなどこまでも薄っぺらい理由だ。きっと僕自身が薄いんだと思う。それとも、他人を否定するのが嫌なだけか。他人を否定して、嫌われるのが怖いだけんだよ、結局のところ。
自己嫌悪の波が、止めどなく押し寄せて来る。きっと僕は、それにすら流されているんだろう。一度自分のことを嫌になれば、そのままなんとなく自分が嫌いになるのだ。何もせずに流されるだけ流される。それが僕。
「せめて流れるなら、名前の通り流れ星みたいに誰かの願いを叶えられたらいいのに」
まあ、流れ星の場合は流れていると言うよりも、落ちているんだけど。どっちみち、今の僕よりは全然いいけどさ。
それから、一学期が終わる頃になっても、ゼクスと話す機会が訪れるはなかった。




