二十五話 客観的に見て
「これ、ありがと。洗って返すわね」
僕よりも十センチ近く小さいゼクスだが、体操服が特別ぶかぶかという訳ではなく少々大きいといった程度だ。それが若干微妙な気持ちなったが、今はそれどころじゃない。
「ゼクス、何があったの?」
「……」
「ゼクス」
無言のゼクスの名を再度呼ぶと、無表情ながらため息を吐いた。
「……わかったわよ、話す。ここで黙っていても、あなた引き下がりそうにないしね。けどその前に一回、家帰らせてくれない? 服は着替えられたけど、髪の毛が濡れたままで重いのよ」
そっか、学校にドライヤーなんて置いてないから。ただでさえつやつやな髪が濡れて輝きが増していたから、五割増しくらいで大人っぽく見えたのかもしれない。
でも、ゼクスの言い分を素直に呑んでいいのかは悩みどころだ。今のゼクスを一人で家に帰すと、そこから引き籠ったりして話をうやむやにしそうなんだよな……
僕の疑いの眼差しを感じたのか、ゼクスは面倒そうな顔になった。
「私がどこかに行くかもしれないって疑ってるなら、あなたも一緒に帰ってうちで話せばいいでしょ」
ゼクスの一言で、僕達は二人で帰ることになっていた。ゼクスが不機嫌そうに押し黙っているので、とても気まずい。だからと言って、いつもみたいにアニメや漫画の話をするのも変だ。
ただただ黙って、ゼクスの家へ向かう道を歩く。
突然、ゼクスが口を開いた。
「……気付いたんでしょ、何があったか」
「そりゃあまぁ、あそこまで状況証拠が揃っていれば」
「そう、よね……」
また、沈黙。けどそれまでと違うのは、無表情だったゼクスの顔に諦めが浮かんでいることだ。
僕の家の前に差し掛かった辺りで、ゼクスは再び口を開いた。
「最初は、小学五年生の時だったわ」
その最初、が、何を示しているのかわかるのに、数秒を要した。多分、いじめられ始めた時だと思う。
ゼクスも、どこから話していいのかわからなかったのだろう。いつもよりもゆっくりと、確かめる様に話を進めて行く。
「きっかけは、うちの奴の経営してる病院が繁盛したせいで、向こうが近所でやっていた診療所に人が来なくなり始めたことだって言ってたわ。お前がこんなところに引っ越して来たから、自分んちの診療所が傾き始めた、責任取れ、ってね」
ゼクスの話し方からして、いじめの実行犯を言う気はないのだろう。実名ではなくぼかしているのだから。誰かに実家が診療所の人を知らないかと訊けば一発で特定することは可能だろうが、この情報を言わないと話が進まないから仕方なく言ったのだろう。
自分をいじめている相手を庇う必要なんてないのに……
「まあ、そんなこと私に言われても困るわけよ。私、病院の経営に関わってないもの。それどころか、父親がやってる詳しいことすら知らないし。でもそれを本人に言っても聞き入れてくれなくてね。そこから、細々とした嫌がらせが始まったのよ。物が無くなったり、花瓶が割れたとかの事件があったら、私のせいにされたり」
言葉は悪いが、よくある嫌がらせだ。この時点でも先生に報告でもすれば、相手が叱られるのは確実な行為。だけど、そこで話が終わってないということは。
「最初は先生に言ったけど、焼け石に水どころか燃えた油に水でね。悪化しまくった上にあちこちに飛び火したわ」
言い得て妙だ。燃え盛る油に下手に水をかければ爆発するように、ゼクスはいじめの対処を間違えた。それは悪いことではないが、迂闊ではあった。ただでさえ味方が多いとは思えないゼクスのことだ。加害者はクラス全体にまで広がっていたとしてもおかしくはない。
「そこから卒業までの間、色々あったわ。班決めは絶対あぶれるし、私に触った人は『金持ち菌がうつるー!』とかって言ってたわね。客観的に考えて思ったんだけど、金持ち菌なんてものが本当にあったとしたら、むしろうつしてもらいに行く人いると思わない?」
「ホントに客観的だね……」
普通自分がいじめられている時に、そんなことに考えが及ばない。それともその考えは、後から思い付いたものなのだろうか。今でもいじめられているってことは、現在進行形なのだから後ってわけでもないだろうに。
そこまで話した時、僕達は道の終わりまで来ていた。すぐ目の前には山の入り口があるので、扱いとしては行き止まりだ。……まあ、僕は獣道を道扱いして進んじゃったけど。
ゼクスが懐から鍵を出して差し込んだのは、向かって右側のやたらに立派な家だ。屋根にはソーラーパネルがあって、いかにも最新家電が満載の家!! といった見た目をしている。
どこかで見たことあるなと思いきや、真裏が村上さんちだ。何と言うか、ゼクスの家がとても立派なせいで、裏手の村上さんちがみすぼらしく見えてしまっていた。
「とりあえずあがって。ドクぺでいい?」
「いいけど、友達の家に行ってそう訊かれたの初めてだよ」
確実にゼクスの趣味だ。かくいう僕もアニメの影響で飲んだのが最初なので、ゼクスのこと言えないんだけど。




